【3】魔王様、おキレあそばせる。
魔王城、賓客の間。
文字通り来賓を通すための広間に、余と執事スラル、そして
今はまだ名も知れぬ勇者たる少女の三人の姿だけがあった。
「名を訊いておらんかったの。貴様、名をなんという?」
余は勇者に名前を訊いてみる。
やや間があってから、勇者は答えた。
「……リリィ」
……ほぁ。
か細く紡がれたその名前、その声を聴いた瞬間。
余は心臓がなんかキュっと絞めつけられた心地がした。
「リ、リリィちゃ………… ぁ? いやリリィ、か」
……咳払いをして、余はなぜかニヤけそうになった口元に手をやって隠す。
(は、ぁ、さっきから何だと言うんじゃこの胸は……)
余は続けて質問をしてみる。
「貴様見たところ随分身が荒れておるではないか。ナリも貧相じゃ。
これまで一体何をしておった?魔族でも狩っておったのか?」
「その辺りに関しては、私が説明いたしましょう」
傍らのスラルが割って入った。
「斥侯が報告を寄越した時点では、この者はいわゆる奴隷でした」
「ど……奴隷?勇者がか?」
「魔王様、確かに我らにはこの者の内に宿した凶兆が見えました。
しかし人族の中には、未だこれが勇者たると見極めが出来ている者は
いないようなのです。鈍愚極まりない話ですが」
「ほぁー、なるほどのー……まぁ我らにとって僥倖よな」
しかし奴隷とは……余は目の前の少女の姿をもう一度眺める。
「……人間の奴隷というものは、斯様にも扱いの酷いものなのか」
「そうですね……差異はありましょうが……しかしこの者に関しては、
さらにもう一つ事情があるようです」
「む、というと?」
「人族というのは、魔族程ではないにしろ様々な種別が存在します。
人間、エルフ、ドワーフや獣人……そして、ヒニンです」
「ひにん……?」
「卑しき民、と書いて卑人だそうです。彼女をご覧ください。
灰色の頭髪に瞳、うっすらと灰褐色の肌をしていますね」
「うむ……」
ちょっぴり、我が同胞にいそうな感じ。
しかしそれが何なのだろう、と余は微かに首を傾げる。
「彼女ら卑人はそれ以外に別段特色のある人種ではなく、我らから見れば
ただの人族そのものなのですが、なぜか人間達は彼ら彼女らを見下げ、
迫害の対象としているようです。随分古来からのようですね」
「……それは……」
愉快な話ではないのぅ。
湧き上がる不快感を表情にあらわにする。
「彼女を見ての通り、その扱いは奴隷としてもなお苛烈になりやすく、
有り体に言ってほとんど人間として扱われてさえいないのが現状です」
「そうか、そんなものが人の世に……知らなんだな」
余は目を伏せて、苦い物を吐き出すような心持ちで言った。
「惨いものです。魔王様はお気づきですか、彼女の内に施されたモノに」
「む……内に施された……?」
執事の言葉に、少女の内にあるという何かを見透かそうと目を凝らしてみる。
それはすぐに、余の目にとまった。
「……これは、正気の沙汰か?」
余は愕然とする。
娘の内には、ある種の魔力的な……いや呪術的な刻印が刻まれておったのだ。
その刻印とは、対象に“痛み”を絶え間なくもたらし続ける呪印。
「なんのために、こんなことを……この子は大罪人か何かなのか?」
それにしたって……。余は奥歯を噛み締める。
一部の人間の惨さは聞いていたが、これ程とは思っておらなんだぞ。
「恐らく、戯れでしょう。もしこれを施した者に直接理由を問うたとしたら、
「……スラル、お主にこれは解呪できるかの?」
「出来ませんね」
「……余にもじゃ」
余は勇者の娘のそばに寄り、彼女の胸の辺りに手をかざす。
そして僅かな魔力をその手から少女に送り込み、そっと離れる。
「……一時的なものだがどうじゃ?痛みは和らいだかの」
「え……」
余に言われ、娘は少し遅れて自分の体の変化に気が付いたようじゃ。
「痛みが……きえ……た」
娘は表情の変化こそ乏しかったけれど、やがて静かに涙を流しはじめた。
両手で顔を覆い、さめざめと泣き続ける……。
「スラル」
「は、なんでございましょう魔王様」
上手く抑揚を持たせられぬ声で、余は言った。
「この者を奴隷としていた人間、その棲み処を余に教えよ」
余の声と表情に、スラルは背筋に冷ややかなものを感じたろうか。
余自身、このような気分は実に数年振りである。
「極力、人族の地には関わらぬよう伏しておったが」
……ふん。
「たまには、魔王らしい事もしようかの」
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