第16話。愚者と浅月
しかし、望月の邪魔が無いとしても。行方をくらませた母親と
望月に尋ねたところで、二人の行き先はわからないと返ってきた。それなら、自分の足で探すしかなかった。
「
今、わたしの目の前に
「キミにはすべてを話しておくべきだと思った」
いくらわたしと
「兄のこと……今でも恨んでますか?」
「恨んでいないと言えば嘘になる」
「黒瀬さんは兄と違って正直なんですね」
「夜凪君は最後まで嘘つきだった」
「ええ。知ってます」
その嘘では、救われない人間もいる。
「……莉鈴君と玲音君は夜凪君の娘だよ」
「お兄ちゃんの……子供……」
幸音は驚きながらも、冷静さを取り戻す。
「どうして、その話を私にしたんですか?」
「わたしは夜凪君から娘達のことを任された。それはわたしが彼と友人……いや、わたしに対して彼が強い罪悪感を持っていたからだろうね」
「罪悪感……」
すべては夜凪の罪滅ぼしだった。
「わたしは彼が残したモノを失いたくない。もし、キミが少しでも夜凪君のことを想っているなら。手を貸してくれないかい?」
わたしは夜凪の罪滅ぼしに救われた人間だ。だから、わたしは夜凪から多くを受け取り過ぎてしまったようだ。
「兄は嘘つきでした。でも、凄く優しくて、凄く不器用な人でした。そんなダメな兄のこと。私は今でも大事に思っています」
夜凪は妹の幸音を信じるべきだった。彼女に何も言わずに死んだのは夜凪は間違いだ。こんなにも幸音は家族のことを愛しているのだから。
「ああ。キミのお兄さんは本当にダメ人間だ」
「え、いや、そうなんですけど……」
「勘違いしないでくれ。わたしは彼のことを馬鹿にしてるわけじゃない。しかし、彼が残したモノの中にはよくないモノもあったんだよ」
善意とは時に悪意を超える狂気になる。
それは望月を見てればよくわかる。
「幸音君は夜凪君が施設に寄付したことは知ってるかい?」
「はい。なんとなくは」
「そこでとある女の子を惚れさせたみたいで、大きくなった彼女は夜凪君に復讐するつもりなんだよ」
望月の話を幸音にしたのは重要なことだからだ。
「復讐って……兄はもう死んでますよ?」
「違う。彼女が復讐する相手は莉鈴君と玲音君の母親のことだよ。さっき、玲音君が母親と一緒に行方不明になったそうだ」
「玲音ちゃんが……でも、それなら早く見つけ出さないと!」
何処かに行こうとする幸音の肩を掴んだ。
「幸音君。キミに玲音君の行き先がわかるのかい?」
「それは……」
「わたしは二人と一緒に過ごし始めて、一年も経っていない。だから、玲音君が何処に行こうとしているのかわからないんだ」
わたしが幸音を頼ったのはそんな理由があったからだ。既に病院からの連絡で警察の捜索自体は始まっている。しかし、まだ事件にもなっていないことで本格的な捜索は期待出来ない。
「玲音ちゃんは、お母さんと一緒なんですよね?」
「ああ。おそらくは」
「だったら、遊園地とかに行ったんじゃ……」
途中で自信が無くなったのか、幸音の声が小さくなる。確かに馬鹿げた話だが、わたしには思いつかないようなことだ。
「遊園地……」
その単語が夜凪との会話の中で出てきたことがあった。あれは酒に酔った夜凪が偶然口を滑らせた時のことだ。初恋の人と遊園地に行ったデートの話を永遠と聞かされて、わたしは頭を抱えていた。
「幸音君、キミは夜凪君と遊園地に行ったことはあるかい?」
「あ、ありますよ」
幸音に教えられた思い出の遊園地の場所。それは偶然か入院している病院から近い場所にあり、歩いてでも行ける距離だった。
「もし、玲音君がその遊園地に行ったとしたら……」
玲音の目的はわからない。しかし、このまま何もせずに待っているわけにはいかない。
「わたしは遊園地に行ってみる。幸音君は莉鈴君を迎えに行ってくれないか?」
「それはいいですけど……」
「莉鈴君を拾ったら連絡を頼むよ」
わたしはタクシーで遊園地に向かうことにした。
「これは……」
遊園地に着いた時。わたしは想像を超える事態に足を止めてしまった。ここに来るまでの間、タクシーの運転手が不思議そうな顔をしていたが、今になって思えば当然のことだった。
目の前に在ったのは、閉鎖された遊園地だ。
「見当違いだったのか……」
振り返ると遠くに病院が見える。病院からここまでは迷うこともなく来れる。だとしても、玲音が来るとは限らない。
しばらく、外壁を確かめるように歩いていると鉄柵が切られた場所があった。誰かがいたずらで入っているのか。人が通れるくらいの間はあった。
「まさか、ここから……」
確証は無い。それでも行くと決めたのは夜凪の与えたモノに偶然なんてなかったからだ。これも夜凪が示した道だと信じて、足を踏み入れることにした。
遊園地の中は元々老朽化が進んでいたのか、閉鎖されてから随分と時間が経っているようにも見えた。
しばらく、歩いてみるが玲音を見つけるとは出来なかった。閉鎖された遊園地とは言うが、歩いて探すには広すぎる。
「ここじゃないのか……」
諦めてしまいそうになった時。
近くに大きな池があることに気づいた。
以前はボートを借りることも出来たのか、跡が残っている。その池に近づいてみると、わたしは探し求めているものを見つけることが出来た。
「玲音君……」
池の真ん中に浮かんでいるボート。その上には二人の人間が乗っており、玲音と母親であることはすぐにわかった。
これが望月の復讐計画というにはあまりにも平和な光景だった。ただボートに乗っている二人がそこに居るだけ。
「玲音君。何をしてるんだ」
誰も居ない静かな園内は声がよく響いた。
「夜凪。どうして?」
玲音の小さな声だが聞こえる。
「キミ達を探していたからね」
わたしは出来る限り池に近づいた。しかし、玲音とは違い彼女の方が何も反応をしないことが気になった。
「玲音君。ここは……いったいなんなんだ?」
玲音の思い出の場所というわけではない。それは幸音から話を聞いた時。そして、自分の記憶にある夜凪の話を思い出したからだ。
「パパがママに告白した場所」
「やはり、そうだったのか……」
夜凪の初恋の相手。そして、最後の瞬間まで一緒に居られなかった相手。
「
彼女の名前を呼んだのは始めてだった。
「夜凪さん……」
ずっと俯いていた彼女がわたしに顔を向けた。すると、浅月がボートの上に立ち上がった。不安定だが動かなければ、落ちることはない。
「ママ。あの人は夜凪じゃないよ」
玲音の言葉で浅月の顔が歪む。
「どうして……夜凪さん。どうして……」
「浅月君!」
ボートの上で暴れる浅月。ボートが大きく揺れた始める。しかし、最後に結果をもたらしたのは玲音の行動だった。
玲音が浅月の体を掴み、そのまま一緒に押し倒すように動いた。ボートがひっくり返り、二人揃って池に落ちてしまった。
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