page.8 『初恋の少年と氷姫』

「ねぇ、かけるくんは私の事好き?」


「うん、好きだよ」


「私もかけるくんのことが好き!」


「もう今日で何回目だよ」


「いいの! かけるくんが好きだから何回でも言うの!」


「はいはい。みーちゃんは元気だね」


「うん! かけるくんと一緒にいる時は元気だよ!」


たわいも無い子供の会話。

ずっと一緒に遊んでいた翔くん。

当時の私たちは自分の漢字を書ける歳じゃなかった。


だから翔くんの漢字を知らなかったし、翔くんも私の漢字を知らなかった。


だから私たちはお互いをあだ名で呼ぶようにした。


けど、翔くんはあだ名で呼ばれるのが違和感しかなくて名前呼びでお願いと言ってきた。


だから私は彼のことを翔くんと呼んでいた。


代わりに翔くんには私の前の苗字、宮城の頭文字、『み』をとってみーちゃんと呼んでもらっていた。


毎日が楽しかった。


ずっと遊んでいたくて小学生ながらも遅い時間まで遊んでいて親に何度怒られたことか。

そんな時は次の日に公園で集まって愚痴を言い合っては変な歌を歌ったりして大笑いしていた。


お互いにその公園が近いのもあって毎日会うのなんて造作もない事だった。


けれど私はある日を境にその公園に訪れることが出来なくなった。


翔くんに何も言わずに私は引っ越した。


翔くんは突然いなくなった私をどう思ったのだろう……嫌いになっちゃったかな……もう忘れられてしまったかな……そんなことをあの日からずっと考えている。


けど、もう無理な話だと悟った私は翔くんを忘れるために、翔くんと他の男の人を重ねないように、自分の感情を隠してしまった。


そして結果的に氷澪の女王と呼ばれるに至った。


でも、それでいいと思った。


他の男に興味なんてないし、私に下心のあるやつなんて酷い目を見ればいいと心の底から思った。


翔くんみたいな紳士は私の人生の中に――二度と現れない――


「白雲翔です……えっと、趣味は読書と散歩です……よろしくお願いします」


運命だと思った。

私がずっと探し続けてきた翔くんが目の前にいる。


いや、もしかしたら名前が同じだけの同性かもしれない。


でも、翔という名前、何より翔くんの苗字は白雲だった。


そして彼は初めて会った人にのみ人見知りを発動する。


あの挙動不審な感じは翔くんにそっくりだ。


だから私は彼をもっと近くで見るために朝の電車に、いつも同じ場所に座っている彼に近づいた。


「隣、座っていいかしら?」


「……え? あ、うん。どうぞ……?」


私のバカっ!

せっかく隣に座れるのに何冷たい感じて言ってるのよっ!


役3年間、氷みたく冷たい態度を取ってきたからそれが自然と定着してしまった。


きっと翔くんは困惑しただろう。

いきなり学園のマドンナから声をかけられて、しかも隣に座っていいかと聞かれたのだから。


でも、そこで困惑しつつもしっかりいいよと言ってくれるあたり優しいのは変わってないんだなと思った。


私はこんなにも変わってしまったのに……君はずっと、ずっと昔のままなんだね……羨ましいなぁ……かっこいいなぁ……でも、翔くんは気づいてないよね、私がみーちゃんだってことに。


仕方ないか……私の苗字は神咲になったんだもん。それに昔と違ってやんちゃじゃないし、我儘なんて言わなくなったんだから。


けど、私は彼に不思議な感覚があった。

別人のはずなのに、どこかかけるくんに近い雰囲気があって、彼がかけるくんのはずがないと確信できない自分がどこかにいた。


時折隣から向けられる視線に不意にも心臓がドキッとなる。


疑問符が頭の上にたくさん浮かんで、だんだんと早くなる鼓動がうるさいと感じてしまう。


だから――


「なに?」


私はわざと目を合わせてそれを誤魔化すことに決めた。

それ以外の方法が見当たらなかった。


「べ、別に……」


あ、目逸らされちゃった……またやっちゃった……私のばかっ!


そんな意味も込めて私は呟いた……


――バカ、と


🧊🧊


「――私は、君の隣で笑っていたいよ……っ!」


「うん……っ俺もだ……」


最後のシーンが終わり、講堂内には盛大な拍手が巻き起こった。


最後まで全力でやりきった。

練習どおりにもやれたし、それ以上のことも出来た。


だからこそ彼には感謝したい。

私の練習相手になってくれて、私の無茶振りを聞いてくれた彼に今は感謝を伝えたい。


全部が全部上手くいったわけじゃない。トラブルももちろんあった。

そんな中、1人だけただ1人だけそのトラブルに物怖じしない人物がいた。


それが白雲くんだった。

緊張のあまりセリフを抜かしてしまった役の子のセリフを必要な部分を完璧に抜き取り、簡潔にまとめて再び言い直してからの自分のセリフへ合流。


そして時折台本にない動きで緊張している役の子の緊張を解したりと、裏方に回りつつ自分の役は完璧にやり遂げている。


こんなにもアドリブで対応できるのは彼が記述問題、成績1位の実力を有しているからだと思う。


台本の内容からそれぞれのキャラの特徴、言い方、言いそうなセリフを全て把握して本番に活かせる対応力とアドバイス力をこの2時間の間に止まることなく発揮させていた。


まさに主人公だった。


初めは私に視線を向けていた生徒が自然と白雲くんに集まっていくのを感じた。


舞台袖ではまさかの演技力を見せつけた白雲くんを演劇部の部長さんが褒めちぎっていた。


当の本人はそんなことないですと謙遜しているけど、間違いなくこの舞台の最大の功労者は彼で、一番の主人公だと思う。

まあ、元の役柄が主人公役だったのもあるからか一番輝いていたのかもしれない。


それでもあの演技力は私も度肝を抜かれたのは確かだ。


「お疲れさま、神咲さん」


「ええ、お疲れ様」


「いやー大変だったねぇ。まさか俺が演劇をやるとは――ふにゃ!?」


「……」


なぜか無言のまま頬をぐにゃぐにゃされて何が何だかわからないけれど、どことなく神咲さんが真剣そうな目をしていたのもあって俺は抵抗をやめた。

とはいえ周りに人がいるのにこんなことをするって、神咲さん意外と恥知らず?


そんなわけないか。

多分恥知らずというか恥という物自体ないだろうし、あったとしても人に見せないだけだろうな。


「かんしゃきしゃん……なにすりゅんでしゅか」


「いや、本当に君演技はこれが初めてなのかなと思って」


「初めてだよ。演技なんてそう日常生活の中でめったにしないし」


実際に生活の中で演技をしながらなんてことは一切ない。

学校とかは素の自分が恥ずかしいから少し嘘をついているけど、実際には素が結構出てると思う。


「神咲さんこそ練習以上に上手だったよ?」


「あれは……まあ、あなたが相手だったから慣れてたってだけ。それにあなたが時折アドリブ挟んでヒロインとしての私の立ち位置が目立たなくなりそうだったからで、もっと上手くやらなきゃ行けないから頑張った結果よ」


おっそろしいほどの早口だな。

そんなに俺に褒められるのが嫌だったのか???

いやマドンナの考えることだ、凡人には分かるまい。


「でも神咲さんが全力でやってくれたからやりやすかったよ。ありがとう」


「……っう、うるさいっ!」


あれ、なんで今怒られたんだ?

ってか、神咲さん顔があか――


ぐえっ!?


「か〜け〜る〜?」


「ま、真!?」


待って、肩が! 肩がぁぁぁ!


力強くない!? え、真にこんな力あったか!?


痛いっ! 普通に痛い!


「ま、まことさん、力を……っ」


「神咲さんになーに言ったのかなぁ〜?」


「そ、それは……いたたたっ!?」


か、神咲さんは……あ、目逸らしてる……俺死んだな。


それから1分ほど肩を掴まれたり頬をつねられては羽交い締めにされたり、傍から見たら美女と凡人陰キャがイチャイチャしてる、もしくは虐めを受けていると思われるかもしれないが、周りの視線を見る限りは男子からは嫉妬の視線を向けられて、先輩方からは微笑ましそうな視線を向けられている。


なに、俺って視線で死ぬ運命なの??

嫌なんだけどそんな死に様!?


というわけで俺は抵抗をやめてしばらくの間真にちょっかいをかけられることにしましたとさ。


(うぎゃぁぁぁぁああああ!)

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