【4】魔王様、お気づきになる。
魔王城を発ってからおよそ半日。
夜更けに余は我が居城へと戻ってまいった。
エントランスでは、当然のようにスラルが主を待っておった。
深く一礼し、余を出迎える。
「おかえりなさいませ、魔王様」
「あの娘は、どうしておる?」
開口一番に、勇者の少女について尋ねる。
「今は客間にて眠っております。魔王様が経ってから数刻で一度呪印が再発動
しかけましたが、ややもせず呪印そのものが消え去りました」
「んむ。術者が
奴隷の主人が術者自身であって、まぁ問題なく十全に事が進んだわ」
「さすがにございます。魔王様が人間の命を摘んだのは、久々でございますね」
「何を言っておる?人聞きの悪い、余はそう簡単に人を殺したりせぬわ」
外套を脱いで手渡しながら、余は執事の言葉を否定する。
「奴は死に値せん。実際に赴いてみれば想像を超える凄惨さであったわ。
地獄に堕ちるのが目に見えておるとは言え、やはり今生にあっても
それなりに贖うべきじゃろう」
「仰る通りでございます。私の浅薄をお許し下さい。
ではどういった処遇を与えたのかお聞きしても?」
「リブラの屋敷に送っておいた」
「リブラ殿……天秤卿のもとですか。私も彼の
体験させていただいた事がありますが……正直思い出したくありません」
「奴が主張するには拷問ではなく
罪を痛苦で洗浄して魂をキレイキレイしましょうとの事らしいが」
話しながら歩く内、やがて余は客間の扉前に到着した。
先にスラルが扉に手を掛けるが、
「スラル、貴様はここで待つのじゃ」
と、余は執事を制した。
スラルは僅かに余の顔を見たが、何も言わず従い一歩下がる。
一人、扉を開けて余は客間へ入ってゆく。
最初に勇者を通した広間と違い、賓客の寝所として用意された小さな客室の中。
備え付きのベッドの上で、寝息を立てる勇者……リリィの姿があった。
一時ここを発つ前に、余はスラルにいくつか命じておいた。
メイドの幾人かを見繕い、身なりを簡単に整えさせて食事を与えよ、と。
掛布から覗くリリィの顔を見ると、酷かった汚れはすっかり落ちておった。
緊張と疲れから少しは解放されたのか、安らかな寝息を立てている。
「…………」
その顔を、じっと見つめた。
その寝顔を見て、余の胸中には少しずつ、ある“答え”が
輪郭を持ち始めていた。
「……リリィ、起きるのじゃ」
一寸ためらって。
余はリリィに呼びかける。
「……ぅ……ん……」
リリィはゆっくりと目を開けて、すぐにハッと見開いた。
そして、傍らに立つ余の姿を見て、そのまま固まってしまう。
「……起こしてすまぬ。そ、その……少し話をしたくての……」
リリィの視線を受けた途端、余はなんか一気に目が泳ぎ始める。
その瞳を、直視することが出来ぬ……
まるで女性慣れしていない少年のように…………うぅ。
「痛く……ない、です」
リリィがぽつりと呟く。
色に乏しい、儚げな表情で。
「う、うむ、痛みはな、そう……もう大丈夫じゃ、呪印は消えたからの」
「もう……大丈夫……?」
少し俯いて、息を吐いて。
でも彼女の不安げな表情は晴れなかった。
余は心配になる。
「なんじゃ、まだどこか痛むのかの?」
リリィの様子に、余は訊ねた。
「…………」
けれどリリィは、少し首を横に振っただけであった。
余は戸惑うが、しかし不意に思い当たる。
(……これまでの日々で打ちのめされ過ぎて、心に抑止が働いておる。
希望や安堵を尽く、失意や絶望に塗りこめられてきたのじゃろう)
余はベッドの縁に腰かけて、リリィの頭を恐る恐る撫でる。
突然の事に、彼女はきょとんとした顔を浮かべた。
「……良い。今は、その安堵に猜疑があっても良い」
……じゃが。
「貴様はいずれ知る事になるであろう。
黄昏れの日々が本当に過ぎ去り、終わった事をの」
言って、余はリリィに少しだけぎこちなく微笑み掛ける。
それを見て、ほんの微かに。
リリィも微笑んだ。
疑心に彩られた、昏い笑顔ではあったけれど、
(……そうか……やはり余は……)
そのリリィの顔は。
余に一つの答え合わせをしてくれた。
余は、この娘に――
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