Page.10 『功労者は自分じゃない』
「かんぱーい!」
演劇部の舞台が終わったその日の放課後、俺は打ち上げに参加していた。
というのも舞台が終わって一通りの挨拶をしたあとに演劇部の俺の同級生を含めた先輩方は打ち上げの話をして盛り上がっていた。
もちろん俺は完全に無関係というわけではないが、演劇部でもなくて飛び入りで入った人なので何事もなく立ち去ろうとしたのだけど――
「どこに行く気?」
――とまあ、俺の感の鋭い幼馴染さんに止められてガッツリホールドされた後にあれよあれよと打ち上げの参加が決定してしまったわけで……現在、俺は焼肉屋の大広間の隅っこでジンジャエールをちびちびと飲んでいるであります、はい。
「おうおうっ翔や飲んでまっか!?」
関西人かな?
「なんでコーラ飲んで酔ってんだよ貴様は」
「うるしゃい! 酔うのなんてなぁっ! 味のある飲料水と炭酸があればいいんだよぉう!?」
「やけに具体的に言うのやめろや!?」
味のある飲料水と炭酸ってもはやビールじゃん。
昔父さんがビールを飲んでいたのを興味本位で少し飲んだら苦すぎて顔をめっちゃしかめた結果、姉さんと親二人に笑われた覚えがある。
というか子供がビールを飲むと意外と酔いやすいとどこかで聞いた気がしたけど、その時の俺は顔が赤くなることはなくて、特に酔っている感じはしなかったんだとか。まあ、少量だったからというのもあるだろうけど。
「そんなに端っこにいなくてもいいのだぞ? この舞台が成功できたのは君の尽力があってこそなのだからな」
とそこに如月先輩。
「君が急遽入ってくれて本当に助かった。それに君が緊張の解し方を部員に教えてくれたことで誰も最後に悔いの残らない演技ができたはずだ」
「いえ、僕はただ神咲さんとの練習しているうちに台本のセリフを覚えていただけで、神咲さんから誘われず、一緒に練習をしていなかったらあのステージに立つこともなかったと思います」
実際に俺がセリフを難なく暗記して一語一句間違えることなく言い切れたのは神咲さんのおかげだろう。
神咲さんの練習相手として約3ヶ月、ひたすらに台本を覚えていなかったらこんな結果にもならなかったし、何より俺が代わりに担当した役の元の先輩が出ていたら感謝することもないはずだ。
だからお礼を言うなら――
「お礼を言うなら神咲さんに伝えてください。神咲さんのおかげで舞台が成功できたって」
「君は相変わらず謙遜するな。だがな、私は予想していなかったんだよ」
「予想、ですか?」
「そうだ。今の彼女らや彼らを見てみてくれ。誰一人として後悔しているような表情はしていないだろう? 皆楽しそうに打ち上げをしている」
「……」
確かに楽しそうだ。
あのとき、セリフを忘れてしまって焦っていた子も、今は楽しそうに友達と話してご飯を食べている。
「君が謙虚な事に関して私は何も言うまい。でも、君のおかげで救われた人がいるということを君は事実として捉えてもらいたいんだ」
「俺のおかげでねぇ……」
俺のおかげで救われた、確かにその可能性も一理あると思う。
現に公演が終わった後に俺がアドバイスをしたであろう人たちからものすごい勢いでお礼を何度もされたし。
でも、俺は誰かを救う事なんて――
「――できなかったし……」
「何か言ったかい?」
「あぁいえ、なんでもないです」
「そうか。ならもっと楽しもー!」
「うわぁっ!?」
「皆のものー! 今日の主役だぞー!」
「ええ?!」
とまあ、先輩のせi……おかげで無事に演劇部の輪に入ったわけで……ちくしょうめ!
🧊🧊
「つかれた……」
まさかあの後ビンゴ大会をやってからの帰宅になるなんて思ってなかった……しかも景品が5000円分のクオンカードとか、しかもしかも、それをよりによって俺が当てるとか……神よ、何故あなたは俺にばかり試練を与えるのですか……
「なに難しい顔してるのよ」
「あぁ、いやまさか自分がクオンカードを貰えるなんて思ってなかったから……明日から騒がしくなりそうだなぁと」
「まぁ、そうね。飛び入り参加ながらあれだけの演技力を発揮して音沙汰もないって言うのはありえない事だもの」
これは明日一悶着ありそうだな。
「でも、やっぱりいい演技だったわよ。またね」
「え? あ、うん。また……」
あの神咲さんが人を褒めた……?
なんだ、明日は雹でも降るんかな……いや、なんでもない。うん、なんでもない。
もし口にしたら神咲さん察しがいいから何されるか分かったもんじゃないし、何より神咲さんを氷姫のように扱わないって決めたし。
でも、珍しいから少し気分上々だなぁ……。
🧊🧊
次の日、案の定俺はクラスメイト達から囲まれて、質問攻めにあいました。
あまりにも人が多すぎて大人数に慣れていない俺は途中でぽっくり倒れてしまって――
「あぁ頭いてぇ……」
この様に保健室に搬送されました。
不服極まりないです。
嘘です。
俺が人なれしてなさすぎるのが悪いです。
というか真、運んでくれるのはいいけど、さらっと横の机に飴玉の山を作るのやめてもらえませんかね?
これをいつ食べろと?
てか、先生が来たらどないしてくれんねん。保健室飲食禁止やぞ。
あ、スポドリはオーケーでした。
「はぁ……神咲さんっていつもあんな感じの中心にいんのか……」
素直に尊敬する。
俺は大人数に慣れていないから今回のような結果になったわけで、まあ、大人数に慣れていたとしても人見知りがゆえにどのみちこうなっていたと思うけど、神咲さんはそんな中を一人でやり切っている。
相当な苦労もしているだろうに、疲れない程度に笑顔を作りつつ、一人一人の話を聞き逃すことなく返事をして、男子から誘いも絶対零度の目をしてから断って、それを繰り返して、勉強も運動も手を抜かない。
触れどころのない彼女が俺は凄いと思ってしまう。
おそらく神咲さんからすれば努力をするのは人として当たり前のことで、努力をするから人は報われると論破されそうだけど、神咲さんはみんなが頑張ってやっと手の届くことを一人で誰にも頼らずに淡々とこなしている。
「疲れないのかな……」
そんな考えは無粋なのかもしれない。
――
「ん……んん……」
あれ……、あれからどれくらい寝たんだ……?
というか何か手が冷たいような……何かに握られているような……
「誰……?」
「目、覚めた様ね」
「あれ……神咲さん……なんで……?」
「もう放課後よ。早く帰らないと保健室の先生にも迷惑でしょう」
「うぇ!? 放課後!?」
どうやらかれこれ3時間近く寝ていたらしい。
「はぁ……よくもまぁ保健室で熟睡なんて出来るわね。おかげで先生も困ってたわよ。あまりにも気持ちよさそうに寝ているから起こさないでおいてくれたみたいだけど」
「まじか……え、じゃあ授業は……」
「もちろん欠席扱いね」
わ~終わった~
この学園の授業は一回欠席するだけでも単位に結構響いたりする。
というのもテストの8割が学校側が出す問題で、授業で習ったことは基本的に2割程度で、それだけだと成績が付けられないために授業の出席は必須なのだ。
つまり他教科を3時間分欠席した俺はかなりピンチでございます。
はい……
「まぁ、先生も理由は知ってるから課題をやってくれれば成績免除にするって言ってたわよ」
あれ、泣きそう……この学園に入ってよかったと今初めて思った。
🧊🧊
翌日、すっかり体調が回復したから神咲さんに渡された課題を速攻で終わらせて担任の先生に提出したら、あれよあれよ俺の知らないところで話が進んでいて、理事長(姉さん)からこの前の演劇の表彰されて、俺は苦笑いをしながら受け取った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます