第26話 ギャルゲーで仲直り

 そんなすぐに許せるわけがない。ハドリアヌスはダッシュでBLTたちを抜き去ったり、ハンバーガーチェーンでフライドポテトを一方的に食ったりしていた。桜の散る校庭で屋上で待ってますと告げ、その実、直帰したりしていた。

 アップリフト・オンライン内で会うことも少なくなった。場面は書き割りの教室に切り替わる。


 BLT子『イカはズッ友だよ!』


 俺たちズッ友だよな/違うよ ←


 カーソルが選択肢を決めあぐねている。もう、なんなんだ。これは。


 ――――ときめきイカリアル…………!

 

 そう、卒業式の日にドゥドゥゲラの樹のもとで女の子に告白されたカップルは幸せになれるのだ。そのためにパラメーターを高めてイカはBLT子たちに告白されなければならない!


 フレーバーテキストから見るBLT子はほぼ脈なしだ。このままでは終わる。イベントはいくつもない。帰りのホーム、路地裏の窓、こんなとこにいるわけもないのに!


 こいつって普段何してるんだ? そういうわけで情報収集だ。BLT子は忍者であるのでその隙をつくのは至難の業だ。校内、お昼休み、放課後……しばらく観察を行った結果、BLT子はそこらじゅうのイケメンに声をかけまくっていた。そうだ、こいつは遊び人だった。そういえば、BLT時代から女を追いかけてばっかりだった気もする。攻略対象になってもその気質は揺るがないと見た。


「BLT子、きょう暇?」

「内容にもよるぜ、ゲーセンか?」

「いや、お前ってさクラスのC男、好きなのか」


 顔を赤らめると思いきや、BLT子はゲラゲラと笑い出した。


「あははー、バレていましたかぁ!」


 その笑顔に少し惚れているイカがいた。


「C男のまえはB男、A男とどんだけ告白すれば気が済むんだ?」

「見られていた? 怖っ!!」

「私だって年頃の女性ですから、そういう恋ってやつにも興味があるんです」

「お前が……?」

「なんだい、その目は。信じてないな」

「いや、何にせよ、頑張れ。俺はBLT子がどんなやつが好きだって……」


 応援してる、が出てこない。


「なに……? なに……?」


 BLT子が覗き込んでくる。


「うるせー」俺は帰るからな、と吐き捨ててイカは帰宅した。

 そうして頭を抱えるイカであった。うーん、うーん、これじゃ、攻略もできたもんじゃない。好きって何よ、どうしたらいいんだよ。

 気づけばいつもの書き割りの教室に座っていた。授業も終わり、息をついているとBLT子が気になる。BLT子にそれとなく視線を合わせて目が合いそうになって視線を別の方向に向ける。BLT子の注意がこちらに向くが、彼女は構わず周りの女子との会話に興じる。


 まだ初夏だというのに日差しは強く屋上にいるだけで干からびてしまいそうだ。影に腰掛けるとひんやりとしたコンクリートが心地良い。バナナオレを吸いながら遠くを見ていると座っている隣の扉が開いてBLT子が飛び込んできた。はぁ、はぁ、と息づかいが荒く、汗をかいている。どうやらここまで走ってきたらしく、その運動神経の良さをもっとほかに生かせないのかなどと思えば、BLT子はイカからバナナオレを奪い取り、ゴクゴクと飲み干した。ストローを口から離すと「間接キス!」などと言う。「間接キスだな」とただ答える。雲の切れ間に青空が見え隠れしている。体育祭が近いことを考えると、もうすぐBLT子の季節なのだと思う。

 大急ぎでバトンをBLT子に渡すと、駆け出したBLT子の背中がぐんぐんと遠ざかっていく。体育祭の練習日である今日は、快晴の空と気持ちの良い風が吹き抜けている。グラウンドは走る生徒の息づかいで僅かに震えている。BLT子は相変わらず全校生徒のなかでトップ5に位置するようなイケメン五人衆を相手に告白大会を続けているらしい。それでも恋は実らず、それでも楽しそうなBLT子の目的はわからない。告白の場面を何回か見たことがある。ドラマのワンシーンとはかけ離れた、日常の延長で、BLT子はいつものBLT子だった。本気なのかと頬を叩いてやりたい気持ちも良く湧き起こったが、それもあの軽い感じの笑顔に流されてしまうのが常だった。

 ゴールテープを切ったBLT子に賞賛しょうさんの眼差しが注がれる。BLT子は「これが私のモテ期」などと自負していたが、そのモテ期も来なかった。彼女の告白は好き好きあいしてるの押し相撲でほんとうは誰でもいいのではないかと思ってしまう。白く鋭い光が彼女に差し込むと、いつも彼女の笑顔は眩しい光のなかに消えた。

 そうこうしている内に文化祭の季節がやってきて、なにもイベントのなかったイカとBLT子のあいだで物事が動いた。たぶんこういう成り行きだったのではないか。BLT子の恋を手伝うというものだった。BLT子の恋をプロデュースすることが出来れば、彼女の報われなさも消えるだろうと思ったのだ。まずは外面を良くしなければならない。男子の前でも平気で胡座をかくのを止めさせ、胸元のボタンをしっかりと閉めさせる。これだけで清楚せいそポイントが上がるはずだ。それから男のまえで下ネタを言うのも止めさせた。それと男言葉も止めさせた。角がこれくらい落ちればBLT子も女の子に見えるだろうと内心思っていたが、数日経つと、BLT子が青ざめた様子で教室に入ってきた。角が落ちすぎたと思ったので、紙やすりで丁寧に磨いてやると元の元気印のBLT子に戻った。


 最後のターゲットとなるのはL男だった。L男はやさしい感じの背の高い男だ。ふわふわの金髪の帰国子女で語学も堪能で有望な男だった。BLT子はさりげなくL男に近づき、昨日猛勉強した世界史の話題から、外国の食文化などなど、ありったけのL男にふさわしいと思しき内容を話した。L男は楽しげに笑って、時折英語の混じる笑い声を響かせながら、終始和やかなムードで交流は続いた。L男との会話を見守るなかで胸が少し痛いイカだった。


 文化祭も当日、何気なく屋上へと向かうと屋上が閉鎖中との張り紙を見つけた。黙って踵を返すと、猛ダッシュで上ってきたBLT子と目が合った。ただBLT子は俺にぶつかり、バランスを崩して、


 ガタン、ガタン――――


 目覚めれば保健室で横になっていた。隣にはBLT子が座っていた。


「良かった、目覚めたんだ」

「ああ、俺は何を。状況が掴めないんだが」

「わたしを……助けて階段から落ちたの……」


 BLT子はもじもじしている。いつもの彼女とは違う。


「そうか、怪我は?」

「はぁ? あんたのほうが……! 怪我してるじゃない……」

「イタタ……確かに。きょうは文化祭だろう? L男とのデートはいいのか?」


 L男だって待っているだろう。BLT子もそのことを知ってるはずだ。


「いいの、その……イカ。守ってくれてありがとう」

「ああ、構わないぞ」


 なんだ、この空気は……?


「ねぇ、イカ。怪我が早く治るおまじないしてあげるね……」


 BLT子がそういうと額に温かい唇の感触がした。ガタッと椅子から立ち上がり、BLT子は顔を真っ赤にしてその場から立ち去った。

 呆然としていると色を失ったアナウンスが文化祭の終わりを告げていた。

 それから卒業式の日がやってきてしまった。樹の下で待っていると、BLT子が来た。BLT子はイカに告白をした。偽りではない、日常の延長でもない、恋の始まりを告げる甘やかな言葉だった。

 気がつけば書き割りの教室はアップリフト・オンラインのスタート画面に戻っていた。ときめきイカリアル、★★★と。

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