【21】魔王様、騎士団長と対峙する。





 エトラが言うに、我らがこれから接触を図ろうという者の人物象はこうじゃ。


 人間の成人女性。特に貧しくはない平民だが貧民街によく出入りしている。

 町医者として個人で院を開いておる。外科医としても診るが、どちらかと言えば

 高い霊力素養で以って治療法術による処置を行うのがメインである。

 あと、今はひとり者で共に暮らす家族は無い。


「なるほど……して、この者なら我が求めに応えるやもという根拠は?」


「はいー。この人お医者さんなのですけど、割と高い頻度で特殊な回診を

 なさっているそうなんですよぉ。どんなかっていうと、奴隷商会だとか

 実際に奴隷を所有するお屋敷だとかに出向いて、その奴隷を治療してる

 らしいんですけど……なんでもこれは、無償で行っているそうです~。

 それも依頼されてとかではなく、自ら進んで買って出ているとかぁ……」


「ほぉ……お人好しというか慈善家というやつかの……ふむ」


 確かに、それは会ってみる価値がありそうじゃ。大いにのぅ。


「その者の医院というのは近いのかの?」


「えぇと、20分くらい歩けば着くところにありますねぇ」


「んむ。では早速訪ねてみようかの」


 共に再び擬装を成し、外へ。余が来た道を引き返す形で歩いてゆく。


 暗い路地を抜け開けた通りに出た時、視界に気を引くものが映った。

 二人の騎士風の男が対面から歩いてきたのだが、その内の片方……


(……あの青髪の男、なかなかの魔……いや霊力を有しておるのぅ。

 内含するものの丈で言えば、スラルと同格……いや少し凌ぐか?)


 まぁ、このパスラは人間の街の中でも特に魔族領に程近い。

 こういった手合いも当然おるだろう。

 警戒はいらんだろうが、なんとなく視線を逸らして通り過ぎようとする。


 すると。


「……そちらのお嬢さん、少しよろしいかな?」


「え?」


 は? な、なぬ……?

 話し掛けられるとは予想だにせんかった余は、思わず声と共に

 そちらを見てしまう。余のばか、なんで無視できぬ……良い子か阿呆。


「わ、わたしですか?」


「あぁ……突然すまない。そしてこれまた突拍子の無いを尋ねるが……

 お嬢さんは、最近街の東にある雑木林に行かれたりしたかな?」


 ……う。なんだか良くない流れじゃぞ。


「い、いえ……あそこは危ないから近づくなってお母さんに言われてるから」


 適当に並べて誤魔化す。

 すると青髪の男は「そうか……」と呟き、余の瞳をじっと見つめてきた。

 瞳……余の碧色の瞳か。ちっ、こやつやはり……

 そういえば先刻林で会った上等な鎧を着た男も、似たような青髪であったな。


「お嬢さん、我々は人を探していてね。年の頃9つ位の、亜麻色の髪に碧眼の

 女の子なのだが……そう、ちょうどお嬢さんのようなね」


「そ、そうですか~……あのぅ」


「失礼だが、お嬢さんのお名前をお聞きしてよろしいかな?」


「……あの、知らない人に聞かれた事に答えちゃダメってお母さんに……」


「それは、お母様が全くもって正しい。いや名乗るのが遅くなってすまない。

 私はパスラ騎士団団長を務めるリネイ=カルミヌスという。

 騎士章はここに。どうだろう、これで教えて頂けるだろうか」


 左胸の紋章に手を添え、男は柔らかく微笑む。

 騎士団長だとぅ?いよいよ面倒臭さが炸裂してきたのぅ……


「……、く……クルクマです。名前。ではこれで……」


 思いついた名前をでっち上げて伝え、引きつった笑顔を浮かべつつ

 そそくさと男の横を通り過ぎようとする。


「最後にひとつだけ……気が進まぬが確かめたい事があるのだが」


 今まさに通り過ぎたばかりの後ろから、男……リネイとやらが言う。

 しつこいのぅ……文句でも言ってやろうか、と余は振り向く。

 リネイはこちらを、妙に真剣な面持ちで見ていた。


 おもむろに口を開く。


「失礼、お嬢さん」


 ふっと申し訳なさそうな微笑。

 刹那、リネイの腰に下げた剣がひらめき、


「――――」


 瞬きの後。

 余の首元に白刃の切っ先が、皮一枚のところで静止していた。


 数秒遅れて……


「……え、ぅ……?」


 余は目を見開き、目線だけを移してその刃を見る。

 やや置いて、ふるふると震え始める。


「だ、団長……」


 隣の騎士が驚愕の目を団長に向ける。

 リネイは未だ剣を降ろさず、ちらと傍らのエトラを見た。続いて再び余を見る。

 余が口を結んで震え続けるのを見てようやく、息を一つ吐き、剣を降ろした。


「……本当に、すまないお嬢さん。謝って許される所業ではないが……」


 リネイは深く深く頭を下げ、目の前の少女に詫びる。

 余は相変わらず身を震わせたまま、傍のエトラにしがみ付いた。


 頭を上げたリネイは、もう一度余の目を一寸見つめ、努めて優しく微笑む。


「非礼を全霊で詫びたい。応じて頂けるならだが、我が屋敷に招かれては

 くれないだろうか、お嬢さん」


 その言葉に、余は思い切り何度も首を横に振って応えた。


「であろうな……本当に、すまなかった。業務の上、已む無くの事だったのだ。

 後で改めて思い返し腹が煮えくり返るやも知れぬ。その時はどうか遠慮なく、

 リネイ=カルミヌスの邸を訪ねて欲しい」


 言ってもう一度深く頭を下げ、リネイは踵を返す。


「……まったくの誤解であった。ギリアム、行くぞ」


「え、あ、はい……!!」


 部下であろう騎士を引き連れ、騎士団長であるらしい男は去っていった。





 あとに残った我ら二人。


(ふぅ、なんだと言うのかのぅ……魔族たるを見抜かれたわけではないようだが)


 やはりに腕の立つ人間であるようだった。騎士団長と言うておったな。


 不意打って何か確かめる意図があったようだが、舐めるでないわ。

 余はちょっぴり知恵は回らんかも知れんが、人の害意や殺気に関する機微は

 誰よりも強く鋭く察する事が出来るのじゃ。


 ……とは言え、のぅ。


「……申し訳ございません……魔王様」


 隣のエトラが、とても委縮した様子で余に詫び入る。


「まぁ、仕方あるまいよ。いくらなんでも一瞬に過ぎた」


 言って、余はエトラを赦した。


 そう、余の対応は完璧であったはずじゃ。

 僅かな反射的反応もせず、ただそこいらの小娘のように振舞えたはず。


 しかし、エトラはそうはいかなかった。

 一瞬ではあるが、男に明確な殺気を返してしまったのじゃ。

 そこまでならまだよかったのじゃが、直後が良くなかった。


 その殺気を、すぐさま引っ込めてしまったのじゃ。

 まるで、そばの少女の反応を見て思い直したように。


(……恐らく、先刻のウサモフの件で会うた男達に関係しているか。

 恐らく余の外見等をあやつらから聞き及んでおったのじゃろう。

 意図は判然とせんが、求む人物と確信したであろうなぁ……。

 スラルすまぬ……あれはほんと軽率であったのぅ)


「元を辿れば余の浅さが招いた事柄よ。あまり自分を責めんでよい。

 さぁ、元の目的を果たすぞ」


「はい……魔王様ぁ……」


 まぁ……面倒な思惑がそこに無い事を願うしかないのぅ。

 ちっ、あえて誘いに乗り邸宅とやらに乗り込んでも良かったか……?


 まぁよい。

 騎士団長か。道すがらにでも、エトラに仔細を聞いておくか。




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