「厚物咲」 中山義秀 1938年上半期 第7回
厚物とは園芸品種の菊の総称で、花弁が多く、鞠状に厚く咲くのが特徴である。中山義秀の「厚物咲」では、そんな菊を大切に育てていた片野の数奇な生涯を、長年の友人である瀬谷の眼差しを通して描かれている。
ふたりの出会いは共に遊学していた旧藩の塾だった。塾を辞めたあと、それぞれ家庭を築きながら、60、70になっても付き合いを続けていた。
瀬谷は片野のこれまでの素行に不満を抱いていた。買い取った貧相な鉱山の利益を独り占めにされたり、9年間も過払いしていた借金に対しても無頓着でいたり、片野の傍若無人さには呆れ返った。
片野は、実は賭博などの浪費癖のあった妻のお鱗を亡くしては、再婚をし、息子が家出をしてはその新妻にも逃げられ、女にはとことん運がない。すると、寂しがった片野は、今度は瀬谷の顧客であった未亡人に目をつけ、迷惑もかけた。
そんなことがありながらも、片野は趣味の菊の栽培にも明け暮れていた。中には好事家の間で高値で取引され得る成長を遂げたものもあった。この話に付き合わされた瀬谷は、これに対しても不満を抱いていた。
そんな彼は、突然帰らぬ人となってしまった。
老人の視点で、ある人物の生涯を描く「一生もの」は、以後も小説の題材として好まれ、芥川賞作品にも幾つかみられる。それらの多くは、「果たしてそのひとは幸せな生涯を送れたか」を読者に問いかけているように思える。
「厚物咲」はこの問いを読者に対してだけではなく、長年の友人であった瀬谷にも向かっている。瀬谷が片野の死を知って、一体どんなことを思ったのか、このことも考えようがある小説であった。
中山義秀は戦後、歴史小説で新境地を拓き、これらの作品も一定の評価を得ている。そのことからなのか、彼は芥川賞ではなく、直木賞の選考委員にも抜擢されている。
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