第14話 旅の仲間よ、ずっと友達でいて

 海に打ち上げられた俺をゴブリンが追いかけていた。俺は走っている。俺はなんなのかというと、イカだった。全速力で逃げつづけた俺を救ってくれたのはエルフの少年だった。かれはどういうつもりだったのかはわからないが、俺を家に連れてきた。


 身寄りがない俺を迎えてくれたのはエルフの少年の姉だった。彼女は俺にやさしくしてくれた。俺は幸せを掴んだ。あのとき、きっとそうだ。俺はイカの身分でもあるのにもかかわらず人並みの幸せを手に入れた。


 そんな日々も長くは続かなかった。おだやかな日々もほんとうはおわりに向かっている。でも気がつかない。すべての人生にはおわりがあると俺は知った。どんなに悔やんでも彼女シビュラは帰らない。そして彼女は再生と死を繰り返す。俺は理不尽な世界だとこの世を呪った。


 冒険者という生き方にきづいたのもこの時だった。世界の粗削りなスケッチを描いてくれたのは他でもないBLTだった。BLTはお調子者で優しくて明るくて頼りになる友達だ。玉ねぎを食べちゃいけないのに玉ねぎを食べようとする。よくない。彼はこの世界がゲームであることを俺に教えてくれた。ゲームといっても何のことなのかはわからない。俺はこの世界の潮流に慣れることにした。そうでなければやっていけない。俺は冒険者になった。

 冒険者の日々はたのしい。どんなにかなしいことがあっても、たのしいことがあってもゲームだからと納得することができた。俺にはどうやら特別な力があるらしいということも知った。でもその使い道を俺はバカだから理解できない。どれだけの日数を冒険者でいたか。俺はゲームという世界に慣れつつあった。


 クエストという冒険者が熟さなければならないことも知った。はたらくこと、報酬を貰うこと、これはやっていて楽しいと思った。ただ自分の信じていることを裏切らなければならないとき人はクエストから逃げてもいいと知った。いろんな冒険者がいてBLTの友達のたけさんにも出会った。たけさんはまっすぐな人だ。強い人だ。でも不器用な人だ。みんなが彼を好きになった。俺もたけさんが好きだ。彼はいつも職を転々としているけれど、それは信じているものがあるから、そうなっているんだと俺は思っている。彼に理想の世界が手に入るように俺は祈っている。


 闘技場で闘う孤独な少年にも出会った。彼は自分の欲求に嘘をついていた。どんなにがんばっても埋まらない心を金という幻で打ち消していた。彼はもっとも強い戦士でもっとも弱い人だった。彼と剣を交えて俺は自分を鍛えぬくことを覚えた。自分の弱さを知った。自分はまだまだ強くなれることを知った。レベルという概念だけじゃない。心や精神というものが強さに影響を及ぼしていることを知った。そしてそこには光と闇があることも分かった。俺はいろんな人と闘うことでどうやら冒険者として大きくなったらしい。海から逃げてきた俺とはここでさよならした。俺には誰かに負けない力と誰かを包みこめる力があることを知った。

 そしてタラバガニは俺の友達になった。彼の純真さはもっと世界を知ることで大きく羽ばたくと思う。彼の将来が楽しみだ。俺はシビュラを失った世界でひさしぶりに希望を抱いた。


 そんな俺のもとにシビュラがふたたび現れた。

 でもそれは別の人で、その人は俺ではない誰かを愛していた。

 彼女はひとりで生きてきたし、これからもそうするつもりだろうと思うけれども、すこしのあいだ俺たちと生きてくれるという。長命な種族にしては一瞬のひとときだろう。その一瞬に彼女は命を懸けてくれた。感謝という気持ちでいっぱいになった。アルウェンがシビュラに似ていることなんてどうでも良かった。彼女は俺の力になってくれる。これから先もきっとだ。


 頼りになる個性的な仲間たち。


 俺がどんなに世界に屈しようとも、きっと彼らだけは味方になってくれるはずだ。俺は彼らをよく知っている。彼らを信じている。俺はそんなとき夢を持った。

 世界は理不尽かも知れないけれど光が差したのはそのころだった。聖王のもとでパラディンになれば何でもひとつだけ願いが叶う。そうだ、そうだったんだ。世界はゲームなんだからそのゲームはプレイヤーのものなんだ。俺は再生と死によって呪われた巫女を解放するんだ。ぜったいにやり遂げてみせる。俺は強くなったんだから、悲しみも寂しさもここで捨てていけるし、囚われることもないんだ。俺はパラディンになりたい。その夢を忘れないでいたい。仲間とともにドゥドゥゲラの塔をクリアしたい。俺はやり遂げたい。


 いま俺はモンスターの目の前で剣を振るう。間合いを確かめつつ、にじり寄る。俺は勇気を持って挑んでいく。俺はイカだ。でも強いイカだ。世界を変えたい。温もりを感じた日常を取り戻したい。きっとできるはずなんだ。俺の目の前のモンスターがとびかかってくる。それを剣で切り裂く。モンスターは倒される。やってやるさ。俺は笑っている。力を振るうことに恐れはない。モンスターを倒すことで俺は俺の世界を一歩ずつ変えていく。シビュラを取り戻すためにどんなことだってしてやる。俺は冒険者として生きている。


 背中を押してくれる仲間が俺を押し上げていく。俺は上昇する気持ちで行く。俺の目の前に立ちふさがる者は容赦しない。返り血を浴びながら俺たちは進んでいく。モンスターの咆哮ほうこうも気にならない。


 石像が動き出した。二体の石像が音を立てて剣を振るう。威嚇いかくでもしているようだ。俺たちは突撃陣形をとり石像に挑んでいく。石像に傷をつけて相手にダメージを溜め続ける。


 たけさんが注意を引く。

 頑丈で大きな盾は石像の持つ剣でも傷がつかない。

 タラバガニが石像の隙をつく。そして俺とBLTで連撃を食らわす。石像が横に剣を振るう。俺たちは投げ飛ばされるが、諦めていない。闘う意志は消えない。どれだけ闘いをしてきても慣れることのない手の震え。ぎゅっと剣を握る。俺たちは戦士だ。


 石像が動かなくなる。第4層をクリアしたと安堵する。


 俺たちは前に進む。目の前に細い道がひらける。灯火がひとつひとつ点いていく。俺たちは冒険者だ。そのプライドを強く感じる。


 あのパレードの日、俺は誓った。シビュラを取り戻す戦いを始めたい。それが俺の生きる意味なのだと理解した。俺はゲームをクリアしたい。これがゲームであるならば俺に最高のエンディングを見せてほしい。俺は何度も心のなかで叫んだ。やり方はわからない。けれど光を求めるならば道はあると信じたい。


 細い道の奥に扉がある。黄金でできた瀟洒しょうしゃな扉だ。俺たちは扉を開ける。


 ――暗い。ただ、奥行きのある空間であることは分かった。


 いまから始まるのはきっと俺たちの希望の物語なんだ。そうだと言ってくれ。


 なぁ、BLT。タラバガニ、たけさん、アルウェン。おねがいだ。


 俺はきっとたくさんの場面であなたたちに勇気を貰いたいんだ。俺に信じさせてくれないか。ゲームだって人は笑うかもしれない。けど俺は見てみたい。このさきにどんな光景があるのか、もっとよく見せてくれ。


 なぁ、おねがいだ。いまならきっと間に合うから。俺はすこしでも自分の願いを叶えるために自分の力を使うから。だから、頼む。どんなに辛いことが待っていても俺はあなたたちとやっていきたいんだ。


 俺はシビュラを取り戻す。


 俺たちの目の前になにが待っているんだろう。なぁ、BLT。いつでも楽しかった日々を思い出せるよ。

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