第5話 相棒
「1、2、3……」
ピリピリとした緊張感が辺りを包む。開始の文字を冒険者たちは一斉に確認した。彼らは龍へと
龍の注意が彼らに向く。彼らの頭上に注意の字が並ぶ。龍は口から爆炎を吐く。炎が彼らを襲う。盾から
龍が炎を吐き終え、次なる炎を吐こうとする一瞬の隙を突いて、魔導士が地面を踏みしめる。槍使いが
「ミストルティンの槍!」
――神を殺した槍である。その一撃は龍の腹を引き裂く。龍は呻き声を上げた。
「神獣鏡」
魔導士がそう言うと、大きな鏡が魔導士の前に現れる。そこから白虎が飛び出し、龍の喉元に喰らいつく。
さらに様々な光の線が飛び交い、つぎつぎと龍へダメージを与えていく。龍はのたうち回りながらも、目に宿る強い怒りは消えない。龍が一息、炎を吐き出す。白虎が炎に呑まれる。
魔導士の後ろに控えていた青い鉢巻をした黒髪の女が叫ぶ。
「カヤコロノチウ!」
空を見ろ。空が一層暗くなり、光を帯びた星がいくつも降った。龍の背中に星が当たり、龍の体が地面に落下しそうになる。
隣にいた陣形からも攻撃が始まる。
「
青い
「回転疾風脚!」
「悪は
「魔眼の
攻撃は続いた。イカはその様をずっと見ていた。
――――なんて、自由なんだろうか。イカは感動している。
龍がだんだんと弱ってくると盾を持った男達が龍へとにじり寄る。炎の勢いも弱くなってきた。彼ら――重戦士たちは背負った剣を抜いた。剣を遠心力に任せて、振る。龍に斬撃がぶつかり合い、凄まじい衝撃波となる。
龍は吹き飛ばされた。
クエスト達成の文字が出た。冒険者たちは汗を拭う。重戦士たちは
いつの間にか消えていたBLTはイカの隣に帰ってきた。
「BLT、戦ってた?」
「た、戦ってたさ……! ちょいと
BLTは鼻の穴を膨らませた。その様がどこか可愛らしい。イカは悲しげな表情をした。BLTはそれを見逃さない。
「どうしたんだ? そんな顔して」
「神が死んでも、シビュラは帰らない」
それがとても口惜しい。
「シビュラ? ああ、エルフの娘か。
BLTの軽い調子にイカは驚きを隠せない。
「だって、シビュラはあんな目にあって……無念だろうに……」
さらなる言葉が出てこない。悲しい。寂しい。なんでこんなに……。
「随分とNPCに入れ込んでるなぁ。あと半日もすれば元通りになるよ、知っているだろう? リセットがあるから……」
BLTは手を合わせて言った。
「リセットだって? シビュラは、シビュラはどうなるんだ?」
「生き返るに決まってるじゃん」
「へ?」
「何、そんな深刻な顔しているんだ? NPCだ。心配するなって」
BLTはあははと笑う。何がどうなってる? リセット? 生き返る? それにNPCって何だ? イカは困惑している。
BLTの話では半日すれば村も弟エルフも、シビュラも全て元通りになるらしい。イカは胸の奥に動かしがたい奇妙な感覚を抱いた。それが何なのかは今は分からない。
冒険者たちが散り散りに解散していく。彼らはどこへ行くのだろう。イカは興味をそそられている。
イカはBLTと一緒にエルフの村へと戻った。BLTはいい奴だと思った。だからこれからすることもきっと受け入れてくれる――。
エルフの遺体をすべて土葬した。墓を作り、エルフの村人全員を
弟エルフはたくさん怪我していた。包帯を巻き、傷口を止血し、消毒した。まともに走れるようにはもうならないだろう。でも、そうしてやることが大事だとイカは思った。
リセットが始まる30分前、イカはシビュラが元に戻ることを考えた。彼女にもう一度だけ会いたかった。そして抱きしめてあげたい。ありがとう、とだけ言いたい。そこまで考えてイカは気がついた。そのシビュラはシビュラなのか、と。リセットされたシビュラは間違いなくシビュラに違いない。
でもイカが会いたいのは前のシビュラだった。
共に同じ寝台で眠った安らかな少女だった。
あの
魔法を学ぶ健気な少女だった。
優しいシビュラに会いたい。
それだけだった。
BLTはこうも言った。クエスト「巫女の慟哭、神の怒り」はこれで四度目だと――。
四度も、四度もだ! この世界は彼女の笑顔を奪ったというのか? イカにはそれが許せなかった。そしてまたこのクエストは繰り返されるという話だ。
彼女を痛めつけて、殺して、回っていく、動いていく世界だ。なんて残酷なんだ。
そして、また彼女を失う悲しみを、もう一度背負っていく勇気がイカにはなかった。
何度だってイカは彼女に恋をする。
そしてその恋は、さっきのような悪夢で終わる。心なんてなければ良かったのに。イカはNPCという概念を理解し始めていた。心のない世界の操り人形だと気づいたのだ。イカも自分がNPCになれれば良かったと心底思った。それは叶わぬ願いだ。
イカはひっくり返されたテーブルを直した。血をタオルで丁寧に拭き取る。入念に汚れを落とした。彼女の本を棚に戻した。食糧庫は空っぽだった。盗賊が持って行ったに違いない。イカはぐっとこらえた。
割れた窓ガラスを拾い、紙にくるむ。衣類は几帳面なほどに綺麗に畳んだ。彼女の服はずたずただった。
家をすべて片付けて、イカはBLTに告げた。
「俺を広い世界に連れて行ってくれないか?」
BLTは噴き出した。
「それ
イカは顔を赤らめる。
「こ、これは……どうすることもできないんだよ。で、どうなんだ?」
BLTは親指を立てて言った。
「いいぜ。でも今よりもっと辛い出来事がお前を待ってるかもしれない。それでもいいのか?」
きっと全てを見てきたBLTはイカを試している。この一言は契約の言葉だ。
「行こう」
イカは心を決めた。夕日が村をオレンジに染め上げていく。弟エルフが後ろに立っていた。
「お前……旅立つのか?」
「ああ」
五秒にも満たない沈黙。弟エルフは名残惜しそうに言った。
「……ってるから――」
「へ?」
「待ってる! 待ってるから――。いつだって帰ってこいよ。お前は俺の家族なんだから!」
一生懸命に張り上げた声だ。
その一言がイカには
弟エルフの姿は消えていた。村の住居に明かりが灯り始める。
世界が回復し、再構成されたのだ。
――――リセット。
そうだと気づいて、イカは前を見た。イカの目の前には差し出されたBLTの
イカはBLTの掌を掴んだ。新しい世界の始まりだ。
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