【7】魔王様、再び勇者ちゃんとまみえる。





 結局昨夜はロクに眠れんかったのぅ……


 まぁ実際のとこ、魔王様である余は睡眠や食事を摂らんでも

 身体も壊さんしお肌が荒れたりもせんのだけどの。

 快適便利、魔王のボディ。


 しかし魔王として覚醒したあの瞬間から、外見上の成長は

 ピタリと止まってしまって……そこはちょっといただけないが。


 まぁそんな事よりやっとこさ朝じゃ。

 よっぽど日の出と同時に会いに来ようかと浮足立ちまくったが、

 ぐっと堪えて身が千切れる思いに耐えて二時間待ったぞ。


「……ふぅ……よ、よし」


 客間の扉前、深呼吸をして余は頷き、声を掛ける。


「よ、余じゃ。起きておるか?」


 …………


 ……返事は無い。


「……入るぞ、よいな」


 どきどき。

 扉を開き、中に入る。


 窓際でこちらを向いて立つリリィの姿が目に入った。


「――――」


 ――――。


 余、なんか涙でそうになる。


 え、あれ、昨日より可愛くない……?


 昨日与えられたのだろう簡素だが清潔な召し物を身に着け、

 白の布地が窓から差す陽光に淡い輪郭を作り出している。

 やや逆光気味の顔には不安げな表情が浮かんでいたが、

 その二つの灰色の瞳が真っ直ぐに余を見つめて……


「…………好き」


「え……?」


 僅かに動いた口元から、リリィの声。

 あ、まずい思わず気持ちが口からまろび出てしもうた。


「――す、すきやき、ふじやま」


 余は慌ててよく分からん単語を並べて誤魔化す。

 ……スキヤキ?フジヤマ?なんじゃそりゃ。


「……?」


「き、気にするでない。それより、起きておったのだな。

 返事が無いので居らぬのかと思ったぞ」


 強引に逸らして言葉を掛ける。

 するとリリィは僅かに顔を俯けて、


「……ごめん、なさい……」


 と、虫の羽音かという程小さな声で、言った。

 それを受けて余は焦りまくって返す。


「い、いや別に責めとらんヨ!? 全然、少しモ。

 怒ってない、余ぜんぜんオコテナイヨ」


 焦ってなんかカタコトになってしまう。

 一人で焦り散らかす余だったが、不意に気配を感じた。

 この場に歩いてくる、誰ぞの気配。


 振り返って待っていると、やがて一人の女中が姿を見せる。


「失礼いたします。おはようございます魔王様」


「あ、うむ、おはよう……」


 情けないが、第三者の登場に余はホッと安堵してしまう。

 余、まるで片思いの女子を前にしてテンパる幼い男の子みたいじゃ……


「魔王様、失礼ですが少々こちらにいらして頂けますでしょうか」


 女中……メイド長であるハルニレがこうべを垂れたまま言う。


「? よいぞ、なにかの」


 ハルニレは頭を上げるとそのまま部屋を出ていく。

 余はそれに付いて廊下へ。


 部屋を出る間際、ちらりとリリィに目を向けると、お腹の辺りで手を組み

 相変わらず不安そうな表情で前を向いていた。

 可愛い。抱きしめてよしよししたい。


「魔王様?」


「あ、うん大丈夫いま行く」


 余が部屋を出るとハルニレは静かに扉を閉め、余に向き直った。


「魔王様、先日彼女のお世話をさせていただいたのはハルなのですが」


「そうか。お前ひとりか?」


「はい。スラル様が一先ず勇者の存在で周囲に大きく事立てまいと。

 その時点ではまだ魔王様の意図が分かりかねていたらしくて」


「そうか……良い先見じゃの。しかしお主はリリィが勇者と知っておるのか」


「はい、その、それと……先程、魔王様のリリィ様への恋慕のことも

 スラル様からお聞きしていて……」


 えっ、そうなの……!? 余は驚く。秘密って言ったそばから?


「勇者の処遇をどうするにせよ、ここに置く間は目付け役が必要だろうし、

 ならば唯一面識を持った私を据えるのが良いだろうとの事で……。

 事情を知らぬまま傍に付けて思わぬ不測があるかもしれぬより、

 いっそ知らせておいた方が問題が起こりにくいとお考えのようです」


「な、なるほどー……」


 スラルがそう言うなら、それが良いのじゃろうなー。

 余はなんのかんの、今まで様々な思慮を奴に任せてきたからの。


「それで改めてお聞きするのですが……魔王様は本当に勇者の事を……?」


「う、うん……言いにくいんじゃけどぉ……」


 余は歯切れ悪くも肯定を返す。

 すると、ハルニレは突然目をカッと見開き余の肩を掴む。

 お、おぉお……??


「あ、あの方じょ、女性ですよね……?」


「う、うむ、女性で人間で勇者……じゃ」


「そう人間で勇者な、女性をお好きになられたんですね!?」


「あっはい……」


 え、なにぃ……この子なにちょっと怖い。肩痛いし。


「な、なんじゃ目が血走っとるし怖いぞ貴様。

 というかあまり声に出すでない、誰か聴いとったらどうする」


「あっ、しし失礼しました魔王様……不敬をお許し下さい。

 ……ふひ」


 慌ててハルニレは余の肩から手を放し一歩下がる。


 ……ふひ?


「こほん……と、とりあえずそういう事情がございますのです。はい。

 では魔王様、こちらにリリィ様のお食事を運んで参りますので……

 その前に最後にスラル様からの言伝をお伝えいたしますね」


「ことづてとな?」


「我々以外の目に勇者が映る前に、例の種子に擬装を施すようにとの事です」


「あっ、そうじゃな忘れておった」


 いかんいかん、大事な事であった。あの瞳の奥にあるものをそのままにしては

 秘匿もへったくれも無いところであった……


「分かった、早々に処置をしよう。では下がり朝食を運んでまいれ」


 ハルニレを行かせ、余は再び客間の扉に手を掛けた。




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