【8】魔王様、父君とお話なさる。





 ハルニレが朝食を運んでくるまでの短い間、

 手早く余は隠匿の魔法をリリィが秘したそれ向けて試みた。


 特に問題なく術法はリリィの内に定着し、彼女の勇者たる種子を

 見事覆い隠した。さすが我魔王様、完璧じゃ。


 シンプルな術式ほど、術者の魔力強度がより反映されやすい。

 例え魔力的洞察に秀でた者でも、このベールの奥を見通すのは至難なはず。

 なんたって施したのが、魔の最高峰ナナ様なんじゃからの。


 で、余はそこから少しの間リリィと二人きりでおったわけだ……が。


 どうしても心がふわふわと浮ついて、ロクに話が出来んかった。

 良い天気じゃのぅ……とか、なんか背中かゆいのぅ……とか

 余が中身のねぇ話を口にするたび、リリィは困った顔でこくこく頷くだけ。


 いたたまれくなった余は、ハルニレが配膳台車を押してくると同時、

 ゆっくり食べるが良かろう、とぎこちなく微笑んで逃げるように部屋を

 出てきてしもうた。


 はぁぁ……

 惚れた子と……人間の娘と……何話したらいいのぉ……

 余、わからぬぅ……




 少し外に出て心を落ち着けるか、と思いエントランスへ向かう。

 するとホールの玄関前で、誰ぞ二人が立って話をしているのが見えた。


(スラルと……もう一人は、ととさまか)


 ととさま……とは余の父君の事じゃ。

 魔王になる以前は、父を“ととさま”、母を“かかさま”と呼んでおった。

 魔王となってからは、慣例に倣って余は二人を名で呼んでおる。

 魔王とは魔族の頂点、例え親であっても敬称を付す事は無いものだ。

 ただそれはそれとして、余はちゃんと両親を敬っておるがの。


 魔族たる余の頭には立派な角が二本生えておるが、これは父譲り。

 しかし父の角の色は白色なのに対し余のこれは鈍い金色こんじき

 魔王となった時に変化した数少ない外観の一つ。金色の角は魔王の証じゃ。


「……グラード、来ておったのか」


 余は歩みながら、父の名を威厳ましましで呼ぶ。

 すでに余に気付いていた父は余の顔を見て相変わらず……

 めちゃくちゃニコニコしておった。


「おはようナナちゃん!!今日も宇宙一カワイイねぇ!!」


 手を広げ、抱きしめようと余に向かってくる父。

 余はそれに両手をかざして制する。


「ととさま、いっつも言ってるでしょナナちゃんはやめて。

 ナナ魔王なんだから体裁とか色々あるのって、何回言わせるの!!」


 腰に手をやって、ととさま……父を睨みつける。

 ほんとにこの人は……いつでも娘煩悩が炸裂しておるのだ。


「怒った顔もカワ……いや、ごめんよぅナナちゃん。パパ鳥頭のアホだから

 すーぐ忘れちゃって……許して、お願い☆」


 手を合わせて拝むように詫びてくる。

 語尾に☆をつけないで気色悪い……しかもウィンク付きだった今?


「ところで、聞いたよナナちゃん。お友達が出来たんだって?」


「へっ、ともだち……?」


 一瞬なんのこっちゃと思ったが、すぐに思い当たってスラルを見る。

 執事はただひとつ頷いて返した。


「あ、うん……じゃない、うむ。まぁなんというかその……」


 少し余がまごついていると、不意に父の顔が真剣なものに変わった。

 余は少し驚いて「な、なんじゃ?」と訊ねる。


「スラルが言うには……その子、人間の女の子なんだって?」


 うっ……。

 スラル、そこまで言っておるのか……


「ぁ……。その、えーっとのぅ……」


「そうですグラード様。先ほどお伝えしたように、先日より魔王様のご友人が

 こちらにいらしています。魔王様はご存じの通り予ねてより勇者の現出を憂い

 ておられましたが、本件はそれに対する一計であるとの事です」


 そうでしたね、魔王様? とスラルが余を見て訊ねる。


「そ、そうなのじゃ? なるべく人の地と関わらんようしておったが、果たして

 それだけで勇者発生の抑止になるものか、ずっと懸念しておったのじゃ?

 そこで物は試しっちゅー事での? 作戦第二フェーズ“人間と余は仲良し”作戦を

 立案実行するに? 至ったというわけなのじゃ?」


 勢いに任せてそれらしいことをまくし立てる余。

 再度スラルを窺う。これでいいのか執事よ……のぅ……

 スラルは2mmくらいの微笑みを浮かべた。OKらしい……。


「なるほど……。それでナナちゃんはその子と本当に仲良くなりたいのかい?」


 父は真剣な表情のままもう一つ尋ねてくる。

 余は少し迷ったが、言った。


「正直、まだあの子とは出会って間もない。しかし余は、打算などを置いても

 あの子と仲良くなりたいと本心で思っておる」


 父を真っ直ぐ見て、余は言葉を返した。

 ……めっちゃ好きだし一方的に惚れちゃっとるよ、とはもちろん言わない。


「魔族と人間の間に、友情や親愛が生まれた例は意外と少なくはない」


 父は言って、そして表情を和らげた。


「……いいじゃないか。魔王だってきっと、人間と仲良しになれるさ」


 父は言うけれど、しかし余にはその声音がほんの少し暗いように思えた。

 恐らく、それ位の事で勇者の出現を抑えられるのか、という所に猜疑の念を

 持っているのだろう。

 あるいは人間と仲良くという事自体に、父なりに思う所があるのかも知れぬ。


「う、うむ……余なりに頑張ってみるつもりじゃ」


「うんうん。そういう事ならパパも応援しちゃうからね!!

 まぁパパとしては、その人間がとりあえず男でなくてよかったよ!!」


 男だったら八つ裂きにしちゃってたかも☆と父は笑った。

 娘煩悩の馬鹿親……いや親馬鹿め。


「じゃあパパはこれから用事があるからお暇しようかな。

 今の話、ママにはパパから話しておくからね」


「そうしてくれると助かる。ではの、とと……グラードよ」


「うん、またねぇナナちゃん!!」


 手を振って玄関をくぐる父を見送る。


 ……だから、ナナちゃんはやめて。




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