【13】魔王様、他意は無いけどお風呂場へゆく。




 

 食事の用意ができた、とハルニレから念話があったので、

 余はリリィと共にダイニングルームへ向かう。


 先程は魔王として情けなくも涙なんぞ晒してしまったわけなのじゃが……。

 

 そもそも余は元々泣き虫であったな、とかつての自分を思って

 苦笑してしまう。


 ……こほん。


 ともあれ、余らはダイニングルームへとやって来た。

 すでに連れ出してきた子らは卓につき、そわそわとしておる。

 リリィの姿を見つけると、皆一斉に表情を明るくした。


「さて、皆席についておるの。では並べるのじゃ」


 余が言い終わると同時に、数人のメイドが配膳台を押し、順に各々の前に

 取り取りの料理が盛られた皿を並べてゆく。

 それらを少女たちは目を輝かせながら見つめていた。


「さぁ、遠慮はいらん。気の済むだけお食べ」


 余が言うが、しかし少女達は不安そうにお互いに目配せをしながら、

 なかなか食事に手を付けない。


 ……あぁ、と余は朝方リリィに聞いた話を思い出す。


「リリィ、お前から言ってやってくれんかの」


「は、はい。……あのねみんな、これは食べても怒られたりしないから、

 安心して頂きましょう。……ね」


 リリィはちらり、と余を見る。

 余は「うむ」と頷く。


 リリィは率先して食器を手に取り、魚のマリネを口元に運ぶ。

 口に入れる直前、一度そっと目を閉じて何かを思い……

 けれど意を決して、それを口に入れた。


 僅かに口元が動いたのち、リリィは目を見開いて唇に手を添えた。


「おい……しい……」


 呟いて、目端に涙を滲ませる。

 それを見て余は何とも暖かな気持ちになった。


 少女らも安心した顔を見せ、恐る恐る食器を手に取り食事を始める。

 そしてそれぞれ一度口に料理を口に入れてからは、もう止まらなかった。

 皆一様に涙を流して、一人の例外も無いその様子に余は胸が痛む。


 余はあえて、今夜の食事を過剰に豪勢にはしなかった。

 厨房係には、ごく一般的な家庭のちょっとした祝い事くらいの物をと

 指示をしておった。理由はなんということでもない。

 この子らには少しでも数多くの、ささやかでも確かな当たり前の幸福感や

 喜びをこれから手にしていって欲しいと思うのだ。

 段階的に大きくなっていく喜び、望み。それは希望と呼ばれるものじゃ。





 リリィ達の食事が終わると、余はまた自室へ戻ってくる。

 あの後少女らから「ありがとう魔王様」的コールを浴びせられて、

 なんかくすぐったいというか照れくさくなっちゃっての……

 そそくさと退散してきたのじゃ。


 一人で部屋にいると、またミミの事が頭を何度もよぎったが、しかし余は

 リリィに偉そうに垂れた身。自分の成した結果は引き連れゆかねばならぬ。

 昏い気持ちになるな魔王様。


 さて……今日はほんの少し疲れたのぅ。

 ゆっくり湯にでも浸かって、さっさと眠ってしまおうかのー。


 ……ん?


 なんか引っかかったの。

 ゆっくり……湯に浸かって……?


「……ほぁ……!?」


 そのとき余に、電流、はしる。


 余はハルニレに念話を発信する。

 すぐに向こうも応え、通話が繋がった。


『いかがなされましたか、魔王様?』


『は、ハルニレ。リリィ達に湯場は勧めたかの……?』


『えっ? あ、はい。お腹が落ち着いたらお風呂をどうぞとは』


『そ、そうであるかーそうかー』


 うむうむー、と余は棒読み気味で相槌を打つ。

 するとハルニレはこう言った。なぜか念話なのにひそひそ話のトーンで。


『……20時になったら入るように、お伝えしておきます』


『ハルニレ? な、え?』


『大丈夫です魔王様、ハルは魔王様の味方、お任せ下さい……フフフ』


『な、なな何のことやら……分からにゅ、けど一応礼を言うぞ……』


『フフ……では失礼いたします魔王様』


 念話を終える。


 ……ハルニレ……貴様という者は……

 良く出来た忠臣を持って、余は果報者であるぞ。


「20時……20時じゃの。ふ、ふーん?」


 他意は無い。

 他意は無いが、余もそれくらいの時間にお風呂入ろっかのぅ?

 うん、なんとなく……そんな気分じゃ……ふ、ふふ……





 20時を10分ばかし過ぎた頃。女湯の前に立つ余。

 律儀にハルニレは「リリィ様は今お風呂へ向かいました」と連絡をくれた。


 そして現在。余は苦悩しておった。

 やっぱ……こういうの、よくないよねぇ……?

 こんな邪な気持ちでここに入っちゃ、ダメじゃよねぇ……?


 立ち尽くし、懊悩する余。

 しかし、決心する。


「やっぱりいきなり裸の付き合いなんて、違うじゃろ」


 余は頭が冷えた。まったくどうかしておった。

 もっと仲を深めたらあるいは……じゃが、まだその時ではなかろ?

 うんうん、そうじゃ。入るのはすぞ。



「……入るのは止して、覗くだけにしよう!!」


 自制心の権化か、余は? まったく自分でその高尚なる精神に慄くわ。

 てなわけで、どうやって覗こうかの――――


「何を覗かれるのですか、魔王様?」


「ピャーーーーーー?!!」


 この声……スラル!? こやついつの間にそこにぃ……!?

 少し離れた角から、入浴具とバスタオルを手に提げたスラルが姿を現す……


「すっ、ススススラル!? ちがっ、違うんじゃこれは、」


「何が違うのですか?」


「……あ、あにょ、」


 あかん。逃げ場がないのじゃ。

 執事はただただ、余を無表情に見下ろしておる。

 しかし余には感じる、こやつの瞳の奥にある冷ややかなものが。


「……はぁ。魔王様のなさる事です。私がとやかく言う事ではありませんが」


「ありませんが?」


「………………」


 な、なんか言ってぇ……沈黙が痛いぃ……


「女性達が入浴中なのですか。湯場は別ですが一応時間を改めましょう。

 失礼いたします魔王様」


「ス、スラル」


 余の呼び掛けに、踵を返しかけたスラルが向き直る。


「例えばなんじゃけど……もし余が魔王じゃなかったりスラルが配下じゃ

 なかったりしたら、スラルは余をどうしちゃってたかの……とか聞いたり」


「土蔵にでも閉じ込めますね」


 …………マジの目じゃ。


 スラルは昔から、淑女に対してすごく紳士的な男だもんね……。


「の、覗きは、しません……」


「そうですか。私もそれがよろしいかと思います」


 言ってスラルの背中は、角の向こうに消えた。


 …………


 …………


 そも、不謹慎じゃろうが超絶ばかたれが。

 色ボケも大概にせんか……

 

 だんだん、己で進んで土蔵で逆さ吊りになろうかと思えてきた。


 ばちん!!

 とりあえず頬を思い切り張っておく。




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