Page.7 『王道ラブコメ』

 それからも俺と神咲さんはひたすらにアニメを見直しては実際に真似をしてみたり、お互いにアドバイスとか褒め合ったりして神咲さんが役に張り込むための準備を進めていった。


 もちろん定期テスト対策のために勉強も欠かさずに神咲さんからテスト範囲の問題の解き方を教えてもらいつつ、記述問題に関しては俺は学年1位で神咲さんよりも点数は取れているため、神咲さんに問題の傾向と答え方の方法を教えたりしている。


 初めのうちは俺が神咲さんよりも記述問題の点数が高いのが驚きだったみたいだけど、俺と神咲さん自身の答えを見比べてみた結果、俺のほうがしっかりまとまっていて、的を得た回答をしているらしく腑に落ちたそうで。


 知らぬ間に神咲さんが俺の家にいるのが当たり前になってしまっていた。とはいえ神咲さんが自分の家にいるというのに緊張も、疚しい感情すらわかないのは男としてはヘタレなのかとは思ったけど、神咲さんにはそういう感情よりも憧れの感情を向けてしまう。


 自分よりも努力家で、何事にも全力で挑んでいる神咲さんには密かに憧れを抱いている。


「――白雲くん?」


「え、あ、なに?」


「何って、手、止まってるわよ。あとぼーっとし過ぎ」


「ごめんごめん。で、何だっけ?」


「ここの問題。簡潔にまとめるために必要な語句、どれ拾えばいいの?」


「あーとね、これは――」


 勉強に疲れているのか時折だけど何も考えずにぼーっとしてしまうことが多くなった。神咲さんに憧れの視線を向けているのは事実だけど、集中できてなきゃ本末転倒だ。


「はぁ……疲れた……」


「お疲れ様。かれこれ4時間くらいかしら」


「あぁ……もうそんなに経ってたのか……」


 休みの日は基本的には昼から勉強をしているのだが、お互いに真面目な性格なために一度集中すると時間を忘れてずっと続けてしまう。


 一般男子高校生なら四時間なんて勉強しないでゲームをしたり、SNSを見たりしているんだろうなぁ。


残念なことに俺には一般高校生のような娯楽を楽しめる性格はしていない。

逆に言ってしまえば神咲さんと勉強してるほうが時間を潰せると最近は思ってしまっている。


「白雲くん、意外と集中力あるのね。クラスメイトの中で次のテストの範囲まで先取りしてるのなんて私たちくらいよ」


「まあ、普通の人なら外に出かけたりゲームしたりしてるんだろうけどね。俺は勉強してるほうが性に合ってるんだ」


「確かに、ゲーム機は置いてあるにはあるけどほとんど手をつけいないって感じね」


「あんまり部屋の中見られるの恥ずかしいんだけど……」


同い年の女の子を家に上げること自体が初めてなのに、部屋の中をジロジロ見られるのは別の意味で恥ずかしくなる。

それも学園一の美少女なんて。


そんな見られたくないと思うような大層なものは置いていないのにキョロキョロと見られるのは流石に恥ずかしくなる。


これがラブコメの主人公が思っていることなのだなと初めて実感すると同時にその感情を借りてそっちに全神経を集中させることにする。


「そういえば、来週だっけ? 演劇部との舞台」


「そうね。来週の金曜日よ」


「半日それで潰れるからなぁ……まあ、真に特別枠で招待されたし、見に行くけどさぁ」


「あなたも一応は関係者みたいなものだものね」


「巻き込まれた身なんだけどな、どっかの誰かさんのせいで」


「あら、嫌だった?」


「そんなことないでーす」


「ふふっ」


どこか面白そうに笑う神咲さんにジト目を向けつつ、俺は台所に行って2人分の飲み物を用意した。


どこか自分のやったことで俺を巻き込んでしまったことを開き直って『この私と演技の練習ができて勉強もできるのだから嬉しく思いなさい』と言いたげな感じになってきた神咲さんは、やっぱり氷零の女王様だと思う。


といっても今の神咲さんは氷零の女王というより小悪魔が似合っているように見える。


勉強の疲れから開放されたのか、少し嬉しそうにコーヒーを飲んでいる神咲さんを今は氷姫ではなく一人の女の子なのだなと思った。


🧊🧊


――公演会当日、学園の講堂には多くの生徒が集まっている。


鑑賞は自由なため、一部の興味のない生徒は先に帰宅しているらしいが、それにしても人数は集まっている。


「真」


「お、翔じゃないか〜なになに私に何か用?」


「別にこれといった用はないけど、様子を見に来た」


「あ、そういえば私が翔を特別枠で招待したんだもんね」


「んな大事なこと忘れんなや」


「えへへごめんて」


衣装を着ながら鏡の前で髪をセットしている真はいつもと違う雰囲気がする。


衣服1つでここまで印象って変わるもんなんだな。

この舞台で真は主人公に恋をするヒロインの恋敵として立ち塞がる。


キャラの設定としては主人公に憧れた彼女(真)は次第に主人公のことを好きになる。


ただ、臆病な性格の彼女は中々思いを伝えられずにいた。


そんな中にふと入り込んだヒロインである神咲さん。初めはヒロインは主人公のことが好きではないと確信していたのだが、ヒロインが主人公と幼い頃に別れた幼馴染だということを知り、お互いに両思いであることを確信する。


そんな彼女に――


「まあ、頑張れよ」


「ん? どしたん急に翔らしくない」


「悪かった俺らしくなくて」


「そんなに怒りなさんなって。でもあんがとやる気出た」


「なら良かった」


単なる特別枠として招待されただけだが、幼馴染というならこれくらいは許容範囲だろう。


さてと、声もかけ終わったし俺はそろそろ撤退しようか――


――ガチャッ!


と、思った矢先に誰かが慌ただしく準備室に入ってきた。


制服の色を見るからに2年の先輩だった。


「どうしたんですか? 先輩?」


「すまない、今連絡入って主人公役の桐山が出れなくなった!」


「え?!」


桐山って確か……主人公役で神咲さんの相手役の先輩だよな……ってか2年の先輩がそう言ってるんだから間違いない。


「どうするんですか先輩? 今から代役を探すにしてもリハなしで本番なんて任せられないですよ」


「うーん……最悪部の中から1人だす、のも致し方ないけど、それだと神咲さんに申し訳ない……」


突然別の人と練習もなしに合わせられるかとなれば五分五分と言ったところだろうか……神咲さん曰く相手役との練習は昨日行った打ち合わせに合わせてリハーサルのみとのこと。


打て無しだ。


「他に誰か適任は――」


「それなら彼に頼んでください」


「「え?」」


先輩と真がキョトンとした顔で声のした方を見るのに合わせて俺もそちらへ目を向けると、そこには神咲さんが立っていた。


どうやらメイクや衣装の着付けを終えてこちらに来たみたいだ。


「か、神咲さん彼っていうのは?」


「彼って、この中で男子はこの人しかいないじゃないですか」


「え、俺?」


「君以外に男子がどこにいるのよ」


「っすね」


まさかの俺指名だった。


確かに神咲さんの練習相手は何度もしているし、台本も全部頭に叩き込まれている。


今から出ろと言われたら難なくこなせる可能性はゼロではない。


でも――


「そ、そんなの無理よ。素人に任せられる程の舞台なんて作れない」


「彼の実力なら私が保証します。放課後に私の練習相手になってくれていたのは彼です」


「君が……」


「ええ、まあ。神咲さんが演劇部に顔を出せない分家で練習相手をさせてもらってました」


「台本の中身は?」


「覚えています。ちょっとした無茶ぶりくらいなら対応も出来ると思います」


「……先輩、時間は無いですよ?」


「そうね……よし、仕方ない。今は君を頼らせてもらう。名前は?」


「白雲翔です」


「白雲くんね。早速準備するから着いてきて」


先輩に言われるがままに俺はどこか別の場所に連れていかれた。


🧊🧊


「やっぱり翔だったんだ練習相手」


「ええ。おかげで演技力を高められた気がするわ」


「でしょ〜? 翔、昔俳優ごっこやってたんだよね〜それも同い年の女の子と」


「篠崎さんのこと?」


「いーや、違うよ。翔のやつ一向に話してくれないんだよねー、なんか話したくないとかなんとか」


「ふーん……」


私にはかつて中のいい同い年の男の子がいた。

私よりかは静かで、少しクール系な男子だったけど、やんちゃだった私の我儘に嫌な顔1つせずに付き合ってくれた。


そんな彼が私は好きだった。

幼い子供の恋愛感情なんていずれ冷めるものだって私は思っていた。


でも一向に覚める気配のないその感情を私はただの幼い恋心としては呼べなかった。


私は彼が好き。今すぐにでも結婚して我儘をたくさん聞いて欲しかった。


でも――そんな思いはすぐに打ち砕かれた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る