【11】魔王様、看取る。
言うまでもないが、瞬く間に片はついた。
男の身体は、余の眼前まで手を伸ばした姿勢のまま石の如く固まる。
下卑た醜い笑いを張り付けたまま、瞬きも出来ず、声も出ず。
やがて男は笑ったまま涙を流し始め、口からは涎を垂れ流す。
「どうじゃ? 信じられぬ程の痛みではないか?
人の生の途上で、一度あるか無いかというレベルの痛みであろうよ」
尤もその痛みは対象が刻んだ業によって丈が決まるのだがな。
「清廉に生きた者にはほとんど痛みはない術じゃが……お主の様子を見るに、
なかなかの痛苦に見舞われておるようじゃの?」
断罪の痛みとも言えるそれは時間にして720秒程続き、のち絶命する。
そして余はそれを伝えてやる気はない。いつ終わるとも知れぬ激痛を、
微動にも出来ず悲鳴の一つも上げられないまま味わうがよかろう。
それなりの魔力、あるいは霊力強度を持つ者相手なら余程弱らせない限り
この術が決まる事はないのだが、この男は弱かった。
「……魔王様、急いで転送陣を展開いたしましょう」
念話で呼び寄せておったスラルがやってきて、そのまま椅子に括られた少女の
前に跪いて彼女を見たのだが、すぐ立ち上がってそう余に言った。
「なんじゃ……いや、まさか」
「この少女はまだ微かですが息があります。急ぎ帰還し処置を」
スラルが言い終わるより先に、余は魔族領に繋がる転送陣を開く。
魔力によって組まれるこれは魔族領から人間領への移動はかなわぬが、
逆であれば即転移可能だ。
スラルが少女を抱えたのを確認してから、余は陣を起動する。
未だ壁際で震える少女達も含め、我らは瞬く間に黒き光となって消える。
例の男も含まれているが、こやつはその辺に捨て置けばよかろう。
我が居城のエントランスに移動が完了する。
突然の事態にパニックを起こす少女達に言葉を掛けたいが、
まずはこの瀕死の娘が優先じゃ。ここでしばし待てと少女らに言い置き、
余とスラルはエントランスを駆ける。
リリィが居るはずの部屋から一つ飛ばした二つ隣の客間に入り、
青白い顔をした少女をベッドに慎重に横たえる。
スラルに向け、ハルニレに念話を飛ばしエントランスに置いた少女らの
事情を伝えておけと命じた。
そして余は、あまり得意としない治療魔法を少女に試みる。
余は魔王、この力の根幹は破壊や命奪にばかり繋がっておる。
それでも、少女一人治せぬわけはない。治せぬわけはないのだ。
……
……だが……
「……通らぬ……やはり通らぬ……っ!!」
くそッ……!!
分かってはおる、魔力では霊力の加護の下にあるものは癒せぬと。
霊力で編まれた呪法に割り込む等は出来ても、治療は……
「スラル……余は魔王じゃ、魔の頂点にある者じゃぞ!!
この程度の事が成せぬはずがない、そうじゃな!?」
縋るようにスラルに問う。
スラルは……何も返さない。
返せない。
「まだ、生きておる……全員無事で、リリィに会わせるんじゃ。
そうだスラル、何も魔法に頼らずとも外科的に処置を、」
言い掛けて、しかし余の言葉は止まる。
……なぜ。
なぜ、そこにおる?
「リ、リリィ……」
「ミ、ミ……?」
閉じていたはずの扉が開いている。
そこから半身を見せるリリィが、横たわる少女を見て呆然としている。
「ミミ…………ミミ!!」
恐らくこの少女の名を叫び、弾かれたようにベッドに駆け寄るリリィ。
ベッドに縋りつき、少女の痛ましい姿を見て表情を歪ませる。
「そんな……ミミ、どうして……?」
余はただ立ち尽くし、二人の少女を見守る。
なにか、なにか言わなければ……しなければ……
「……そうじゃリリィ、お主は治療の法力は使えぬか!?」
余の言葉に、リリィがこちらを見る。
しかしすぐに、首を横に振った。
「使えない……私、法力の使い方を知らない……」
唇を震わせ、首を振り続けるリリィ。
その表情が、どんどん恐慌の色に染まってゆく。
その時。
ベッドの上で、少女……ミミの口元が微かに揺れた。
「……ミミ……? なに、お姉ちゃん、ここに居るよ……!!」
リリィがミミの様子に気付き、必死に声を掛ける。
しかしその時余は、ミミの瞳を見て……分かってしまう。
この子は、
もう……
忌々しいまでに、余の魔王の眼は……
今まさに消えゆく命の灯をはっきりと感じ取ってしまった。
「お… ……ねぇ ……ちゃん……」
「ミミ……だめ……ダメ、こんなの……」
「……ごめんね……いっぱ、い……お姉……ばっかり……」
「謝らないで……違う、私結局みんなを……」
リリィの言葉を、余が肩に手を添えて止める。
そして、ミミに向けて言った。
「ミミよ。リリィはもう大丈夫じゃ。もうリリィも一緒にいた皆も、
全員助かった。だから、もう大丈夫じゃよ」
「……っ、な……にを」
リリィは唖然として余の顔を見た。
余はそれを正面から受けて、ただ、見つめ返し頷く。
…………
「………ぁ………」
リリィは、意図を読み取った。そして力なく頷く。
……その賢しさが、悲しい。
「うん……お姉ちゃん、もう大丈夫だから……。
だから安心して、ミミも今は……ねむ、眠って……」
リリィの瞳から幾筋も涙が流れる。
「起きたらね、みんなで……おいしいもの、食べようね」
リリィは精一杯に微笑んだ。
それを見て、
ミミも微かに微笑んで、言った。
「……うん……やっ…たぁ……」
嬉しそうに言って。
ミミは、目を閉じた。
僅かな間、沈黙が降りる。
しかし間もなく。
リリィの慟哭が響いた。
それは長く、
とても長く、続いた。
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