第23話 皇子の退屈しのぎに銀河征服はいかが?

「退屈だ……」


 執務室にその男は腰かけ、繫栄はんえいした街並みを見ている。スカイ・モビルが走り、幾層にも重なる構造体がそこらじゅうに並んでいる。そのひとつひとつがムリタニア・アルムヘル王国連邦の軍事基地だ。

 退屈と語るその人はムリタニア・アルムヘル王国連邦の皇子、ディハルドである。メーデッシーを治める彼はいま猛烈に退屈していた。


「皇子、何をぼやいているのです」


 銀髪のすらりと背の高い女がディハルドに尋ねた。女の名はディハルドの妻、ミリエルだ。


「あまりに退屈だと言っているんだ。いまや、ラヌマーフトー帝国とムリタニア・アルムヘル王国連邦の戦争は緊張状態が続いているものの、それはお父様の領分だ。私が出る幕はない」

「退屈なされているなら、ギャラクシアをされてはいかがでしょうか?」

「ギャラクシアなんて、子どもの遊びに興じてはいられんよ」


 ディハルドは亜人間だ。しかもとびきり狂暴とされる、戦闘民族である。盤上のゲームなどつまらないと考えている。


「内政はうまく行きすぎている。私はスリルが欲しいんだ」


 ディハルドの目をミリエルは見つめた。その目に宿る闘志をどこかへ差し向けてやれないだろうか。

 たしかにラヌマーフトー帝国との戦争は、ラヌマーフトー帝国の弱体化によって一気にこちらの優位に立てている。しかし戦闘民族の長、ディハルドの父であるオーセイオンの管轄かんかつであり、手出しできない。ニュースペーパーに目をると、ウォーケンボーケンおよび小諸国連盟の動きが気になった。小諸国内での独立と脱退の報である。ウォーケンボーケンおよび小諸国連盟は小さな国の集合体であり、その星々を結んだ総面積は銀河列強ぎんがれっきょうのどの勢力よりも大きく、それ故にどの勢力とも隣接りんせつしている。ただその領内へ一歩足を踏み入れれば挟撃きょうげきされるのは目に見えていた。ただ、ミリエルの目に留まったのは、ウォーケンボーケンおよび小諸国連盟と戦う人類軍、レジスタンスの存在だった。彼女はひらめいた。


「皇子、レジスタンスを打ち倒すのです。そうしてウォーケンボーケンおよび小諸国連盟に恩を売っておきましょう」

「なるほど、考えたな。私もこれで羽を伸ばせる」


 そこへ執事のスーリェがやってきた。


「坊ちゃま、どこへ行かれるのですか?」


 面倒くさいやつが来た。スーリェは昔から頭の固いやつなのだ。


「内政を放り出してどこへ行こうというのです? ?」

「うるさい、私は退屈で堪らないのだ。亜人間の血が騒いでいる。戦えと、お父様のように力を振るえと言っているのだ」

「ダメです。軍事会議は一日中ありますし、寝る間を惜しんで国のために働くのです!」

「いーやーだー!」

「強情ですね。ここは剣で決めましょう」


 こういうところはスーリェはいい奴だ。頭が柔らかい。

 テニスコートほどの広さの闘技場へディハルドとスーリェがやってくると、競技用のサーベルを掴んだ。ふたりは剣を構える。すかさずスーリェがサーベルを撃ちこんでくる。鳩尾みぞおちを狙っている。ディハルドは華麗にかわした。ディハルドは血をたぎらせる。戦闘民族の血が喜びに震えているのだ。戦いこそ至高の趣味なのだ。

 剣で格闘すること、一時間半。ふたりの集中力は常人を超えた領域にあった。ただ剣を振るうだけなのに、戦闘民族たる血がそうさせるのだ。戦いを愉しむ余裕がふたりにはあった。


「坊ちゃまはどうしてそう強情なのです?」

「強情はどっちだよ」

「私はあなたを教育してきたはずです!」

「つまらないな!」

「内政を守るのがあなたの使命だ!」

「うるさい」


 話は平行線のままだ。そうしてスーリェが息を切らし始める。亜人間とはいえ、歳による体力の衰えは否めない。

 スーリェの隙をつくディハルドは勝ってみせた。


「坊ちゃま、私に勝てたとしてまだ通すわけには行きませんよ」

「何が待っているんだ?」


 気づくと機械兵団が並んでいた。虚ろな魂を宿す自動人形の群れだ。


「私の配下です」

「面白い!」


 ディハルドはサーベルで機械の群れへと斬りかかる。すばやく体を捻りながら人形をつぎつぎと撃破していく。その横顔は喜びに震えていた。スーリェは一安心したようでディハルドの様子を見ていた。

 ところが自動人形の最後の一体を倒したとき、状況はさらに悪い方向へ進んだ。


「スーリェ、もっとだ。私は敵を欲している……」


 ディハルドの飽くなき、戦闘への憧れは膨らむばかりだった。


「もうだめなのか? 私は飢えているんだ。こんなにもカラカラなんだぞ?」


 スーリェは悟った。この根っからの武人は止められない。

 隣で見ていた妻のミリエルはレジスタンスの詳細な居場所を突き止めていた。レジスタンスはゼシーギ帝国領ちかくに潜伏しているという噂がある。


「スーリェ、艦隊を用意せよ。戦の支度を始めるぞ!」

「坊ちゃま、まだ寝ぼけたことを言っているのですか?」

「寝ぼけているのはスーリェ、お前だ。血が騒がないのか」

「血ですか。もうずいぶんと忘れていましたよ。あなたの父君、オーセイオンと肩を並べて銀河を征服して回った、熱き日々。打ち震えます……」

「ならば私をもう止めるな!」

「分かりました、坊ちゃま。格納庫のA-29の武器を持って行きなさい。あなたの役に立つでしょう」


 ディハルドは基地の地下にある格納庫へと急いだ。軍艦を改造している秘密の地下格納庫では、秘密裏ひみつりにある武器が開発されていた。


「素晴らしい……」


 彼は息を飲んだ。そうしてニヤリと笑う。その隣でミリエルの豊かな銀髪がなまめかしくなびいた。


「待っていろ、コソコソとしたレジスタンスよ。私がお前たちを倒して見せる」


 基地から軍艦がリフト・オフしていく。つぎつぎと夕闇に吸い込まれるように宇宙戦艦が出立しゅったつする。それを見守るミリエルの口角は上がっていたようだ。

 ディハルドは戦の化身となってレジスタンスに襲い来るだろう、人類軍は、ハドリアヌスは震えて夜を待つしかないのだろうか――――。

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