【10】魔王様、再び3平米の地獄へ。
余はハルニレの元へ赴き、リリィの食事を作り直すよう命じる。
「そ、そんなものでよろしいのですか?」
「うむ。とにもかくにも食わねば衰弱する一方じゃ。頼んだぞ」
ハルニレが驚くのも無理はない。
命じたそれは、
しかし今の彼女は、そんなものでもなければ口にしないじゃろう。
自分だけ恵まれたものを口にする事を、きっとあの子は許さない。
続いて、余はスラルを念話にて呼び出す。
執事は10秒経つ頃には余の下に参じた。
「いかがなさいましたか、魔王様」
「共に出掛けるぞ。向かうのは人族の地、先日の場所と同じじゃ」
少しだけ、余の顔を窺うスラル。だがすぐに応える。
「かしこまりました。お供いたします魔王様」
魔族領から人間領へ向かい、飛翔魔法で空をゆく
余は伴うスラルに語った。
あるいはそれは独白だったが。
「呪印を解き、痛みから解放されたリリィは涙を零した。
あれは、安堵から流れたものではなかったのじゃろう。
あの子は
「…………」
「のぅスラル。今なら分かるのじゃ。余はあの子の瞳を見て恋に落ちた。
すでにそこには映っておったのだ。余の知らぬ眩いばかりの貴き輝き。
あの眼差しが湛えるものに、余は触れたいと思ったのじゃ」
一目惚れだなんだと呑気にはしゃいでいた自分が憎らしい。
目的の館が在る人間の街から少し離れた林の中に我らは降り立つ。
「さて、言うまでも無いが姿は人の中にあって違和感の無いように
擬装するのじゃぞ」
尤も、我らに必要な擬態なぞせいぜい頭の角を消すのと後は……
少し尖った耳をヒトっぽくする程度で事足りる。
あ、あと瞳孔も人族とは違うな……
よし、問題なかろう。
「では征くか」
「……はい」
スラルに微かな疲労の色を見て取った。
仕方あるまい。ただでさえ飛翔魔法は魔力消費が大きい所に、ここは人間領。
大気に満ちるエネルギーの属性が魔族領とは全く異なっておる。
我らが利用できるのは魔界の“
人間領にも魔素は多少はあるが、微々たるものじゃ。
「魔王様、油断なされませんよう。この地では我らの魔力はせいぜい半分程度しか
活きませんので。戦闘は無いと思いますが」
「ふん、不利の内に入らん。一割でも釣りが出るわ」
言い捨て、余は歩き出した。
パスラとか言う人族の街を、通りゆく人間達に紛れて歩く。
人間達の街としては中規模にあたるそこは、なかなかに栄えておるようだ。
特段の要件が無ければ、観光なんぞ洒落込んでも良かったが……
行き交う人族の中には、まばらにだがエルフや半獣人の姿もあった。
しかし目的地に行き着くまでに、卑人の姿は一人も見掛けんかった。
「到着いたしました魔王様」
やがて我らは小さな館の門扉の前に立つ。
周囲に人目が無いのを確認し、扉に手を掛ける。鍵は掛かっていない。
玄関ホールは無人であった。しかし人の気配は確かに感じる。
余もスラルも、目的の場所はすでに先日訪れて把握している。
スラルを見張りとしてホールへ残し、そのまま余だけが中へと踏み入る。
不必要に分厚い扉の奥に伸びる、石造りの階段を降りて地下へ。
冷たくも湿気た空気は、すえた臭いと相まって極めて陰鬱としておる。
横に鉄格子がいくつか並ぶ通路を歩くさなか、男の声が届く。
余は歩を早める。やがて突き当りに赤錆びた鉄扉。
半ば開いたままのそれを押し開き、中に入っていく。
そして視界に飛び込む眼前の風景に、余は顔を
先日も目にしたが、何度見ても虫唾が走る光景よ。
壁にいくつも掛かった刃物や鈍器、用途が分からぬが禍々しさだけ醸す器具。
それらや拘束台にはことごとく血がこびり付いておるようだ。
床には石抱と呼ばれる拷問具の上に乱雑に放られた皮の鞭。
そこは3平米ほどの空間に再現された、地獄であった。
余はこれを作り出す人の心に、嫌悪や怒りだけでなく、恐れすら抱いた。
「……あ? なんだお前は」
視界に映るのは壁伝いに並んだ卑人の少女たち。そして見知らぬ男が一人。
我らに声を掛けたのはこの男だ。
しかし余の視線は、目の前に据えられた拘束椅子に雑に括られ首を垂れる
卑人の少女にしばらく固定される。
ようやく男の方を向いた余は、尋ねた。
「……その子は、死んでおるのか?」
「質問に質問で返すな……ちッ見たら分かるだろうにくたばってるよ。
昨夜の会合に出て来なかった兄貴を訪ねて来たら居ないもんだからよ、
所在を聴きだそうと
癇に障ってしこたまぶん殴ったらよ……まァ死んでんじゃねーかな?」
言って、男は項垂れた少女の頭をはたいた。
「なんだお前、兄貴に
兄貴の趣味も分かんねぇよ、こんな畜生かまって何が楽しいんだか。
お宅もその手のクチか? まァそんな事より兄貴がどこにいるか知ら――」
「黙れ。もう喋るな」
「――ぁ?」
余は立ち眩みに似た感覚を覚える。
玩具と言ったか?畜生?
癇に障って殴ったら?
「……随分な口聞くねぇ嬢ちゃん。身なりからして良いトコの御令嬢だよな?
良くねぇなァ大人にそんな口の利き方なさっちゃよぉ。
……って、ん? いや待てよお前まさか……」
男が何かに思い当たって表情を変える。
「このガキ泣きながら言ってたんだよ……なんだったか……そうそう、
男の人が来てお姉ちゃんを連れていった、その後
いきなり消えた、だったか? 何言ってんだって話だよな? いきなり消えたって
なんだよと思ってよ……でもお前らが兄貴を何処ぞにやったんじゃねぇのか?」
「だとしたら、どうする?」
「……ッハハ。ビンゴかぁ嬢ちゃん? じゃあちょっとお話伺ってもいいかなぁ?」
下卑た男の笑い。こちらに歩み寄ってくる。
余は言う。
「貴様の全てが
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