「乗合馬車」「日光室」 中里恒子 1938年下半期 第8回
中里恒子は記念すべき初の女性受賞者である。また、尾崎一雄の『暢気眼鏡』を別にすれば、複数作で受賞する初のケースでもある。
「乗合馬車」は日本人男性の森之助に嫁いだフランス出身のアデリヤが主人公である。アデリヤは手伝いの菊代とともに日本で帽子店を営んでいる。そのことを森之助はよく思っていない。そんなある日、故郷にいるアデリヤの母親が病気に罹ったことを知り、帰国を懇願するも森之助はその願いを払いのける。そして、アデリヤ自身もまた突然倒れ込むのだった……
この小説では森之助・アデリヤ夫妻と対照を成すように同じく日本人男性と外国人女性のペアである一龍・ドロシイ夫妻が描かれている。アデリヤは自立しようとする女性として描かれるのに対してドロシイは家庭的な女性として描かれている。
国の異なる男に嫁ぎ、異邦の地で奮闘する女性を題材とする小説は以後も芥川賞の受賞例(いずれも女性による作)がある。しかし、他の諸作品は日本人女性を描いているのに対し、「乗合馬車」では非日本人の女性を描いている。また、この作品では、異国の地で生き悩む女性像というより、ひとりの女性としての自立精神とその挫折を描いているように思える。
「日光室」も同様にドロシイやその娘のマリアンヌが登場する。ただ、この作品でもやはり異文化との葛藤の描写が希薄である。主人公の少女直子を中心に子供たちの夏のひと時の交流を描いている。
国際結婚がそれほど一般的でなかった時代、外国人と日本人との交流、二重のアイデンティティを持つ子供の葛藤など、当時の人々からしたら斬新さがあったのであろう。伝統的に文学にされた「女性の自立」や「童心」というテーマを置きながら、「国際結婚」という新しい素材を提示した記念碑的作品であろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます