【20】魔王様、エトラと接触される。
「ところで、具体的に何をどうしたらいいんじゃろ……」
再び魔族領を発って、今度こそパスラの街に足を踏み入れたはいいが……
いきなり余は根本的な命題にぶつかってしまった。
霊晶石に霊素を込めることが出来る人族を我が魔族領に連れてくる。
″同意無き者を浚うのはよろしくない”、という思いからスラルに任せず
余が自らこうして出向いたわけなのじゃが……
そう、余は特にこれと言った計画があるわけでも何でもなかったのじゃ。
はい、あんぽんたん。
(ま、まぁとりあえずこういう時のための人族領ガイドブックじゃ)
様々な店屋が並ぶ幅の広い通りには、中々洒落た意匠のベンチが点在しておる。
余は花屋と衣装屋の間に設置されたそれに腰掛け、肩に掛けたお気に入りの赤い
ポシェットからガイドブックを取り出す。
(えーととりあえず法具屋とか霊晶ショップなんてあったりとか……ん?)
ガイドを開こうとした時、何やら折りたたまれた紙切れがページの間に
挟まっているのが見えた。なんぞこれは、と抓み出して確かめる。
二つ折りの紙を開くと、何やら文字が書かれておる。
【もし人族に対し勧誘、交渉という非現実的な手段をお考えなのでしたら、
市街地に店を構えるような法具店の者や、そこいらを歩く法術士等では
まず99.9%話にもなりません。滅多な話を持ち出されませんように】
……スラルの字、じゃなこれは……。
と、とにかく続きを読んでみよう。
【交渉の余地があるとすれば、やはり真っ先に上がるのは奴隷や犯罪人といった
社会的立場の低い者になるでしょうか。これらからお探しになるのでしたら、
先日リリィ様についての情報を持ち帰った優秀な斥侯がおりますので、
その者でしたらパスラの様々な内情に精通しております。
もし彼女が必要ならば所在を記載しておきますので訪ねて下さいませ。
魔王様の事ですから、きっとご自身のお考えがあるのだとは思っていますが、
余計な世話を焼く私をお許し下さい。では
…………
……執事は、全部お見通しじゃった☆
もう癪だとか何だとか言う気も起らん、だって事実あんぽんたんだもの。
しかもこの文字、魔術で書かれておるし……人間の盗み見対策じゃろう。
持つべきものは優秀な執事よのぅ……帰ったら撫でてやろうか。
(えーと書かれている所在は……ここからそう遠くないかの)
余はガイドブックにあるパスラの大まかなマップと、記載された所在を照らし
合わせながら歩き始めた。
15分程歩いて、記述の場所へやってきた。
さっきまでの人の往来の多い賑やかな通りと違い、随分陰鬱とした場所じゃ。
細まった暗い路地を歩きながら周囲を眺めたが、恐らくこの辺りは、
街の貧者たちが住まう区画なのじゃろう。
(あった、扉にコウモリの羽のような図が掘り刻まれとる。これじゃの)
「どちら様ですかぁ?そこはエトラさんのお宅ですよぉ~?」
扉に手を触れた所で、何者かに声を掛けられる。
余はそちらへ顔を向け、声の主の顔を見た。
すると。
「……あ、あらぁ?? あらあら、あら~~? これはこれはぁ……」
余は口元に人差し指を添え、目の前で目を見開く女を制す。
女は頷いて、扉を開き余を中へ招いた。
ローチェストの上に、布が掛けられ目隠しされたものが置いてある。
そこから微かに、魔素が漏れ出ているのが見えた。
恐らく魔晶石であろうな。
「汚い所ですけどぉ……申し訳ございません、あのぉ……」
余は女の言葉の途中で己の胸を指でトントンと叩いてみせる。
それを見て「あ、はぁい」と彼女は目をつむる。
余のこのサインは擬装を解除せよ、という示しだ。
女の周囲が仄かに黒い光に包まれ、収まる頃には直前とは全く容姿の異なる
魔族の女性が姿を現した。そのまま、女はその場に傅く。
ふむ……これは……
「凄いのぅ。ここまで別人に擬態出来るとは、大したものじゃ」
「はい、これだけは自信があってぇ……あの、魔王様……?」
声を殺しながら上目で確認してくる。頷き、余も擬装を解除した。
尤も余の擬態なんぞこの者が見せた物と比べればお粗末なものじゃのー……
まぁ少し練習すれば天才魔王様の余のこと、すぐ上達するじゃろうが。
「周囲には声が漏れんように細工している。お主がエトラで良いか?」
「そうです~。まさかこんなトコに魔王様がお一人でいらっしゃるなんてぇ……
どういった御用でしょう、というかエトラに御用なのですかぁ……?」
やけに間延びした眠たい喋り方じゃな……移りそうじゃ。
「うむ、スラルの推薦での。用件は――」
エトラに、リリィ達の保護や意図、そして目下の問題をざっと説明する。
リリィは「ふぇ~」とか「なるほど~」とか相槌を打ちながら聞いた。
「そうですかぁ……あの子たち、魔王様に助けて頂けたんですねぇ~?
ちょっと嬉しいです、ほんとはエトラも気になってたのでぇ……でも許可なく
斥侯のお仕事以外の勝手な行動はしちゃダメだと思ってぇ」
「そうじゃな、仕方あるまい。しかしお主、よくリリィを……
勇者の因子を見つけ出せたの。あんな場所におったものを」
「あのぅ、こんな事言うのも何ですけどぉ……エトラ盗み見が大好きでぇ。
″
あ、もちろん情報収集の一環としてですよぉ?なので……」
本当に偶然発見したという事か……我らにとり凄まじい幸運と言える。
「一応のきっかけはあって、例のお屋敷を通りかかった時に何だか胸騒ぎがして。
怖いような、変に緊張するっていうかぁ……それで些細な好奇心が芽生えてぇ」
余、リリィの瞳を見るまではそこまで敏感に感じられんかったのぅ……
あれ、この子めちゃくちゃ優秀じゃない……? 口調は少し阿呆っぽいけど。
「うむ。斥侯としてこれ以上ない働きじゃ……何かしら褒章を与えんとの」
「いいえぇ、そんな……それで、件の術士に関してですけどぉ。
良さそうな心当たりがあるので、そちらをご紹介しようかと~」
「ほんとか!? ないすじゃ、早速話を聞かせよ」
ほんに、余の配下は優秀どころばかりじゃなー。うむうむ。
……
……あれ?
余って、ずっと誰かに頼ってばっかりじゃない?
余、だめだめな子なのでは?
……ちょっと最近、自信が…………
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