第4話 復讐せよ!
激昂したイカの姿である。体長は洞窟の一番高いところに届きそうなほどである。
シビュラから授けられた魔力によってイカの体組織は極限まで膨張した。
イカは触腕でつぎつぎと盗賊の男を絞め殺す。バキバキ、ゴリゴリと骨の折れる音がして、苦悶の声が上がる。痛みで小便を漏らすものもいた。黄色い液体が滴り落ちていく。
悲鳴、絶叫。地獄の宴だった。
盗賊団の頭首であるヒュブリーダも恐れ
ヒュブリーダの腕や足に触腕を巻きつける。グイっと引っ張り上げ、持ち上げる。ヒュブリーダの顔は凍りついたまま、目を丸くしている。彼は本気で殺されると思っている。ヒュブリーダの足がぐにゃりと曲がる。凄まじい力だった。
「うわぁぁぁぁ、俺の足、ネジだ。ネジになっちまった」
彼は狂ったように叫んだ。ここで終わらないぞ。イカはヒュブリーダを睨む。続いて手に腕を巻きつけて、折る。パキンという音がして、ヒュブリーダは痛みで涙を流した。
「し、死ぬゥ……。た、助けてくれ。お願いだよォ……!」
イカの耳には声は届かない。ヒュブリーダのウェーブのかかった髪がくしゃくしゃになる。脂ぎった顔から、陽気さが失われていく。見る見るうちに顔が青ざめる。人が死ぬときってこんな感じなんだ。イカは我に返って彼の顔を見ていた。
止めを刺そうとした。ポンっと音がした。突然イカの体は三歳児ほどの大きさになった。
「へ……?」
イカはへたりと地面に落ちた。まるで力が入らない。どうして?
ヒュブリーダは笑いだした。
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! 形勢逆転だなァ!」
下品な笑い声だった。彼は続ける。
「なんだ、てめぇ。魔力切れだなぁ。大事なところで魔力を切らしてどうすんだよ。俺を殺せるはずだったのになぁ。可笑しくて仕方がないぜ」
「く、くそぉ……」
ヒュブリーダはイカを蹴り飛ばす。イカは地面を転がっていく。足を引きずりながら、彼はイカに問う。
「お前、低級悪魔か? 見たことないぜ。何しに来たんだ?」
「おまえはシビュラを殺した。お前を殺す」
「シビュラ? 誰だ、それ?」
ぽかんとした顔でヒュブリーダは言った。
「お前が殺したエルフの娘だ……! 忘れたとは言わせないぞ」
「ああ、あの娘か。食べ頃で良かったぜ。みんなで
イカは怒り狂った。
「お前ぇ、ころす……!」
ヒュブリーダはイカを踏んだ。ぐにっとイカは潰れた。涙が出てくる。シビュラを殺したこいつを許しておけない。なのに、力が出ない。こんなにも力が欲しいのに。力が欲しい、力が欲しい……。イカの体から力が抜けていく。
「そうだなぁ。お前を捌いて、今日の夕飯にするぜ。焼いて食うかな? 揚げて食うかな? あひゃひゃひゃ」
イカ揚げだと? そんな郷土料理は作らないでほしい。せめて衣は必要だろう? イカは言葉にならず無言で訴えかける。イカの意思はヒュブリーダには届かない。ヒュブリーダはポケットからナイフを取り出し、イカに向けた。
「じゃ、おつかれさーん」
死ぬ……。イカは目を閉じた。
シビュラとの楽しい日々が蘇ってくる。これが走馬灯というやつか。シビュラが笑ってくれて、それだけで幸せだったのに。
君がいてくれたから――。
私は、俺は、イカは――。
再び目を開けるとヒュブリーダの足が見えた。まだ死んでいない。イカは生きていた。見上げると、ヒュブリーダの顔は凍りついたままだ。目をかっと見開き、ぴくりとも動かない。
絶命している? イカは気がついた。ヒュブリーダの心臓にクナイが刺さっている。黒く美しいこのクナイはどこから飛んできたというのだ。
イカは背後を振り返り、睨んだ。
黒い服装に身を包んだ忍者がそこにいた。忍者は意気揚々に言った。
「ひゃっほうー! これでがっぽり儲けたね、明日から玉ねぎの入ってないピザトースト漬けの毎日から脱却できるぜぇ!」
え、なに、なにもの? こいつ。新キャラ? ここにきて? イカは困惑している。
「おう! あんた、殺されそうになってたんだろう? ありがとうは、無いのかよ?」
気さくに忍者は語りかけてくる。古くからの友達みたいに彼は言った。
「ありがとう……」
「良いってことよ!」
忍者は口元を覆っていた布を外した。若い男のようだ。
「……と、とりあえず傷口を治すから、足をかせよ」
「ああ……」
まばゆい光がイカを包んだ。薬をシュっと吹きかけられた。傷口が治っていく。
「お前さ、ほんとうに無茶しやがって。後をつけてきたんだよね。一人で盗賊団を相手にするなんて無理だろ。せめて三人のパーティーで攻略するような初心者の難所だぜ? いくらなんでも自分を過信し過ぎだろう?」
「あ、ああ……」
イカは彼の言っている言葉の意味が分からない。
「治ったぜ、じゃあ、行こうか」
「行くってどこに?」
「知らないのか?」
忍者は不思議そうな顔でイカを見た。
「お前だって狙ってきているんだろ?」
「だからっ、何を」
「限定クエストだよ」
「クエスト?」
「限定クエスト。
「ハ?」
忍者――BLTと名乗った――は言った。限定クエスト「
クエストは冒険や探索を意味する言葉だと言う。冒険者たちが受ける課題で学校で言う宿題みたいなものだ。
イカとBLTはエルフの村近くの畑に来た。そこにはすでに100人を超える冒険者たちが集まっていた。様々な人種、種族、纏っている服装、持っている武器。その全てがそれぞれ違い、ずっと眺めていて飽きない。
畑の金色の麦が揺れ、雲行きが怪しくなってくる。嵐が来そうな予感――。
BLTは踊るように腰を振った。待ち遠しくてワクワクして止められないといった様子だ。イカは彼を不思議そうに見ていた。
雷鳴が
イカは震えだす。BLTは言った。
「来たぁー!」
雲からそれは姿を現した。
巨大な龍だった。龍の顔は怒りに満ちている。睨まれれば、ただじゃ済まされないだろう。龍は言った。
「巫女を殺した者、出てこい。
イカはじっと龍を見上げていた。嵐はさらに強くなった。風が吹き
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます