【22】魔王様、慚悔を聴く。





「ふむ……なるほどの。人類全体に於いても上位の強者か。

 権威もそれなりにあると……厄介なものじゃな。極力関わらんようにせんと」


「本当に、申し訳ありませぇん……」


 エトラはまだ、しゅんとしておる。


「だからそれは良いと言うておろうが。ほれ、ところで目的地はまだかの」


「あ、ちょうど見えてきた所です~。ほらそこの白い建物……」


 エトラが指さした先に、白というかアイボリー色の四角い建物があった。

 ここに、例の女医師がおるのか。


 窓から中を窺うと、中には白衣を着た女が一人見えた。20台半ば位か。

 エトラが先に扉を開いて一声掛けてから中に入り、余もそれに続いた。


「こんにちは、今日はどうされましたか?」


 女医師がにっこりと微笑む。中はいかにも医院と言った匂いがする。

 余、この匂い好きじゃない……いやそんな事よりさて。

 どう切り出したものかの……


「今日は先生に、折り入ってお願いがあって伺いましてぇ」


 エトラが先に台詞を口にする。


「お願い……なんでしょう? もしかして、回診ですか?」


「はい、そうなんですぅ……先生に診て頂きたい子達がいてぇ」


 子達、という所で女の表情が若干変化した。


「もしかして、あの……″その子達”というのは」


「……えぇ、奴隷の子……正確には奴隷だった子、なんですぅ」


「だった子……。えぇ、詳しくお話を聞かせていただけますか?」


「はいー、実は我々のお屋敷で、事情があって所有者の手を離れた奴隷を

 数人保護していましてぇ……。その子達が今、少し体調に問題を抱えて

 いまして……そこで先生に助力して頂きたくってぇ」


「保護ですか……? それは、素晴らしいです。もちろん伺います。

 今は手が空いていますし、これからお屋敷に伺っても?」


 もちろんエトラは了承する。そして、余は二人のやりとりを横で見ていた。

 いや正確には、この女医師の顔を観察していた。その奥に見える機微を。


(……奴隷の子達、と知ってから明らかに女の瞳が昏くなった。

 これは悔悟……恐れ……痛み。強い心やましさが浮かんでおる)


 余は女の瞳を見たまま、口を開く。


「では女医師よ。さっそく移動してもらうが、少々そこへは距離がある。

 帰りは遅くなってしまう……あるいはかもしれぬ」


「えっ……」


 突然の余の言葉、あるいは口調に驚いた様子の女。

 余は構わず、転送陣を我らの足元に展開する。


「……!? こ、これは……」


 女はさらに驚愕する。

 しかし次の瞬間には我らの姿はそこに無かった。





 ――で、魔王城に帰還。一名様ご案内じゃ。


「……え、え、えぇ?!」


 当然、これ以上ない程困惑を炸裂させきょろきょろと辺りを見渡す女医師。

 やがて呼吸を乱したまま唖然とする彼女に、余は告げる。


「ようこそ、魔族領……そして余の城へ。名乗りが遅れたの。

 余は魔王、ナナ=フォビア=ニーヒルじゃ。突然このような所に招かれ

 さぞ驚嘆しておるだろう、許せ」


「ま、魔族……魔王、ですって……?」


 よろりと後ずさって、余を見る。みるみるその表情は青ざめていった。


「うむ。そう、怯えずとも良い。貴様に危害を与える意図は無い。

 用件も先ほどこの女、エトラが申した通りじゃ。

 まぁ……診察や治療というのは少し違うがの。すでに招いている人間の、

 えーと……友人達の事で相談があるのじゃ」


 余の言に、ごくりと唾を飲み込み数度頷く。


「そうじゃ、お主の名はなんという?」


「名……あ、ええと、ベルといいます……あの、本当に魔王……?」


「ほんとじゃよ。まぁ信じずとも良いが。ではベル、早速じゃが、

 余の友人達のもとへ来てもらうぞ」


 余は未だ当惑するベルを連れ、リリィ達を訪ねた。



 彼女たちは花畑ではなく、城内の厨房におった。

 メイドから魚のおろし方を学んでおる所のようだの。


「あ、ナナ……その方は……?」


 ここでは初めて見るはずの自分たち以外の人間の姿に少し驚くリリィ。

 同じ人間を見て少しだけ安心したか、ベルは僅かに表情を和らげる。


「ええと……この子達、が?」


「そうじゃ。見ての通り彼女らは人間、ここへ来て1週間程になるのじゃが……

 言ったようにここは魔族領、周囲に霊素は薄く魔素が満ちておるのでな。

 このまま何も対策せずに居れば、当然良くない影響が出てくる」


「そ、それを医者の私にどうしろと言うの……?」


「現在、余の配下らが霊晶石を求め動いておる。直にもたらされるはずじゃ。

 貴様にはそれに霊力を封入し、言うなれば霊素発生装置と為して欲しい」


「アニマ……発生装置」


 ベルはリリィ達を見つめながら、幾ばくかの間黙り込む。

 混乱気味の頭で、必死に把握しようとしておるのじゃろう。


「是非了承して欲しいんじゃが、強制はせん。断る事は許そう。

 その場合は、余と出会った直前から今に至るまでの記憶に処理を施し

 綺麗に消させてもらう。そういった事が得意な者もおるのでの。

 そうした上で、お前の元居た場所へ送り届けよう」


「…………私……その」


「うむ、遠慮なく申すが良い」


 ベルはリリィ達が衣服の間から見せる痛々しい傷を見ながら、

 苦々しい表情を浮かべる。


「そのお話自体は、お受けしてもいい、と思っています……でも……

 私、実は普段少し特別な回診を行っていて」


「知っておる。奴隷相手にじゃろ。ふむ……つまりあれじゃな、

 自分が街を離れては、傷ついた奴隷達に差し伸べられる手が減ると、

 そうお前は懸念しておるんじゃな」


「ぁ……はい……」


 俯き、表情を暗くするベル。

 余は少々気になっていた事を質問してみる。


「そもそも、なぜそのような事を? 無償で行っていると聞いたが」


「それは……罪滅ぼし、です。どこまでも、私のエゴでしかないけれど……」


「詳しくは、話せるかの?」


 問うと、ベルは目を瞑り、逡巡を始める。

 だがしばし待つと、やがて口を開き小さく語り始めた。


「私はかつて……恋仲にあった男性がいたの。その人は、卑人でした」


「…………」


 余は黙って頷く。


「彼は多くの卑人がそうであるように、奴隷でしたが……ある時、所有者の

 下から逃げ出した。その逃亡の最中さなか、私と彼は出会って……傷だらけの彼を

 私はあの医院に匿ったの。それから彼とは幾月か共に過ごして……」


 語るベルの目端には、いつしか涙が浮かび始めていた。


「けれど、ある日些細な事で喧嘩をしてしまって……いえ、私が一方的に彼に

 怒って、家を飛び出してしまった。夜更けに冷静になった私は、家に

 戻ったのだけど……そこに、彼の姿は無かったの」


 見れば、リリィ達も神妙な顔をしてベルの話を聞いておった。


「彼、帰らない私を探しに、家を出てしまった。多少顔を隠した位じゃ

 いつ卑人の彼が周囲に見つかってもおかしくない。

 夜が明けて、次の日彼が見つかった。暴行にあって命を落とした彼が」


「……そうか」


 それで罪滅ぼしか、と余は合点しそうになったが、まだベルの話は続いた。


「私……私、ね?その時、すでに彼の子供がお腹にいたの。その時はまだ

 気付いていなかったけれど……やがて、それが分かった。

 私……わたしは……」


 言葉が詰まり始める。すでに涙がその目から溢れ出していた。

 余は、もう語るのをやめさせようとかと迷う。


「私、その子を……たぶん、5か月位だった子を……の。

 自分で、法力を使って…………ねぇ、どうしてだか分かる?」


 余は答えない。

 想像は出来る。しかし、言葉にはしない。


「……怖かった。もしこの子が、卑人だったらって。

 彼に似た姿で生まれるのが、怖かったの。だって……だってそうでしょ?

 もし卑人としてこの世界に産まれてきてしまったら……

 彼のように、理不尽に……不条理に曝されて生きなきゃならない。

 それが分かってるのに、産んであげられる訳ないじゃない……!!」


 嗚咽するベルに、誰も何も言えぬ。

 リリィやミナも、泣いておる。


 ベルは、そもそも子を宿してしまった事自体をこそ、悔いておるのだ。

 卑人というものの境遇を知っていながら、この世にその業を負わせて

 産み落とそうとしたかつての自分を、責めておるのじゃろう。



(産む事が、罪……? 愛した者と子を成す事が……?)


 なんじゃ……それは。

 なんなんじゃ、その世界は。


 ベルの嗚咽は止まない。



 余はその姿に、何を思い、何をすべきなのだ……?




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