【12】魔王様、泣く。
一人自室でベッドに身体を投げ出したまま。
余は天井を見上げ、ぼへーーーーっとしておる。
いか程こうしていたかのぅ……。
部屋が夕焼け色に染まるまで、ずっと……
取り留めなく色んな事を想った。
まだ耳の奥には、リリィの泣き声の残響が残っておる。
昨夜の自分は、ただ当たり前に人の子は人の地にあるのが当然と思った。
男だけを連れ出し、心中ではっきりあの子らを気にしていながらも、魔族領に
招くなど考えもしなかった。
今さらに自分の考えの浅さが憎い。
あの後ミミは魔王城にほど近い、よく陽の差す花畑に埋葬された。
スラルに何かしら墓標を置くようにと手配を頼み、余は続いて
広間に案内されていた残りの卑人の少女達のもとへ向かった。
……いや。
いい加減、余まで卑人などと呼ぶのはやめよう。
広間では少女達が皆リリィを囲むようにして縋りついていた。
リリィはその頭を撫で、背中をさすり、一人一人と言葉を交わす。
涙の跡がはっきり残る顔で、それでも心からの喜びと安堵が浮かんでいる。
その表情に、余の心まで撫でさすられたような思いがした。
扉から出しかけていた半身を静かに引き戻し、余はそのまま
広間を後にして寝所へと向かった。
それから、こうしてずっと天井を見るともなく見ておった次第じゃ。
リリィと話をしなければと思いながら、しかし中々身体が動かなかった。
なんと声を掛けたら良いのか……と。
そうして時間を取り上げていると、不意に扉を小さく叩く音が耳に届く。
スラルか、と思い上体を起こし入室を促すと、そこに立っていたのは
意外な事にリリィであった。
「失礼、します……魔王様」
魔王、と呼ばれ僅かに身が固まる。
しかし当然の事だ、ここまでに余の事を誰も彼女に伝えていないはずがない。
「う……む。どうした? あぁ、あの子らの食事が遅うなってすまなかったの、
もう直に用意が出来るし声を掛ける故、あと少しだけ待っておくれ」
「は、はい、それは、大丈夫です……あの……」
俯き、緊張した様子で細々と声を紡ぐリリィ。
余はなんとか平静を装って返す。
「……まぁ、その。そこに椅子があるから……座るがよい」
余の言葉に頷き、リリィは言われた通り腰掛ける。
余は一度立ち上がって位置を変え、改めて彼女と向かい合う。
そのまま、いくらかの沈黙が流れる。
やがてリリィは口を開いた。
「ミミのこと……ありがとうございました」
……
手渡された言葉は、余が思いもしなかったものであった。
ありがとう?
「……ミミの事は礼を、言われるようなものではなかろう。
こんなことなら余が昨夜の時点で、さっさと連れ出していれば……
余らは結局、あの子を助けられなかったのだからの」
余は拳を握り込んで歯噛みする。
しかし……
「そんなこと、ないです」
余の言葉を、リリィは静かに否定する。
余に向けられた顔を見ると、少し悲しげな……けれど穏やかで優しい、
微笑みが浮かんでいた。
余は困惑する。
「いや、でも……」
「ミミの顔を見ましたか?あの子、最後に微笑んでいました……。
……笑ったの。私あの子の笑顔なんて、もうずっと忘れていた」
目をつむり、リリィは何かを思い出しているようだ。
「あの時私だけだったら、あの子はきっと“ごめんなさい”と泣きながら
最期を迎えてたと思います……でも、貴女があの子を救ってくれた」
だから……ありがとう、と。
リリィは余に、深く頭を下げた。
…………
「……リリィは」
「えっ……?」
「お主は、救われたのか」
余は訊ねた。
訊ねずにはいられなかった。
リリィは下を向いて、少しの間黙る。
そして、顔を上げないまま言った。
「……いいの。私は、いいんです」
「いいわけがあるか!!」
余は立ち上がり、声を荒げてしまう。
リリィは驚き、余を見上げる。
「いいわけがあるものか……」
声が震える。
余の中で、言葉を躊躇う部分もある。
けれど、それは勝手に口をついて出てくる。
「確かにミミは逝ってしまった。あるいは永らえたとしてもお主には
もっと他に沢山の悔いが、自責があるのやも知れぬ。
でも、だったらもうダメなのか? もうそこでおしまい、なのか……?」
余は胸に湧き上がるものを気持ちのまま吐き出す。
「もう救われてはダメなの? 幸せになっては、いけないの……?!
どうして叩かれた者が不幸であり続けなきゃいけないの?
どうして叩いた奴が笑って、あなたが泣き続けるの?
どうして? どうして!? ねぇ……」
分からない……そんなの……
ねぇ。
「どうしたら、あなたは自分を、許してくれるの」
うまく言葉が出てこない。
自分の言葉さえ、思い通りにならないのか。
リリィが立ち上がる気配がする。
そしてこちらに歩いてくる。
余はなぜか視界がぼやけてよく分からない。
そっと、何かが余の目元をなぞった。
「……リリィ?」
「優しい子。……おねがい、泣かないで」
「泣く……ナナが……?」
自分の手で目元に触れて、余は自分が涙を流している事を知る。
不意に、余は
そして耳元に、リリィの声。
「貴女の言う通り……私、本当は分かっていたの。
誰も許してくれないから、私も自分を許さないでいれば……
自分を
逃げたの。そんな私をあの子たちが悲しんでいるのを知っていても……」
守って傷つくより、守れず傷つく方が辛いと分かっていたから……と。
そう、リリィは告白する。
「でもミミの笑顔と貴女の言葉が……鏡になってくれた」
自分が見ないように目を背けていたもの。
きっとそれは、今すぐに立ち向かえるものではない。
でも……。
「……リリィ、幸せになって」
余は、リリィの背に手を回し、ぽんぽんとさすった。
「……うん」
小さな頷き。
部屋はいつの間にか暗くなっていた。
魔族の地の夜闇は、人の地のそれより暖かく、優しい。
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