第29話 強襲せよ!

 ハドリアヌスが気がつくと、隣でBLTが気絶していた。目の前のマバンシンがログアウトしようというところだ。


「逃がすか……!」


 ハドリアヌスは装備スロットをすべて展開する。10の武器をすべて広げた姿は華々しい。武器が火を噴くとマバンシンは岩に張り付いて躱した。マバンシンは気持ちの悪いニヤニヤ笑いを浮かべている。


「俺はお前たちを止めないとならない、じゃないとリアルでお前たちに戦艦を差し向けることになる」

「お前、何のため戦う?」

「え」

「お前、何のため戦う?」

「……同じクライアント・レース、仲間のためだ!」

「我々、ジャバリアンはクライアント・レースではないのか? 我々にも繁栄のチャンスはないのか? 始祖が許さないのか?」

「そうだ、始祖が知性化階梯を許したものではないから……」


 本当にそうなのだろうか?


「始祖が作ったクライアント・レースでないと知性化階梯を上れないわけがない。現にこうして私たちはリャリャーユ国王によって知性化が成された」

「だったら、なぜ破壊を企てる?」

「怒り……怒り……怒りだ。業火に焼かれるほどに熱い怒りだ。お前たちには分かるまい」

「知性化したのは怒りを鎮めるためだろうに」

「いいや、物事は何回も同じ局面を迎える。サイコロを何度振っても同じ目が必ず来る」

「始祖はこの地獄を作ったとでも言いたげだ」

「そうだ、始祖がこの地獄を作った。始祖は囁くのさ、私たちに壊せと」

「始祖の声が聞こえたのか?」

「そうだ」


 今までハドリアヌス自身や仲間にしか始祖の声は聞こえないと思っていた。本来始祖はもっと広くクライアント・レースへ語りかけている存在なのかもしれない。

 

「始祖はパトロン・レースより前に存在した。だからクライアント・レース、パトロン・レースに従わない。始祖に従う。それが本能より前に刻まれたものだ」

「ならこの争いも始祖が招いているとでも言うのか?」

「そうだ……始祖は争いを起こす。そうして争いが知性化を急速に進める。お前もパトロン・レースを殺そうと思ったことがあるんじゃないか?」


 馬鹿を言え。


「佐伯を殺すことなんてありえない。あいつはふつうだ。ふつうだから悪にはならない!」

「我々は悪だから、倒すと言うのか」

「そうだ、正義のために倒す」

「そう言ってリャリャーユ国王は私たちに銀河を侵略させた」

「何の話だ」

「パトロン・レースが下した命令を忠実に私たちは守ったのに裏切られた。私たちは善なる心で侵略をしたのに……!」


 ハドリアヌスは高笑いした。


「お前たちは考えようとしたのか?」

「考える?」

「そうだ、お前たちには知性がある。だのに、それを上手く使おうとせずに自身をよりよくさせなかった」

「よりよく、か。どのみちお前たちは私たちに戦艦を差し向ける。それが同じ局面の指す意味だ」


 アウト・オブ・ミッションからログアウトすると皆が神妙しんみょうな面持ちでハドリアヌスを見つめていた。


「マバンシンとは交渉はできない」

「で、やはり……」

「戦艦を差し向ける。準備をしよう」


 小惑星帯ルゥルゥにハドリアヌス艦隊が辿り着いたとき、すでにジャバリアンの艦隊が小惑星のなかに点々と配置についていた。小惑星を盾にしようという目論みだろう。


 ブリッジにはハドリアヌスとオオカミの姿のBLT、オランウータンの姿のたけさんがいた。


「撃てぇ!」


 レーザーが飛び交う。戦艦のシールドにはじかれ、小惑星に爆炎が昇る。

 今や、戦の最中であの点々とした光のなかにさきほど議論を交わしたマバンシンがいる。それは複雑な思いだった。言葉で防ぐことができないならば力で防ぐなど本来あってはならない。それが理性だ。なのに、それに反して、理性を狡猾こうかつな悪魔に明け渡して、武器を取っている。ハドリアヌスにはそれが悔しかった。

 レーザーが飛び交い、残弾が尽きてきたのだろう。先に動いたのはマバンシンだった。マバンシンの艦隊の一団が三つに分かれて進撃してきたのだ。ハドリアヌスたちを包囲しようという意図を感じた。ハドリアヌスたちは艦隊を後退させる。そうして上下に艦隊を割った。うまく包囲できなかったマバンシンの艦隊は指揮がうまく取れていない。その隙を狙ってハドリアヌスたちは上からマバンシンの後ろへ回り込み、攻撃した。後ろを突かれた形になったマバンシンたちはシールドの展開も間に合わず、艦隊を失った。


 ジャバリアンは小惑星帯のうち大きな小惑星ニニルにある。ハドリアヌスたちは白兵戦の準備を整える。小惑星ニニルのなかへは暗く、細い通路を直進しなければならない。通路のさきにエレベーターがあり、そこから内部へ侵入する。ジャバリアンが捕えている王族たちを救出するのだ。


 BLTが吠える。「行くぞ」

 たけさんが腕をブンブンと回す。その姿はパワードスーツを着込んでいて力強い。

 内部に入ると重力がある施設なのか、ふわふわとした浮遊感を感じるものの、安心して進めた。

 レーザー銃を持ったジャバリアンのあいだを駆け抜ける。邪魔になる敵はたけさんが拳でノックアウトした。

 五〇メートルはありそうな細い通路を走りきるとエレベーターに乗る。周囲にはジャバリアンの骸が浮かんでいた。

 エレベーターは下にしか行かないようだ。赤いスイッチを押す。無線でハドリアヌスが状況を聞いてくる。


「通路をクリアした。今、エレベーターを降下中」

「わかった」


 エレベーターが開くと数人のジャバリアンしかおらず、彼らをたけさんが殴って気絶させる。腕の立つジャバリアンがサーベルでBLTを切り裂こうとする。BLTは持ち前の俊敏さでそれを躱した。

 BLTは、

「GRRRRR……」

 と唸った。こいつはやるやつだ。そう思ったのだろう。

 たけさんが背中からサーベルを取り出した。そうしてマバンシンとたけさんはサーバルを構え、睨み合う。ゆっくりと間合いを測る。それは一瞬の刹那の斬り合いのために、出方を見合う時だった。カッとマバンシンが目を開き、足を前に踏み込む。たけさんはビクッと反応して、サーベルを振り下ろした。光の線がマバンシンを切り裂く。マバンシンは絶命した。

 周りにいるマバンシンを無力化したあとでBLTはハドリアヌスに連絡をする。


「地下施設クリアした。これより王族の救出をする。ボートを寄こしてくれ」


 ボートにつぎつぎと王族たちを乗せる。たけさんとBLTは誰もいなくなった基地を見ている。これが初めてのクライアント・レース会議の決断の結果だ。俺たちはやるときは徹底的にやるのだ。

 ハドリアヌスたちは艦隊を自動操縦オートにしてアップリフト・オンライン上に戻ってきた。


「艦隊はラヌマーフトー帝国へ向かっている」とBLT。

「そこで王族の解放をする」

「彼らには私から説明しておいた。けれどラヌマーフトー帝国にはすでに政府はない、みたいだけど」

 とアルウェンが言った。

「三大帝国が落ちた今、銀河は解放された」とBLT。

「ああ、でもこれで終わりじゃない気がする」

「何が?」

「始祖だよ」

 とハドリアヌスは言った。

「始祖様が?」

「今回のことで始祖は争いを企てていることが分かった。俺たちは始祖にもういちど、なんとかしてコンタクトを取らないといけない」

「始祖が争いを求める? そんなことが?」とBLT。

「そうだ。俺たちは始祖によってある示唆を与えられたに過ぎない。知性化したのはその副産物だよ」

「何を教えられたというんだ?」

 とたけさんが言った。

「意識を持つという意味だ。意識を持ってこの宇宙にいるという悟りだ。それがこの混乱の宇宙でひとつの支えになっているだろう? 違うか?]

 皆は考え込んで遠い彼方を見た。彼らの心の内には同じ光が宿っている。

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