第15話 イカのクラン1/1

 第5層へ一行は来た――――



 暗い大きな空間に獣の気配がする。唸り声を上げているわけでもない、ただ存在感がある。空気が張り詰めている。

 灯りがつくと鷲の翼と上半身、ライオンの下――。


「グリフォンだー!」


 ちょっと、ちょっとぉ。さきに説明しないでもらえるか? タラバガニさん。つまり、グリフォンがいた。


「こいつがボスってわけか」


 たけさんが武者震いする。仲間たちが武器を構えると、グリフォンが高い声で鳴いた。鷲の目が睨みを利かせる。イカはグリフォンの足元をじっと見る。グリフォンの後ろ足には重そうな鎖が巻きついている。つまりグリフォンには移動制限がある。鎖の長さの分しか動くことはできない。グリフォンには翼があるが、飛ぶこともできない。


 ――――やれる。


 イカは確信する。仲間たちにアイコンタクトをする。いつもの調子で片付けてしまおう。

 たけさんにグリフォンの注意を向けさせる。たけさんが盾を構える。グリフォンが爪でたけさんを襲う。たけさんが吹き飛ばされる。


「たけさん!」


 たけさんは壁にぶつかって倒れ込む。頭を打ったのか、返事がない。


「アルウェン、回復に行って」

「わかった」


 アルウェンがたけさんに駆け寄ろうとした瞬間、仲間の注意がグリフォンから離れた。グリフォンは口から衝撃波を打ち出す。タラバガニが直撃を受ける。BLTは空中へと逃げた。イカはタラバガニに近づく。ダメージゲージがかなり彼のHPを削っている。回復の呪文の詠唱が聞こえだす。

 イカは崩れた陣形を見ている。仲間をこんなに速く切り崩されるなんて……。油断した。イカは無闇にグリフォンに近づくのを避けた。距離を詰めすぎなければ問題がないはずだ。

 グリフォンが跳びかかる。鎖に引かれてグリフォンは身動きが取れないでいる。

 かわいいじゃないか……。でもこいつをひとりでやれる自信ない。


「イカ、ひとりで突っ走るな。連携を取れ!」


 BLTの声でハッとする。そうだ、ここは闘技場ではない。仲間と一緒にやれば怖くなんてない。


「BLT! ふたりで連撃して削っていこう」

「ああ!」


 そうしてふたりでグリフォンと距離を取りつつ戦う。30秒ほどアタックして、退く。たけさんの回復が終わったようだ。


「すまない! 俺としたことが……」


 たけさんは頭を掻いた。


「大丈夫、パーティの陣形を組み直しましょう!」


 仲間が前を向く。グリフォンの一撃は重いことがわかっている。一撃を食らわないぎりぎりの距離感を戦闘のなかで身につける。60秒を使った。そうして連携攻撃を仕掛けていく。グリフォンの体はそこまで硬くない。ごりごりとHPが削れていく。残り全体の5分の1といったところだ。皆の息がぴったりと合っていく。パーティは一匹の生き物になったかのようだ。

 グリフォンが吠える。


 いける――――


 飛び上がったグリフォンの鎖が落ちていくのをスローモーションで見ているような錯覚。

 鎖が切れた。

 グリフォンは飛び上がる。上昇して空中からイカたちを狙った。対応策を、どうしたら……。イカは頭をフル回転させる。空中からの攻撃に為す術がない。

 BLTの攻撃でさえ高さが足りない。たけさんの斬撃でも距離リーチが足りない。タラバガニの攻撃だってそうだ。イカの攻撃も、アルウェンの魔弾もやつには届かない。


 終わりだ――――

 グリフォンの衝撃波が降ってくる。



 どうしたらよかった?

 なにをすれば助かった?

 どうしたら勝てた?


 頭のなかにつぎつぎと泡のようにアイデアが出ては消えていく。沈んでいくみたいに溺れていく。消えたくない――――



 ▶スキル【触手】を解放しますか?



 何だ――?

 スキル?

 解放……?


 何だっていい、なんでも構わない。俺に力をくれ――――



 空中のグリフォンの目がカッと開かれた。グリフォンが高い声で絶叫するみたいに鳴いている。それをイカは他人事のように見ていた。イカの巨大な青い触手がグリフォンの足に絡みついている。仲間たちはそれを見てじっと息を飲んだ。アルウェンは言葉にならない声で呟いた。


「魔獣だ」と――――


 触手がグリフォンを掴み、投げ飛ばす。壁にグリフォンが激突して虚ろな目になっていく。触手が絡みついてグリフォンの喉を締め上げる。グリフォンが泡を吹いた。砂埃が舞っている。仲間たちは触手の全貌を見ることができない。イカの姿はどこにも見当たらない。

 グリフォンは死んだ。

 砂埃の奥でイカは干からびたように寝ていた。力が完全になくなっている。仲間たちがイカに近づく。


「いまのはいったい?」

「わからない」

「イカの実力だったのか……?」

「何にせよ、ボスは倒せたんだ」


 仲間たちが口々に言う。

 第5層の奥に進むとほこらがあった。何か玉を置くような台がある。第4層で手に入った玉をそこに置く。祠のむこうから声がする。


「勇者よ、よくぞ第5層をクリアした。その褒美をくれてやる。転移魔法だ。使うといい」


 このタイミングで転移魔法はありがたかった。味方は満身創痍まんしんそうい、司令塔のイカは気を失っている。仲間たちは広場へ戻ることにした。転移魔法があればいつでもドゥドゥゲラの塔の第5層までは来ることができるからだ。


「戻るぞ!」


 広場に一行は戻った。さっそく宿に戻る。ゆっくりと疲れを癒すと夕方になっていた。暁がはじまりの街を染めていく。夜が始まるのだと思ったとき――

 広場の騒がしさに気がついた。


「なにがあったんだ?」 

 

 とBLTが他の冒険者に尋ねる。


「BLT、それがログアウトが出来なくなってるらしい」

「どういうことだ?」


 一行がドゥドゥゲラの塔から帰還してから数時間。

 おそらく全てのプレイヤーのログアウトができなくなった。問題は運営サイドとの連絡も途絶えているという話でなんらかの事故も疑われている。

 暁が広場を照らし、地平線に落ちようとしている。広場では混乱したプレイヤーたちが頭を抱えている。不安を口にする者も、ちらほらいる。

 広場の上に白い仮面が表示された。プレイヤーたちの視線がそこに集まる。白い仮面が言った。


「わたしはゲームマスター。全プレイヤーをログアウト禁止にしたのは、この私だ」


 プレイヤーたちはその声に反応して叫んでいる。


「これから話すのはゲームのシナリオ変更だ。これからきみたちにはゲームクリアを目指してもらう」



 ゲームクリア? ドゥドゥゲラの塔をクリアすることか――――


「無論、ドゥドゥゲラの塔をクリアすることはひとつの条件だが、もうひとつ条件を用意した。もしかしたらこちらの条件のほうがきみたちには合っているかもしれない。きみたちには自分以外のクランと殺しあってもらう。このどちらかを選んでクリアすることがきみたちに課せられたゲームだ」


 広場全体がどよめいた。

 デスゲームってことか?


「いまゲームシステムを変更した。きみたちのステータスは常時公開される。公開されるのは、クランだ」


 イカがBLTを見ると、BLTのステータスが表示される。


 

 BLT/オオカミ


 

 そして隣に数字が見えた。タラバガニと他の仲間を見る。



 タラバガニ/コウモリ


 アルウェン/イルカ


 たけさん/オランウータン



「このクランの横の数字は、クランの規模を表わしている。きみたちには自分以外のクランをひとり残らず殲滅せんめつしてもらう」


 広場の者の何人かがイカに向けてなにか言っている。BLTがイカをじっと見た。


 イカのクランの規模――――


 石が飛んできて、道に落ちる。矢が飛んでくると、それをBLTが防ぐ。


「おい、BLT。邪魔立てする気か?」

 

 矢を放った冒険者が言った。


「仲間を守って何がわるい!」


 イカは自分のステータスをおそるおそる見る。



 イカ/イカ    個体数1


 1ってことはイカのクランは俺ひとりだってことか?

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