【14】魔王様、あんぽんたん。





 翌日、余は魔王城を出てミミが眠る花畑に足を運ぶ。

 報告を受けた通り、小さいがなかなか立派な墓標が据えられておった。

 仕事が早いのぅ。


 ……そして、そこにはすでに先客の姿がある。


「おはよう、リリィ」


 墓の前に座っておった背中に声を掛けると、振り返って立ち上がり、

 余を見てぺこりとお辞儀をした。


「おはようございます、魔王様。……お墓、ありがとう」


 見せたそれは微かに影の差す表情ではあるが、昨日よりずっとましじゃ。

 大事ときちんと対峙した者の決意の目……強い子じゃな。


「礼などいらぬ。どうじゃ魔界の花畑も、中々美しいもんじゃろ?」


「うん、とっても……あ、魔王様」


 リリィが余の顔を見て、そばに寄ってくる。

 手を近づけ、余の唇の少し下辺りを指で拭う。


 そしてその指を、自分の口元に持っていって……ぺろ、と舐めた。


「ふふ……ソースかしら、付いてましたよ」


「…………」


 余、フリーズ。


 そんな余を見て、リリィはハッとして慌てて言った。


「あっ……わ、私ごめんなさい……!!みんなにしてるみたいに、つい……」


「へっは、ぜぜぜ全然ええよ?!そんな別に大した事じゃ……にょほ、ほほほほ」


 余は腕を組んで気色悪い笑い声をあげる。

 うん余ってば見た目子供だもんね!! 仕方ないね!! でも、


(……ニ、ニア関節キッス(?)……)


 ほ、ほぁあ。


「ところであの、魔王様……ひとつお聞きしても良いですか?」


「な、なにかにょ?」


 必死に表情筋を引き締める余。

 少しだけ顔色を暗くしたリリィが、余に訊ねる。


「執事さんから聞きました。私は勇者と勘違いされて連れてこられたって……

 でも、魔王様が私達を可哀想に思って、そのまま追い返さないでここに

 置いてくれたんだとも……」


 先日街にへ向かう途中に決めた、リリィを浚ってきた嘘の理由じゃな。


「たまたまでも、本当にとても……とっても、感謝してます。

 私達は力も知恵も無い子供だけど、精一杯ご恩をお返ししますから……」


「よ、良いてそんなの、スラルからこれも聞いておろう?

 余は人間と友好を得たいと思っておったのじゃ、お主たちとの出会いは

 余にとってもすでに僥倖、変に気を遣いすぎんでおくれ」


「はい……ありがとうございます。ほんとうに……。

 それで魔王様、あの、勇者の人は……見つかっているんですか?」


 なんだか心配そうな表情で尋ねるリリィに、余はバツが悪そうに返す。


「うむ……ええと、残念ながらまだ見つかってはおらぬ。目下捜索中じゃ」


「そうですか……でも、魔王様はとっても優しい方です。

 もし勇者が現れても、魔王様をやっつけたりなんかしないと思います」


「……そう、だといいがのぅ」


 …………。


 そんな事は、関係ないのじゃリリィよ。目覚めた勇者は必ず魔王と敵対する。

 歴史がもう、証明しておるのじゃ。


 かつて、勇者の因子を持つ者を予め発見し、その手に引き入れた魔王はあった。

 覚醒する前に魔王とその勇者は深く友愛を育んだそうだが、ある日。

 突如それは勇者として目覚め、友であるはずの魔王を容赦なく殺したそうだ。

 まるで当然の事をするだけのように、躊躇も悲嘆も無く。


 史書で語られるそれは、まるで心ない魔導人形のようであった。

 ただ、魔王を殺す者。それが覚醒せし勇者。


 ……きっと、リリィも……


「……魔王様」


 リリィがそっと、余の手を握った。


 ……いかんの。一体どんな顔を晒しておったんじゃろうな余は。


「大丈夫ですよ。きっと……。私も、助けになれるならなんでもしますから」


 リリィ……


 ……


 ……え?


 いま、って言った??……


 ……


(……馬鹿。余のばかばかばか、あんぽんたんが!!

 そういうシーンじゃないでしょ何を考えとるんじゃ!!)


「……なんでもするとか、簡単に言うてはならぬぞリリィよ」


「あっ……ご、ごめんなさい。うん、なんでもは……ダメです」


 謝らないで……

 頭の中のスラルが余を睨んでおる……


「でも本当に、何か出来る事があったら、言って下さいね」


 言って、リリィは優しく微笑んだ。

 まじ女神。

 お嫁さんにしたい。


「あ……そうじゃ、ではひとついいかの」


「はい。なんですか?」


「敬語……余に敬語は使わんでよい」


「えっ、でも……」


「無理強いはしないが…………嫌、かの?」


 余はリリィをちょっと上目気味に見て言う。

 それを受けて、リリィは困った顔を浮かべるが……

 やがて、ふっと目をつむり、微笑んだ。


「……分かりました。……いえ、分かった……魔王様」


「魔王様ではなく、ナ……ナナで良い」


「えぇっ……?! う、うん、分かったわ……ナナ」


 ほぁー……


 良い……良いではないか。


 余、なんかいまとっても幸せー……!!


「じゃ、じゃあ魔王様……ううんナナ、私そろそろ行くね。

 お城のメイドさん達が、私たちに色々教えて下さるそうなの。

 私たち、今はろくに何もできないから……とても、ありがたいです」


「そうか。まぁそれも良いが、過酷な日々の直後なんじゃ。

 しばらくは、ゆっくり休んだ方が良いと余は思うぞ」


「うん……ありがとう。確かに、あの子たちはしばらく休ませてあげたいです。

 みんなと一度、話し合ってみま……みるね」


 それが良い、と余は頷く。時間はたくさんあるのじゃ。

 リリィはお辞儀をして、城の方へ歩いていった。

 その背中を見送る。離れていく背中を見て、余は思った。

 もうひとつ……


(……ぎゅっとしてもらうくらい、お願いしてもよかったかな……)



 …………余はあんぽんたんだった。




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