【15】魔王様、友人が訪ねてくる。





「たのもーう、ですわ!!」


 リリィを我が城に迎えて4日目、時刻は正午前。

 ちょうど【魔族とエルフの相関ー第6節】を読了した余の耳に、

 聞き馴染みのある声が届いた。


「……面倒くさいのが来たのぅ」


 呟いて、余はお勉強机から椅子を引き立ち上がる。

 扉を開きエントランスへと、てくてく歩いてゆく。



 エントランスホールに降りるさなか、踊り場からその姿を見下ろす。

 その人物もまた余の姿を見上げ、なんか文句ありげな顔をしとる。

 普通あれだけ声を張り上げたら誰かしら応対しているはずだが、

 この客に関しては十中ほぼ十、余目当てと分かっているから

 いちいち対応せんでいいと余から皆に言ってある。


 ホールに降り立ち、その者に歩みゆく。


「ナナ=フォビア=ニーヒル様。お久しゅうございますわね。

 ご機嫌はよろしくて?」


「よろしくてあらせられるよ。して今日は如何用かの“キューちゃん”」


「キュっ……その呼称はおやめくださいと何度も申しておりましょう、

 ナナちゃん様……!?」


「そうであったのー。すまんのラナンキュラス。で、何の用じゃ」


 むすーっとした顔で余を睨むこの女はラナンキュラス=ハーリィ。

 何かにつけこの魔王様に絡んでくる魔貴族の御令嬢じゃ。

 付き合いは長く、年数だけで言えばスラルより昔からの馴染みじゃ。


「何の用と来ますか。そんなの決まってるでしょう、先日のアレですわ。

 “魔王様の御触れ”で仰っていたアレの内容ですわよ!!」


 まぁそうだろうと思っとった。


 余は先だって、魔王の権能の一つである魔族領全体への一括送念を用いて

 余のリリィ達への対応と、何者も彼女らへ危害を加えぬようにとの旨を

 同胞達に伝えておいた。

 この全体アナウンスかなり魔力を使うんじゃよねぇ……すっごい疲れる。

 一度使ってしまうと しばらくの間再使用出来ぬし。


「なんか変な事言ってたかの……?」


「変な事しか言ってませんわよ!! なんですのいきなり、余に人間のお友達が

 出来たからみんなも仲良くするのじゃーってワケが分かりませんわ?!」


「分からん事ないじゃろ……意図だって丁寧に説明したであろうに。

 このまま座して過ごしていて、また7年程前の“あの侵攻”のような事態が

 やって来ないと言う保証はなかろう。魔族対人間の大規模な戦争が

 起ころうものなら、超高確率でそれは勇者出現のトリガーとなるんじゃぞ」


「だから、人間との友好を模索しましょう、ですか? 甘いですわよ魔王様。

 彼らは異常に多様的で、数が多くなるほどさらに複雑に情理が捩じれます。

 特定の人物や集団と理解を深められても、その捩じれが必ず台無しにする。

 その類の試行の不毛さは過去の魔王様がすでに証明されているでしょう?」


 うーん、正鵠じゃの。まったくもってその通りじゃ。

 そもそもの所、人間領で悪さする魔族や魔物とかのせいで

 魔族に対する印象はいつの時代も大層悪いしのぅ。


「魔王様は歴代最強ではとも謳われる魔力をお持ちでしょう?

 極々少ないとは言え、魔王が勇者を打倒した例も過去あったと聞きますわ。

 勇者が強大であるとしても、勝てぬ戦と決めて掛かっているのですか?」


 ……掛かっとるし、実際にその力の片鱗を見た上でのかなり正当な評価じゃよ。

 とは言えんからのぅ……そもそも余は、リリィと殺し合う気なぞ毛頭に無い。

 絶対にありえん。考えたくもない。


「極々少ない例どころか1例のみじゃし、それこそ奇跡そのものの勝利じゃよ……

 というか何度目じゃこの話。キューちゃん、余は勇者が怖いと言うとろうが。

 人間との関係云々は、半ば気まぐれじゃ。一夕一朝に成るものでもないしの。

 とにかくこれはもう決定項目じゃ。余は覚醒した勇者と対峙しとうない」


「むぐ……ナナが決定と言ったら、何も言えなくなりますわ……」


 全く納得しとらんのぅ。この子、昔からやたら突っ掛ってくるし文句すごいし

 余が魔王になって以降も割と態度が子供の頃のそれと変わらん子なのじゃが……

 それでいてなぜか、余の事を過剰なくらい評価しとる所もあるんじゃよね。

 よく分からん。こやつの事結構好きなんじゃけどの、余は。


「魔王様、西の瘴気溜まりの件で少々お話が……おや、ラナンキュラス」


 そこへ、カツカツと革靴を鳴らしスラルがやって来た。

 おぉ、ちょうど良いところに。


「ス、スラルさん……ごき、げんようですわ」


 我が執事の姿を見た途端、キューちゃんの声のトーンが若干下がる。

 なぜかは知らんのだが、この子スラルに対して微妙に当たり強いんじゃよな。

 出会ったばかりの頃は、そうでもなかったと思うんじゃが……


「お邪魔だったかい?魔王様、お話は後で結構で――」


「いいえ、ちょうど私の用件はひとまず終わった所ですの。お気遣いなく」


「……そうか。なら良いのだが」


 ……うーむ。

 いつもこの二人が向かい合うとなぜか余が気まずくなる。なぜじゃ。


「……スラルさん、貴方としては今回の人間の件、どう思われていますの?」


「私は……それが魔王様の決定なれば、それに従うのみだからね」


「貴方個人としては承服しているのか、と聞いたのです」


「……あぁ。私も良いと思っている。彼女らは健気で良い子たちだよ」


「そうですか。でしたらよろしい。

 それでは突然の拝謁失礼致しましたわ魔王様。ごきげんよう」


 一礼して、ラナンキュラスは帰っていった。

 スラルが微かに、溜め息を吐く。


「なんで、あの子はいつもスラルに厳しい感じなんじゃろのぅ」


「魔王様が心配だからでしょう」


「へ? なんでそれでスラルに冷たくなるのじゃ」


 問いにスラルは余の顔をじっと見て……「はぁ」とため息を吐いた。

 え、なんなのじゃ……なんか呆れられとるー?


「ところで魔王様。私は彼女に嘘をつきました」


 改めて姿勢を正し、余の目を正面に見て言う。


「萌芽の恐れがなければ、私は今にでも勇者の命を奪っています」


 ……


「……分かっておるよ」



 ほんと、律儀な男じゃ。




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