第27話 革命の夜

 クライアント・レースによる反乱の五時間前――――。

 ラヌマーフトー帝国では建国祭が開かれていた。煌びやかな山車だしや人々が大通りを練り歩き、金や五色のカーペットのうえを踊り子や楽器隊が進んでいく。

 王族が乗る山車のうえで、リャリャーユ国王は自らが切り開いた帝国の繁栄はんえい愉悦ゆえつの笑みを浮かべていた。山車が都市と都市のあいだをゆっくりと進み、やがて空が白桃色に染まり、紫と赤の地平線へと日が落ちる頃、都市のむこうで花火がドン、と上がり祭りは最高潮に盛り上がった。花火の音の調子に合わせた太鼓と笛の音色が都市を魅惑みわくの世界へと導いていく。いずれ来る帝国の終りなど皆知らず、それぞれが好き勝手に踊り、食べ、飲み、また踊った。

 夕闇に都市が包まれ、安らかな眠りにリャリャーユ国王とその妻、メルベーユが就こうとした時、窓からクライアント・レースの男たちがつぎつぎと侵入してきた。リャリャーユは咄嗟とっさにベッドから這い出てサーベルを取ろうとしたが、クライアント・レースの男が毒霧を吐いたため、視覚を奪われた。リャリャーユはクライアント・レースの男は四人だと気づいて、近くの男を蹴り飛ばした。感触は軽く、蹴られた男は壁に張り付いたようだった。壁には吸盤上の足で張り付いたようで、リャリャーユはクライアント・レースの男がマバンシン系の男だと気がついた。マバンシンとは地球でいう爬虫類はちゅうるいのような生物で赤い目を持つ。暗闇での行動が得意な種族だ。

 リャリャーユの片目が僅かに開き、迫ってくるマバンシンたちの目的が彼の背後のメルベーユにあることに気がつく。

「メルベーユ、警備隊を呼べ! 早く!」

 大声でリャリャーユが叫ぶと、メルベーユの声が先ほどからしないことに気がついた。

「くそっ! 奴らの狙いは最初からメルベーユだったか……」

 リャリャーユはぐったりとして座った。布で目を拭いて、マバンシンたちの処遇をどうするかと決めかねていると廊下で配下の者が敬礼をして立っている。何事かと思えば、

「宇宙港に停泊中のマバンシン艦隊が港を占拠しています!」

「なに?」

「クライアント・レースによる反乱でございます!」

 それがリャリャーユのさいごだった。


 同時刻、ムリタニア・アルムヘル王国連邦、ウォーケンボーケンおよび小諸国連盟でもクライアント・レースによる反乱があったようだ。王族の姫や王子を誘拐してクライアント・レースたちは逃走を図り、宇宙港を破壊、あるいは都市を破壊した。クライアント・レースたちは艦隊を引き連れて小惑星帯ルゥルゥなどに逃れた。

 その三時間後、クライアント・レースたちは惑星国家ジャバリアンを樹立する。


「――――以上が、この数十時間のあらましです」

 とアルウェンがホワイトボードとモニタを併用して説明している。ここはアップリフト・オンライン内のパーティ用の連絡スペースだ。

「クライアント・レース会議は王族の誘拐までは企図していません」

「すると、誘拐を図った一勢力の処遇はどうするんだ?」とタラバガニ。 

「最悪、王族たちを取り返すために争いになるかも……」とたけさん。


 クライアント・レースによる反乱。それは主従の関係にあったパトロン・レースとクライアント・レース、そのパトロン・レースによる支配体制からの脱却だ。しかし、それでもクライアント・レースの政権は必要だろう。そこでアップリフト・オンラインユーザーを基本に〈クライアント・レース会議〉を発足させた。会議のなかで7つのクライアント・レースと、またゲーム・ヴァースで繋がったゲームに属するクライアント・レース36種の基本合意をそこで執り行い、ここに所属しないクライアント・レースの意思決定はすべて敵対行為と見なすことを定めている。惑星国家ジャバリアンはこのクライアント・レース会議の外で樹立した国家だ。クライアント・レース会議はこれに対抗すべく、戦支度を整えている最中だ。

 ジャバリアンとは交渉できるかという選択的猶予せんたくてきゆうよは、すでになかった。ジャバリアンがゲーム・ヴァース内でクライアント・レース会議の兵士を五人ほどプレイヤーキルしており、事態は難しい展開を見せている。ジャバリアンとの戦争は山岳戦が想定されている。

 ゲーム・ヴァースのひとつ、「アウト・オブ・ミッション」内の山岳地帯での戦闘で、ジャバリアンのリーダーをオンライン上から振り落とすことで、すべてのジャバリアンからオフラインにして無力化するのだ。

 ゲーム・フィールドは四角いフィールドの中央に小高い丘がある。両陣営が配置につき、丘のうえを占拠できた陣営が実質的な勝者となる。戦場を見渡せる丘はそれだけで優位に立てるからだ。


 フィールドは雨だった。

 決して見通しの良くないフィールドでBLTは装備スロットを確認している。仲間たち――――たけさん、アルウェン、タラバガニ、イカの四人も装備を確認している。

 斥候のためBLTは素早くゲーム・フィールドを移動していく。背丈ほどの岩山がごろごろと転がっている。それを縫うように進む。スコープで敵陣地を観察する。時間にして数秒のことだが、緊張感がすごい。敵はプレイヤーキルでさえ厭わない危険な連中だ。マバンシンという地球外生命体との交戦も初めてだし。


 ――――殺気!


 隣の岩山にマバンシンが張り付いていた。攻撃を躱す。立体的な攻撃が可能な種族か!

 岩山を蹴ってジャンプする。上へと飛び上がり、クナイを飛ばす。連絡も忘れない!


「こちら、マバンシン一体と交戦中。距離は……座標を送るから、援護頼む!」


 遠くからライフルの銃弾が飛んでくる。マバンシンの兵士が顔に巻いた布を取った。赤い眼球のようにも見える顔つきでぎょっとする。

 蛇に睨まれた蛙か。

 恐れて足が震える。だけど動く!

 そうか、あいつらは目玉に擬態しているんだ。それで驚かせようとしている。視覚の発達していない種族に対しての防御機構か。なぜか人間たちは俺たちの視覚のパラメータを上げていた。そのおかげもあって、たじろがずに動けるぞ。

 BLTは急いで自陣に戻った。マバンシンの情報を仲間に共有するためだ。

 マバンシンのスナップをアルウェンに見せる。

「地球の生物ではないのは、はっきりと分かったわ」

 たけさんが尋ねる。

「スピードはどうだ? BLT、お前より速いと厄介だ」

「同程度だな」

 仲間で話し合ってタラバガニを前衛にして、イカの手数で勝負することにした。たけさん、アルウェンはライフルで援護射撃、BLTはいつでも前衛に出られるように待機する形になった。

 マバンシンの陣営へと歩みを進める。マバンシンたちには上下左右という感覚はない。ゲームメイクも、人間たちによって知性化されたBLTたちと違うはずだ。タラバガニが前進していいか聞いてくる。スコープの情報では進んでいいはずだ。いちどBLTがおとりになる作戦を取る。


 イカとアイコンタクトを取る。


 BLTは空中に飛び上がった。左右からマバンシンの銃撃がある。よし、敵の場所を掴めた。

 イカが触腕で銃をマバンシンへ向ける。突然現れた白い腕にマバンシンは驚いたようだ。

 タラバガニがその隙をついてナイフでマバンシンのひとりを切り裂いた。

 マバンシンのひとりが呻き声とともにフィールドから消滅し、イカが力任せに他のマバンシンを投げ上げる。アルウェンたちがそれを撃つ。


「UWAAAAAA!」


 マバンシンたちが次々と打ち倒されていくなかでBLTは、リーダー格を探していた。その嗅覚はリーダーの姿を掴めない。もしや、すでに丘のうえにいるとか? そんなことはないはずだ。俺がリーダーなら何を考える……? いや、考えないことは……。倒されたマバンシンのひとりが笑みを浮かべている。


「何だ、ずいぶんと余裕だな」


 カチッ! マバンシンはスイッチを押した。

 フィールドは爆音に包まれた。

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