第28話 ダークエルフには失望した!

 マバンシンのリーダーが倒れたイカたちを見ている。彼の意識は遠い過去にあった。

 マバンシンのリーダー、ジャシムの少年期、彼はいつも空腹で湖に浮かぶハネツキガエルを一匹も獲れなかった。狩りが下手なのは仕方なかった。元から不器用だった。集落にはお腹を空かせた兄弟が待っている。釣り糸を垂らす。ハネツキガエルはぴょんぴょんと飛び跳ねて湖のなかへと消えていった。


「くそっ」


 短気な性格も災いしていた。ジャシムには堪え性がなかった。ただハネツキガエルは村ではご馳走ちそうでそう易々と獲れるものではなかった。ジャシムは湖に飛び込んだ。腕をバタバタさせてハネツキガエルを掴もうとした。でもダメだった。びしょびしょになった体で家に帰ると、飢えた目で兄弟たちがジャシムを見つめた。草の根をすりつぶした粥でなんとかしのいだ。


 三日が過ぎた。村全体でもハネツキガエルを捕まえられた者は少なく、この状況が続けば共食いが起こるだろうと思われていた。お互いがお互いの肉を食い合う。恐ろしいことが起こる。ジャシムたちはゾッとして震えていた。


「にぃに、お腹空いた」

「待っててくれ、必ずハネツキガエルを捕まえてくるから……」


 そう言ってジャシムは雨のなかを駆けていった。ざあざあ降りの湖でハネツキガエルは居なかった。もう終わりなのだと思った。兄弟たちは肉になり、自分も肉となり、大人たちに食われるのだと恐怖した。雷が鳴って、体が震え出した。体中の筋肉がぶるぶると震えた。寒いのか?

 そのときだった。

 上空から轟音を立てて空飛ぶ舟が下りてきた。空飛ぶ舟からは戦士たちのような屈強な男たちが次々と出てきた。彼らの舟から熱い光が差した。その光があまりに高温だったので湖の水は蒸発した。ジャシムは驚いているばかりだった。湖には焼けたハネツキガエルが横たわっていた。


 ジャシムは彼らを天の使いだと、そのとき思った。男たちは三角の耳と浅黒い肌、金色のプレートを体につけていた。その金色のプレートに目を奪われていると、ジャシムは彼らの視界に入ったようだ。ジャシムは慌てて後ずさりしたが、遅かった。彼らに捕まったジャシムは額に石を埋め込まれた。石によって知能が上がった。集落のむこうの世界が分かるようになった。素朴な世界観から神とマバンシンの垂直の関係を見出した。ジャシムは下りてきた男たちがラヌマーフトー帝国の者たちだということを知った。ラヌマーフトーの男達、ラヌマニアンはマバンシンに農業を伝えた。狩りによる食物の奪い合いでは文明は保てない。食物を育てて、生産に見合った繁栄をすべきだと説いた。

 ラヌマニアンたちはマバンシンを教え導いた。マバンシンは邪悪で醜悪で野蛮な生物から、言葉を話し、理性を持った生物へと知性化された。ラヌマニアンたちはそうしてマバンシンの土地に一大帝国を築き上げた。ジャシムは将軍となった。そうしてマバンシンの星を征服してしまった。それから彼らの土地から数人が選ばれてラヌマーフトー帝国に赴くことになった。舟に乗せられたマバンシンのなかにジャシムもいた。


 ラヌマーフトー帝国は素晴らしい都を持っていた。高くそびえ立つビルに重力を無視したような天へと伸びる傘を逆さにしたような建物(教会というらしい)があり、島のような小さな土地に建物が密集していた。ラヌマーフトー帝国のリャリャーユ国王に謁見えっけんすると、豪華な食事を共にした。マバンシンはリャリャーユ国王の配下になると固く誓った。


 月の眠る夜、リャリャーユ国王に呼び起こされると、マバンシンの一団は宇宙港に集まった。そうしてラヌマーフトー帝国による銀河統一の夢を聞かされた。銀河をひとつの言葉によって統治する、それがラヌマーフトー帝国の掲げる統一だった。ジャシムの胸は高鳴った。あのラヌマニアンに出会った瞬間のような圧倒的な世界の拡張を、銀河じゅうの人々が体験できるのは素晴らしいと感じたのだ。


「陛下、わたくしめがそれを成し遂げて見せます!」


 ジャシムは高らかに宣言した。舟に乗って侵略戦争を始めたのだ。マバンシンの活躍により、ラヌマーフトー帝国の領土は次々と拡大した。ジャシム将軍はサーベルで異種族のはらわたを切り裂き、切り裂きジャシムの名で恐れられた。ジャシムはつぎつぎとラヌマーフトー帝国から来る増援を受けて、領土拡大と知性化の両輪を回していった。一度、領土にした土地の生物の額にあの石を埋め込んだ。そうして同じ言葉を話せるように知性化して、ラヌマーフトー帝国の文明は銀河じゅうで栄えた。


 ところが事態は急変した。同じ銀河列強のひとつ、ムリタニア・アルムヘル王国連邦との銀河境で戦争が勃発した。ふたつの勢力で同じ生物を知性化して代理戦争が起こったのだ。代理戦争は三年に及び、泥沼化した。マバンシンたちもそこで戦争に加わった。ムリタニア・アルムヘル王国連邦の勢いは凄まじく、マバンシンたちも計略でどうにかできる状況を逸していた。


「ジャシム将軍、このままでは知性化したギィバの兵力が持たないでしょう」

「どれくらい持つ?」

「七日ほどです」


 七日のあいだでマバンシンたちは戦況を変えなければならなかった。

 ジャシムはリャリャーユ国王に援軍を頼むことにした。ジャシムは息子や部下を残してラヌマーフトー帝国に戻った。


 リャリャーユ国王と対面するとリャリャーユ国王の目には光がなかった。ジャシムが銀河じゅうに勢力を広げているあいだ、彼は贅沢な暮らしをただ続けていた。四年もそのような暮らしを続ければかつてのような聡明な魂は消え去り、ただ私腹を肥やす哀れな王に成り下がっていた。

 リャリャーユ国王は言った。


「ジャシム、銀河じゅうをラヌマニアンにできたかね? われわれの土地はもう十分栄えた」

「ならば、銀河境の兵士を下げるおつもりですか?」

「銀河境? はて……私はもう十分だ……妻と共に欲望の日々を生きるだけだ」

「何を言っているのですか? 私はあなたの言葉を信じた! そうして戦ってきたのです。同胞もまた同じだ!」

「われわれには十分な力も金もある」

「ならば兵士を下げます。私に息子や同胞を助ける舟をください」

「ならぬ。ジャシム、お前には私に銀河じゅうの話を伝え続ける義務があろう」

「何を言っているのか、わかりません。リャリャーユ国王。私に舟を……!」


 リャリャーユ国王は合図してジャシムを捕らえた。


 ラヌマーフトー帝国は腐敗した。いくら銀河じゅうにその名を轟かせた存在であっても、ムリタニア・アルムヘル王国連邦に屈したという事実は揺らがなかった。ジャシムは牢獄のなかで、ヴィジョンに映る同胞や息子が王国連邦によって処刑される様子を見て、涙した。


 ジャシムは怒りに震えた。ラヌマーフトー帝国の名声は地に落ちた。彼は復讐を誓ったのだ。ジャシムはそうしてこれまでのラヌマニアンの英知を思い出して頭の中で否定した。額の石はラヌマニアンに忠誠を誓うように命令する石だったので無理矢理剝ぎ取った。

 ジャシムはマバンシンに、邪悪で醜悪で野蛮な生物に戻った。共食いだっていとわない最低最悪の生命に成り下がった。そうして、こっそりとラヌマーフトー帝国を抜け出して、地下組織を作った。

 怒りが力を持ち、その力がいずれラヌマーフトー帝国を転覆させるはずだ。

 もはや、ジャシムはあの狩りの下手な純朴じゅんぼくな青年ではなかった。殺戮さつりく者だった。

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