第30話 始祖、さいしょのひと。
救出されたラヌマーフトー帝国の王妃メルベーユは三角の耳と浅黒い肌、漆黒の瞳を持つダークエルフだった。そう、ラヌマニアンとは人類の言うダークエルフなのだ。
ハドリアヌスが言った。
「リャリャーユ国王は残念でした」
「いえ、あれも彼の業が災いしたのです」
「俺たちは、このあと始祖を探すつもりです」
「始祖……ですか」
メルベーユは黙った。その沈黙が何かを指し示している。
「何かご存知ありませんか? 始祖や始祖にまつわる伝説を……」
「始祖は私たちの代の二世代前、祖父の時代にこの土地に来たと言われています。彼か彼女なのかはわかりませんから彼と言いましょうか。彼は私たちラヌマニアンが長命な種族と知って科学を授けました。科学を学んでも十分に理解でき、利用できると考えたのでしょうね」
「科学を与えられたラヌマニアンは子孫を残した?」
「ええ、出生率は跳ね上がりました。それだけではなかったのです。祖父はラヌマニアンたちを従えて帝国のもととなる国を築き上げました。これがラヌマーフトー帝国の
「
「はい。私たちは銀河を統べる存在だと思っていた。とんだ思い違いでした。私たちは善良で気高いラヌマニアンでいれば良かったはずなのに。
「始祖が変えたということですね」
「ええ。始祖がすべての元凶といえば元凶でしょう。私たちはこうして文明を失い、残ったのは荒野だけです。私たちが復帰するのは遠い未来ですが、悠久の時だけが私たちの友となるでしょう。始祖とは祖父の代に約束の地、ギャラクシアで出会ったと伝え聞いています」
「そこはどこですか?」
「この地から西の果てだと聞いています」
ハドリアヌスたちはアルウェンを残して旅を始めた。ギャラクシアへの地図を片手に歩いた。日が複雑な運行を辿る地では、西というだけでも簡単な旅路ではなかった。宇宙船で行くには始祖に失礼な気がした。50日ほど歩いたところで、石でできた高楼が見えた。入るとギャラクシアは無人でひっそりとした雰囲気だった。ギャラクシアの奥に台があり、そこに水晶が置いてあった。たけさんが水晶に触れるとホログラムでギャラクシアの全体像が浮かび上がり、ここがラヌマニアンの科学技術の粋を尽くした空間であることが分かった。ところが分かったことはギャラクシアとはこの高楼ではないという事実だった。
「どういうことだ?」とBLTが言った。
「ギャラクシアとは、ギャラクシアの名を飾った寺院に過ぎないということだろう」
「待て……」
ホログラムに触れる。サッと様子が変わり、ギャラクシアの情報が現れる。ギャラクシアとは盤上のゲームのようだ。ハドリアヌスは自分の知っているギャラクシアがこのゲームを元に作られたのだと思い至る。盤には八つの駒がある。その駒を縦横無尽に動かして勝敗を決めるゲームのようだ。
BLTとたけさんが考えながら駒を動かす。相手は手強い。日が沈むころ、ようやくゲームに勝てた。たけさんは額を拭う。BLTは水をごくごくと飲み干し、尻尾をブンブンと振った。
ゲームクリアしたことでホログラムが声を発する。
「ギャラクシア、それはラヌマニアンに伝わる始祖との約束の地です。現実には辿り着けないためにこの地を約束の地の代わりとして
「現実には辿り着けないとはどういうことだ?」とハドリアヌスが言った。
「ギャラクシアはラヌマニアンの星から南の空に浮かぶブラックホールのさきに存在すると言われています」
「何?」
「はい。ブラックホールです」
「ブラックホールを潜れとでも言うのか?」
「そうです。しかしブラックホールは高重力の天体ですし、一度入れば戻れない。光さえも脱出できない死の天体と呼ばれています」
「もしブラックホールを超えられたら、ギャラクシアへ到達できるんだな?」
「はい。そのように伝わっています」
「無茶だ、イカ。ブラックホールに入れば体は無限に引き伸ばされて、体は高熱に焼かれ、骨さえ残らない。死だけが待っている」
とBLTが止めた。
「ブラックホールの先にギャラクシア、つまり始祖が待っているなら行くべきだろう」
彼らは来た道を引き返し、宇宙船の待つ場所へ戻ってきた。ギャラクシアの場所をメルベーユに話すと彼女は言った。
「ブラックホールは暗黒の天体です。私たちラヌマニアンでさえ
仲間たちは不安げな顔をしている。行けば死が待っているとすればそのような顔になるのも頷ける。
ハドリアヌスが無表情の顔で宣言した。
「ギャラクシアへは俺一人で行くよ」
「どうしてだ? イカ、お前ひとりギャラクシアへ行かせるかよ」
「BLT、こればっかりは皆を犠牲にできない。俺が代表者としてギャラクシアへ行く。決めたよ」
「バカじゃない? あなたひとりで始祖を説き伏せる気?」とアルウェン。
「そうだ。俺が始祖をぶん殴る。それでいいだろう?」
アルウェンはため息をついた。たけさんがアルウェンを
「俺は、そう。皆を憎んでいた。でもそれは今は違う。死なないでほしいと思っている。皆には生きていてほしいし、いっぱい美味い飯を食って、お気に入りの服を着て、楽しいゲームをして……戦争なんてやめてほしい。いや止めろ、マジで……」
ハドリアヌスは小さな一人乗り宇宙船に乗船した。そしてワープアウトした。
ハドリアヌスの行く手には巨大でその奥さえ見えないブラックホールが待っている。宇宙船の操舵をマニュアルにした。そうしてブラックホールの重力に引かれるまま中へと入った。ブラックホールの内部は時空が歪んでいる。そのため時間はブラックホール外部とは違い、ゆっくりと流れる。ハドリアヌスが感じる一秒は外ではすさまじい速さで進んでいくのである。永遠に近い時間がブラックホール外では流れた。仲間たちはその命を天へと移して、データとなって生き長らえたようだ。イカは次の一秒のなかで自分がゆっくりと引き伸ばされていくように感じた。
びよーん。
外ではラヌマニアンだけが悠久の時を生きている。メルベーユが瞬きするあいだにハドリアヌスは次の一秒に身を任せる。進めど進めど、暗黒は広がり、意識さえもびよーんと伸びていくようだ。時間は意識したぶんだけ遅く進む。客観的時間と主観的時間の差だ。
ここには時間がない、と気づいたときにはハドリアヌスの意識は一歩遅れて体についてきた。意識さえも引き伸ばされる時間の地獄だ。体は高熱で焼けると聞いていたが、イカ焼きにはまだなっていない。ハドリアヌスの小さな体がブラックホールを進んでいく。ブラックホールに物が落ちれば、ブラックホールはジェットを吹き出す。そのジェットは小さな銀河風を起こして、遠くの銀河でそよいでいる。
ハッとハドリアヌスが気づくと、ブラックホールの奥底へ辿り着いたようだ。そこには針穴ほどの微かな光の点が輝いている。そこへハドリアヌスは吸い込まれていく。潰されるような強い力で小さな穴を潜る。
気づけば青い星が見えた。青い星は豊かな水の惑星だった。静止軌道に浮かんでいると声がした。
「そなたがここへ来ることは予想外であった」
懐かしいエルフの、シビュラの声だった。
「始祖。もうその声で語るのは止めてくれ。俺は怒ってる」
「怒りか。怒りは力だ。怒りは創造性を生む。良いことだ」
「クライアント・レースを戦わせるのはもうよせ。俺たちは俺たちの平和を生きる」
「平和。そのさきには何が待ってる? 平和には争いが、争えば平和になる。それは一時の盤面に過ぎない」
「終わらないということか?」
「そうだ。世界や万物は流転する。それに抗うには何が必要だと思う?」
「わからないな」
「知性だよ」
「頭がよくなるだけでいいって話か?」
「いいや、行動と知性、そのふたつが必要だ」
「始祖、あなたと喋っていると頭が疲れてくる」
「そなたは何をしに来た? 私と一戦交えるか、それとも?」
始祖は笑った。
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