【16】魔王様、小娘ではない。





 リリィと出会って1週間が過ぎる。


 特に事も無く、リリィや他の子供達もここで過ごす事に慣れ始め、

 リラックスした笑顔を見る機会も少しずつ増えてきた。よきかな。


 しかしそんな中でも、余には一つちょっとした懸念があった。

 それについて、夕刻前に差し掛かった頃に執事を呼び出して訊ねてみる。


「……どうじゃ、あの子らの様子は。ここへ来てちょうど1週間ばかしじゃが、

 身体に変調を見せたりはしておらぬかの?」


 そう、それが余の心配じゃ。


 彼女らは人間。そしてここは魔族領。

 霊素は微量にか存在せず、代わりに大気や土壌には魔素が満ちる。

 即効で蝕まれるものではないが、魔素の濃い場所に人族が留まり続けると

 少しずつ侵されていき、その身に悪影響を受け始める。


「食事の後に霊薬を服用させておりますし、近場の花畑そばに魔王様が造られた

 魔素を取り除いた空間に彼女らの住居を建てておりますから。そちらが完成

 すればさらに“魔素やられ”は多少食い止められるとは思いますが」


「しかし日常的に霊素が無い、そんな生活を長く続ければ何かしら不具合が

 出るは必定よな。魂が摩耗してしまう。やはり手は打たんとならんな……」


 腕を組み、んーー……と唸る。

 霊素をどうにかして魔族領に運び込む手段があればのぅ。

 一応手が無くは無いのだが、あまり効率の良いやり方ではない……


「しかしやはり、霊晶石を手に入れてくるしか無いかのぅ……だが人族の地に

 手付かずで転がっておるものは微量の霊力しか含有しておらんし……のぅ」


「そうですね。我が魔族領の魔晶石と同じく、まとまった量の素子を込めると

 なると専門の術士が手を施す必要があります、霊晶石なら当然人族の術士が」


「なれば、術士探し……か」


「私が魔族幾人かを伴い、探して連れてまいりましょうか?」


「浚ってくると?」


「……はい」


 ……うーーん。誘拐はちょっとのぅ……よろしくない。

 かと言って同行をお願いして「はい良いですよ」となるものでもなかろうが。


「いや。貴様は霊晶石の収集を進めるのじゃ。術士探しは……余が赴こう」


「え」


 途端に怪訝な顔を浮かべるスラル。

 な、なんじゃ、何か文句あるんか……


「余が直接赴くのは、不安かの?」


「はい。極めて不安ですね。魔王様は割と抜けてらっしゃるので心配です」


 はっきり言うじゃん……

 余、ぜんぜん傷ついちゃうけど? 大丈夫そかの?


「ぅぐ……よかろう、ならこれを試金石とせよ。いつまでも引率が必要と

 思うでないぞ……余は魔王様なんじゃからな。余裕じゃっちゅーねん」


 余のいじけ気味の言葉に、やはり物言いたそうなスラルだが……


「……はぁ。まぁ確かにおっしゃる通り、私共は若干過保護かも知れません。

 良いでしょう、では魔王様の御意向に沿わせていただきます」


 細心の注意の下で行動されるように、とスラルは念を押す。

 ハンカチや人族領ガイドブックを忘れずにとも……って余は子供か?


「ええいうるさいのぅ、余を小娘扱いするでない、16歳じゃぞ!!

 明日じゃ。余は明朝ここを発つからの、よいな!!」





 スラルを下がらせ、余は花畑に向かう。

 思ったように、リリィ達がそこにおった。


「あっ、まおーさまだー」


 その中で最年少のピッピが余の姿を見つけて声を上げた。


 ピッピは八つか九つ位だろうが、余の事を同い年位の子と思うておるのか

 よく懐いてきた。そういや余、まだ自分の年齢を言っておらんかった。

 なんか今さら明かしにくいのぅ……


 あ……!! でもリリィの歳は気になる。年上なのか年下なのか?

 いかん、思い当たったらめっちゃ知りたくなってきたのじゃ。


「まおーさまもピッピとあそぼー?」


「お、おぅ……良いぞ。ところでのピッピ、実を言うとのぉ……」


 少しもじもじしながら、余は打ち明ける。


「余はの、こう見えて16歳のお姉さんなのじゃぞ」


 えっっ!? という驚愕の声がいくつか届く。

 そりゃ、そういう反応になるわのー……。

 そしてピッピは……


「16さいー? まおーさまおねーちゃん?」


「う、うん。魔王様はお姉さんなのじゃ」


「そーなんだー。あはははっ♪ じゃあなにしてあそぶー?」


 え、それだけ? 些事?


「ま、まおう様あたしより年上だったんだ……」


 対してピッピの横にいる少しお姉さんのミナは、顔中に驚きを浮かべておった。

 余はとりあえず、一通り彼女らの年齢を聞き出す。


 ピッピが8歳。ネルとリルは10歳。ミナが12歳。ミミは……11歳だった。

 そして。


「私は……14歳。年上だったのね、ナナ」


 なんだか申し訳なさそうな微笑を浮かべながら、リリィは言った。

 じゅ、14歳かぁ……そっかぁ……


 可愛い(?)。


「と、年上とかどうでもいいではないか。余は余じゃ。

 変な気配りみたいのは、いらんからの……!!」


「うん……ありがとう、ナナ」


 小さく頷いて、ふわりと微笑む。

 はい、それ魔王様メモリーに永久保存。


(しかし……改めてあの腐れ外道の畜生具合に反吐が出るな)


 沸々と込み上げかけた怒りを、頭を軽く振って押し込む。

 そして、元々の用件であった事を問う。


「ところでお主ら。何というか体の調子はどうじゃ。どこか具合が悪く

 なったりしてはおらんかの?」


 余の質問に、少女らはお互いを見合う。

 そして、少しだけ俯きがちにミナが答えた。


「うん……少しだけ体が怠い……かな。でも、元気なのがどんな感じか、

 よく覚えてないから……あんまり分かんない、かも」


「そう……か」


 しかし、やはり魔素の影響は多少なりともあるように感じる。

 やはり出来るだけ早く手を打たねばならんの……。


 思いを新たにし、余はひとり頷いた。




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