第15話。愚者と望月
二人の居た施設に足を運ぶのは、二人を引き取った日以来だろうか。いまでも施設に居る子供には怯えられるが、その中でわたしのことを恐れない人物がいた。
「
今日、わたしが施設に来たのは望月に会う為だった。あらかじめ連絡を取って、居ることは確認している。
「そんなに私に会いたかったんですか?」
「ああ。キミに会いたかった」
「そうですか。なら、着いてきてください」
施設の中に入り、望月に案内されたのは小さな部屋だった。中にはソファーとテーブルがあり、向かい合って話すにはちょうどいい。
わたしと望月はそれぞれ席に座った。
「この部屋は反省部屋と呼ばれてます。悪いことをした子供が入れられる場所で、よほどのことが無ければ誰かが入ってくることはありません」
「つまり、邪魔する人間は居ないということだね」
望月が部屋に案内したということは、わたしが話す内容に察しがついているのか。
「
「はい」
「どうやって調べ……いや、そもそも本当に調べてわたしの連絡先に辿り着いたのかい?」
わたしが望月と出逢ったのは、あの時が初めてで間違いない。だが、望月がわたしを見たのがあれが初めてではないと気づけなかった。
望月は初めからわたしの体に包帯が巻かれていることを知っていた。莉鈴と玲音がわたしを部屋を間違えることなく、訪ねてきたのは、それを手助けした人間がいたからだ。
「思ったより、早かったですね」
「……すべてキミが仕組んでいたのか」
いずれ知られると望月はわかっていたのか。
「お兄さんは二人のことに興味がなさそうだったので、簡単に気づかれることはないと思ってました」
初めに手紙の話を聞いた時。
「わたしは初めから、お兄さんがあの部屋に住んでいることを知っていました。だから、二人にお兄さんの家を教えることが出来たんです」
「何故、わたしの家を知っていたのかな?」
「夜凪お兄さんに教えてもらいました」
夜凪と望月には関係があったのか。
「夜凪お兄さんは、この施設に何度も寄付してくれました。だから、私も顔を合わせることがあって、話をすることもありました」
夜凪は本当に善人だったのか。病気になる前から誰かの為に生きてきた人間。本当に理不尽な死を与えられたと、あらためて思ってしまった。
「私が夜凪お兄さんと最後に会った時。教えられました。お兄さんが住んでいる場所と自分の子供の話を」
まだその時、誰もが莉鈴と玲音の二人が望月と同じ施設に入るとは考えていなかっただろう。それでも夜凪が望月に話したということは少しでも信じられる人間に子供のことを託したかったのか。
「その話をされた時、私はどうでもいいと思いました。でも、その後すぐに夜凪お兄さんが病気で亡くなったことを聞いて、私は理解しました。あれは死にゆく人間の切実な願いだったと」
「だから、望月君は夜凪君の願いを叶えたのかな?」
「はい。夜凪お兄さんが私に押し付けた、理不尽な願いをすべて叶えました」
望月は苦しそうな顔をしながら言葉を吐いた。
彼女は夜凪のことを恨んでいたのだろうか。本当に恨んでいたのだとしたら、夜凪の願いを叶える必要なんてない。
望月は夜凪と同じで嘘つきだ。
「キミは夜凪君のことが好きだったのか」
わたしの言葉を聞いて、望月の表情が少しだけ和らいだ。まるで、その言葉を待っていたかのように。
「……子供って叶わないような馬鹿な恋に憧れる時があると思うんです。物語の王子様だったり、ドラマに出てる有名な俳優さんだったり。それが私はたまたま施設に来てくれるお兄さんだった。でも、その人は私じゃない誰かを好きになって、子供を作ったんです」
当時の夜凪は子供の望月に特別な感情を抱いてはなかったはずだ。簡単に埋められない年の差は望月が大人になるまで待ってはくれなかった。
夜凪が亡くなり、望月は最後まで気持ちを伝えることが出来なかった。
「望月君はよくやったよ」
恋か愛かもわからない感情を抱きながら、莉鈴と玲音の幸せの為に自分を押し殺した。そんな彼女が誰にも認められないなんて間違っている。
望月がゆっくりと顔を伏せた。彼女が泣いてるかわからないが、それでもわたしの言葉が無駄じゃなかったと思いたい。
「ごめんなさい」
それは誰に向けた謝罪の言葉なのか。
「私は最後までアナタを許せなかった」
「……っ!」
わたしは思わず立ち上がった。
「望月君……キミは何を言ってるんだ?」
今の言葉はわたしに向けたものではない。
夜凪に向けた、憎悪に満ちた言葉だった。
「夜凪君はもう死んだんだ。キミが恨むべき相手はもういないはずだ……」
違う。わたしが間違っている。
「まだ生きてますよ」
望月の恋が叶わなかった理由。それは夜凪が亡くなったからではない。もっと早く望月は失恋を経験していたはずだ。
「莉鈴君と玲音君の母親……」
夜凪の妻だ。彼女が望月から夜凪を奪ったと考えるのは自然なことだ。しかし、今の望月に何が出来るというのか。
望月はただ嘆いているだけ。何も出来ない無力な望月には何も叶えられない。何も起きるはずがなかった。
なのに、この胸騒ぎはなんだというのか。
「……っ」
ポケットに入れていたケータイが鳴った。
望月のことを視界に捉えたままケータイの画面を確認する。知らない番号からの着信だったが、電話に出ることにした。
「お父様!」
向こうから聞こえたのは莉鈴の声だった。
「何故、莉鈴君が……」
「大変よ!病院に誰もいないのよ!」
これは病院からの電話だったのか。
「誰も居ないとは、どういう意味だい?」
「今日は玲音が一人でお見舞いに行くって言ってたから。私も気になって、後から行くことにしたのよ。でも、病室に行ってみたら誰も居なくて……」
玲音と母親が居なくなった。
わざわざ莉鈴が電話をかけたと言うことは、ある程度は探し回った後なのだろう。それでも見つからなかったということは、敷地内に居ないのではないか。
「望月君。キミが何かしたのかい?」
「私はずっとここに居ますよ」
施設と病院の間にはそれなりの距離がある。望月が彼女に何かしたとしたら、もっと早い時間に行動を起こしたのではないか。
「莉鈴君。彼女がいつから居なくなったかわかるかい?」
「二十分前に看護師さんが部屋に来た時には居たそうよ」
二十分前。その時間では施設から病院に行き戻ってくるまでの時間はない。車を使ったとしても不可能な移動距離だった。
望月の復讐計画。そんなもの初めから無かったのではないか。そう思えるほど、望月の行動と結果が釣り合っていないように感じた。
「莉鈴君。玲音君も見つからないのかい?」
「ええ、玲音も見つけられないわ」
もし、母親を病室から連れ出せる人間が居たとしたら。顔を見知りの望月なら可能かもしれないが確実ではない。それなら、別の誰か。
つまり、母親を連れ出したのは。
「望月君。キミは自分の復讐の為に玲音君を利用したのかい?」
母親は莉鈴と玲音のことを自分の娘だとは認識していなかった。しかし、わたしは確かに母親が頼み事を聞いてくれると言ったことを覚えている。
あの時は、その方法を使わなかった。
しかし。
何らかの方法で認識を変えられるのではないか。
「私は間違ったことはしてませんよ」
「子供を巻き込むことが、本当に正しいと思うかい?」
「正しいですよ。子供だって、その気になれば親すら殺せますから」
わたしは気づいた。
それは望月が抱えている心の闇なのだと。
望月が施設に居る理由を知らない。それを知ろうともしなかった。きっと、望月はわたしが質問をしても答えはしなかったはずだ。
彼女は復讐を選択出来る、恐ろしい人間だ。
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