第6話 合コンはゲームを制す

 ――――どうしてこうなったんだろう?


「踊り子です!」

「聖女です」

「サキュバスですわ」


「えと、田中一浪です」

「BLTですっ!」

「イカです……」


 イカは相手の女性たちを見た。いい香りのしそうな美しい女性たち。隣のBLTは意気揚々いきようようとしている。田中一浪は黙っている。ほんとうにどうしてこうなった? まるで話が見えない。BLTはちょっと付き合えばいいからと言った。来てみればテーブルの前には三人の女性たち。期待と不安が混じった顔だ。


 サラダを取り分けながらイカは事の成り行きを見守ることにした。


 BLTの視線は鋭かった。女性たちの胸元に視線が行く。


 踊り子、渚、18歳。デカい。

 聖女、フィオナ、20歳。デカい。

 サキュバス、ミナミちゃん、27歳。デカい。

 ――おっぱいのジャックポットかよぉ。BLTの鼻の穴は膨らみ、鼻息が荒くなる。


「じゃあ、俺から……俺はBLT。暗殺者アサシンです! 今日はいい出会いを求めて来ました。よろしくお願いします!」


 踊り子の渚が笑いながら言った。


「かたーい、きょうは楽しい会にしようって決めたじゃーん。BLT君」

「は、はい」


 BLTの挨拶が終わる。次はイカである。


「イカです。初級冒険者です、よろしく」

「へー、冒険者なんだ。かっこいいね」


 聖女のフィオナが優しくフォローした。キラースマイルだ。


 そして最後。田中一浪である。この男は急遽きゅうきょBLTがアプリで呼んだ男だ。ケミカルウォッシュのジーンズとチェックシャツの冴えない雰囲気、丸い大きな眼鏡のパッとしない男だ。BLTいわく、今日のに彼は必要だとかなんとか……。


 お酒やドリンクをウェイターが運んできた。5人と1匹はグラスを持った。


「じゃあ、乾杯!」

「かんぱーい」


 グイっとお酒を飲み干す。どうにでもなれ。


 聖女が言った。


「じゃあ、スキル紹介でもしてお互いをもっと知ろうよ」

「はーい、賛成」

「うふふ」


 女性たちは楽しげだった。


「私から。スキルは神に祈ることです」

流石さすが、聖女」


 踊り子の渚が合いの手を入れる。渚が続く。


「やっぱりあたしは踊ることかなー。火炎脚も得意でーす」

「凄いっすね、渚ちゃん」


 BLTが感心する。


「俺はやっぱり隠密行動シャドウ・ランですかね」

「うわぁー! それっぽいー」


 渚がゆるく爆笑した。


「田中君は?」

「……僕は、勉強ですかね。ミナミちゃんは?」

「ふふ、真面目だね。私は精力搾取エナジードレイン


 BLTが思わずごくりと喉を鳴らす。


「ミナミちゃん、セクスィー」


 BLTが茶化す。渚はニコニコしている。イカは沈黙している。


「じゃあ、イカくんは?」

 

 聖女のフィオナが尋ねた。


「触手ですね」

「し、しょ……触手」


 女性たちは一瞬凍りついた。

 聖女は顔を赤らめた。

 彼女は想像する。やだ……ひゃんっ! ふぁっ、んっ……! あっ……んっ……ら……らめ、らめだからぁ! 嫌ぁ……。乙女のたくましい妄想である。

 イカは桃色遊戯ゆうぎの達人と思われたようである。サキュバスはごくりと息を呑んだ。踊り子は軽蔑したようだ。


 サキュバスのミナミちゃんが胸の谷間を見せてくる。やめてくれ。BLTは鼻の下を伸ばしている。田中一浪はだんまりを決め込んでいる。見るからに暗い。


 聖女のフィオナが妄想から帰ってきた。


「王様ゲーム、しよっか」

「いいねぇー!」

「いえーい」


 王様ゲームとは割り箸などにくじで王様と参加者分の数字番号を書き、籤を引く。王様の籤を引いた者は数字番号を指定して王様の命令を言う。命令された数字番号の者は王様の命令を聞く。王様の命令は絶対服従である。

 飲み会の定番レクリエーションで、かつて数多あまたの挑戦者たちが夢とロマンをここに持って来ては散っていったのだ――。


「じゃあ、籤ができたから、やろー」


 全員が籤を引く。


「王様、誰だ!」

「あ、あたし!」


 踊り子の渚が王様だ。1番、田中一浪。2番、ミナミちゃん。3番、フィオナ。4番、イカ。5番、BLT。


「3番とぉ……5番がぁ……」


 一同の視線が複雑に絡み合い、渚に集まっていく。


「カバディする!」


 BLTとフィオナが向かい合う。


「カバディ、カバディ、カバディ、カバディ、カバディ……」


 BLTの攻撃だ。なんやこれ――。イカは呆然とした。


「よっしゃー!」


 BLTが得点したようだ。


「じゃあ、次ね。次」


 渚がくじを拾う。


「王様、誰だ!」


 うたげは続いた。この後も、腕相撲、デュエット、ポッキーゲーム、二人で百物語など様々な王様の命令が下された。そのたびに彼らは壁を乗り越えていった。感動的な場面に涙する者もいたほどである。美しいこの世の奇跡であった。


 田中一浪がお手洗いに席を外した。


 女性たちは耳打ちでなにかひそひそと話している。こちらからは聞き取れない。BLTが口を開いた。


「みんなはどこで出会ったの?」

「私の劇場にフィオナとミナミちゃんが来てくれたんだよねー。何で?」

「珍しい組み合わせだから、かなぁ」

「そんなに珍しくないよぉ」

「あはは、そうだね」


 田中一浪が席に戻る。なぜか服がはだけている。BLTは田中に尋ねた。


「田中、どうしたんだ? それ」

「いや、大丈夫ですよ」


 見るからに大丈夫ではない。十字の大きな傷が胸元にある。そして痩せてみえた体はどこか筋肉質で女性たちの視線を集中させた。


「田中君、ちょっとぉ……。エロいんですけどぉ……」


 渚が田中をちらちら見ている。


「――そうですか?」


「田中君さ、なんか雰囲気が変わったね……」


 フィオナがもじもじしている。


「――そうですか?」


 イカは昨日のことを思い出していた。BLTが呼んだ、あの冴えない男――田中一浪――は月光横丁では有名な伝説のナンパ師である。落とした女性は数知れず、お持ち帰りもたびたびで、女を切らしたことがないのだとか。普段はそうは見えないが、本気を出すと変わるという噂だ。その本気とはそもそも何なのかは分からない。

 フィオナがシスター服を脱ぐと、キャミソールだった。谷間を強調させる。いよいよ、狩人が本気を出してきたと言ったところか。

 田中一浪はうつむいたままだ。眠っているのかと顔を覗き込むと、顔が真っ赤だった。田中一浪はフィオナの胸元に視線が釘付けになっている。こいつも男の子だったんだね。丸眼鏡にひびが入った。

 そこからは一瞬の出来事だった。テーブルが物凄い音を立てて飛んでいった。女性たちが目を丸くしていると、田中一浪が巨大な狼男に変身した。月は丸い。ちょうど今日だったかとイカは妙に納得した。


 咆哮ほうこう。遠吠えのように――。


 女性たちは何故か田中一浪に目が離せなくなっている。胸が高鳴るのを抑えられない。これが田中一浪のスキルである。うっとりとした彼女たちは酩酊めいていしているように見えた。

 田中一浪が彼女たちに襲い掛かろうとした。


「あっ……」


 イカは触腕で田中一浪を押さえつける。


「BLT、黙って立ってないで! こいつ、女の子たちを食べる気だ」

「わ、わかった」


 BLTがクナイを構えた。イカと狼男との力比べだ。両者は一歩も引かない。狼男にBLTが小さいダメージを与える。


「渚ちゃん、早く逃げて!」


 BLTは振り返った。


「――って居ねぇし!」


 席には誰も座っていなかった。イカとBLTは田中一浪を元のオタク青年に戻すのに小一時間奮闘した。

 ほんとうにやれやれな日だ。

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