【23】魔王様、痛みをお与えになる。





 ベルの慚悔ざんかいの告白を受けた後。

 余はハルニレにベルを招いた事情を話し、客人として応対させた。


 余はバルコニーに出て、風を受けて物思いに耽る。


 ベルの話を聞いて、この1週間ずっと胸にあったくすんだもや

 より重く、濃く存在感を増していた。


 人の世の残酷、冷酷、醜悪……その圧倒的な悪意のこごり。

 今もそれが、多くのリリィ達のような者を打ち据えておるという事実。


(あの地平の向こうでは……ずっと続いておるのか)


 人間領の方角を見やって、余はひどい虚しさを抱く。


(動く前に、スラルに言を仰ぐべきじゃろうな……だが今、やつは居らぬ)


 居なければ待てば良いのはもっともじゃが。

 余はもはや、居ても立ってもいられぬ。



 客間の戸を叩き、中へ入る。そこにはベルの姿があった。

 真っ赤になった目元と、項垂れた姿が痛々しい。


「ベルよ。お主が普段回っておった奴隷の所有者の数は多いのか?」


「……それほどでもないと思う。主に回診に伺っていたのは2か所。そこが特に

 怪我人や病人を出していたから……他の所有者のもとへも行く事はあったけど

 商店や小さなお屋敷の奴隷はそこまで苛烈な扱いを受けていないから。

 もちろん、その2か所と比べてという事でしかないけれど……」


「その2か所とは?」


「奴隷商会と、商会の役員の一人ボルドーのお屋敷」


「ベルよ、余の持つ地図にそれらの場所を記してくれんかの」


「いい……けど、何を……」


「なに。余が少しそこに赴き、とな」





 さて、向かうは本日三度目のパスラの街じゃ。

 到着し、街をゆく余の傍らにはエトラの姿がある。


「では、ベルの医院の施錠の後、奴隷商会とやらの内部の簡単な調査を頼む」


「はいぃ……ですがよろしいのですか? 本当にお一人で。

 私はこう見えて、それなりに荒事にも対処出来ますけどぉ……」


「良い。時間は掛けぬ。さっさと用件を済ませ、連れ出すべき者を

 連れ出すだけじゃ。ゆけ、エトラ」


 新たに羽織ってきたローブのフードを目深に被り、余はエトラと別れる。

 余が先に向かうのは、ボルドーとか言う奴隷商の屋敷じゃ。



「――ここか。なかなか羽振りが良さそうではないか。のぅ?」


 見上げる屋敷は周囲のそれらと比べても特段立派であった。

 その富は、一体何をもって成されたものなのかのぅ。

 なんじゃろうな、なぜだか笑えてきたわ。


「お邪魔しまーーーす」


 両開きの扉を押し開け、大声で高らかに挨拶をかます。

 ロビーにいた使用人らしき男が突然の来訪者に驚く。


「なっ、なんだぁ?! こ、子供??」


 余は男を見やる。そしてざっとこの目でもって精査する。

 余の瞳には、対象がそれまでの生で培った“カルマ”の丈を映すことが出来る。

 ふむ……こやつは、まぁ見た所それほどではないかの。


「旦那様のお知り合いか? お嬢ちゃん、名前は……」


「退場」


 余は言って、男に向かって軽く指をはじく。

 男の身体が弾かれたように吹っ飛び、前方のホールに繋がる扉に激突し、

 そのまま扉をぶち開けて遠くに転がった。

 余はてくてくとホールに向かい歩を進める。


 突然飛んできた使用人の姿に、ホールにいた数名がざわついておる。

 騒がれても煩わしい。余は適当に魔力を散らせ、そやつらの身体を固める。


(こやつとあやつは然程か。あそこの四人は……残念、アウトじゃろうな)


 いきなり体の自由を奪われ各々焦りや恐怖の表情を浮かべる中、

 余は視界に全員の姿を収め、“自業獄カインド・ネイル”の呪法を打ち込む。

 ″巡悔の揺籠ヘル・クレイドル”の下位的な呪法で、対象の業に合った痛苦を本人に強いる。

 よほどでない限り死にはしないし、″巡悔の揺籠”ほどの痛みではないが、

 業の深さによっては生涯を苛む心的外傷トラウマを刻む。


 二人は多少悶える程度で済んだようだが、残り四名は目を剥き泡を吹き散らして

 痙攣しておる。

 可哀想に。お前らに嬲られた者達がな。


 声なき悲鳴を上げ続ける者達を通り過ぎ、残る人の気配を追って階段を上がる。

 一際大きく豪奢な扉の前に立った時、後ろから声を掛けられた。


「待ちな、小娘。その向こうはボルドーさんの部屋だ。まずは俺を通しな」


 つい、と視線だけ向けるとそこに厳つい大男が立っていた。

 ホール脇の応接室らしき所から出てきたようだの。


「そこで泡吹いてる連中は、どうした?嬢ちゃんがなんかしたのか、あん?」


「うん、私がやったの。ごめんね、悪気はいーっぱいあったの。

 おじちゃんの事は、ぎゅぎゅって肉団子にしちゃってもいーい?」


「……こいつァ……嬢ちゃん、とんでもねェサイコっぷりじゃねぇか」


 男は静かに構えを取り、目を細めて余を見据える。


「こんな下衆んトコの用心棒やってんのによ、毎日まるで歯応えが無ェ。

 だのだの小突いたって大してスッキリしねぇってとこに、

 久方ぶりに楽しませてくれそうなのが、まさかこんな嬢ちゃんとはな」


 下卑た笑みを浮かべる大男。汚い歯じゃの、ちゃんと磨いとるのか?


「楽しめるといいのぅ、ほれ何をどうする? 見せてみぃ」


 余は両手を広げて大男に身を晒す。

 ニィっと口元を吊り上げ、男は床を蹴った。


「おぉぉるぅゥゥゥ!!!!」


 吠えて、余に猛然と直突きを放った。

 それは余の額を捉える。


 一寸の間。響いたのは、


「――ぐッぎ……がぁぁァァァァ!!?」


 余に放った突き、その破壊力そのままが返った拳と腕がひしゃげ、

 筋が断裂し血を噴き出した大男の絶叫であった。

 当然余は微動にしておらぬ。


「おぉ……痛そうじゃの。大丈夫か? よしよし……もっと痛くしてやろうの」


 余は男から立ち昇る、業を表す紫焔の大きさを見ながら、宣言する。


「貴様相当? 人に強いたもの、そっくりそのまま味わうが良い」


 ″巡悔の揺籠”を打ち込み、その巨躯をトンと軽く押す。

 すると男はそのまま地面に仰向けに倒れ込んだ。直後痙攣が始まる。


「あと人の気配は奴隷らしきものを除けばひとつ分。お屋敷の主にご挨拶するか」


 余は豪奢な扉に手を掛け、押し開ける。

 すると、


「死……ッねぇ!!」


 オレンジ色の光が眼前に瞬く。

 声と共に飛んできたのは、燃え盛る火球。


 余はそれを、片手で軽く仰いで消し飛ばす。


 ふっと消えた炎のあとに残るのは、静寂と、目を剥き絶句する醜悪なナリの男。

 震える手には霊晶を埋め込んだ錫杖が余に向けて握られている。

 余はそれに歩み寄りながら、声を掛けた。


「いかがされた、顔色が悪いぞご主人。見ての通り賊が入り込んでおる。

 早く対処せねば、恐らく大変な事になってしまうぞ?」


 余は言いながら、ボルドーであろう肥えた豚に向け指鉄砲を作る。


「お、オマエは、なんなのだ、誰の差し金で、」


「魔王様」


 言って、余は醜い豚に呪法を叩き込んだ。




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