page.6 『理不尽を楽しまなきゃね』

――さて、朝は登校中にMP《メンタルポイント》をゴリゴリに削られた挙句に【】と【】の二段構えのとどめを無事に食らって精死を達成した俺なわけだが、どういうわけかそのあとの氷姫こと神咲陽向葵かんざきひなたさんの機嫌は一向に直ることなく教室の中だけ冬かなと勘違いしてしまうほどに冷え切っていた。


そして残念なことに俺は神咲さんの斜め前、つまりはその日の授業は一日何やら冷めた……鋭い視線が背中に突き刺さっていて、一向に授業に集中するどころか肩を竦めて過ごしていたために肩がものすごく痛いんですよねぇはい。


そんなことはどうでもいいとして、俺は現在進行形で肩を竦めて椅子に座っています。なぜならいかにも不機嫌そうな絶対零度の氷零の女王――すみません神咲さんが目の前に足を組んで座っているからです。


できれば足を下ろしてくれると助かるのだけれど、なぜって目のやり場に困るからさっ!


「そ・れ・で・君はなぜ私の写真を保存しているのかな?」


「えっとぉ……事情がありまして……」


「事情ねぇ……私に秘密権はないのかしら?」


(どう答えろちゅうねん……あ、勘違いしないでほしいのは神咲さんは何も自己中な発言はしてないからね?? 悪いのは僕なので)


とかどこの誰に話しかけてるのか分からないことを頭の片隅で考えつつ神咲さんの機嫌を更に損ねないような言葉を生成する。


もとはといえば俺が全部悪いのだ。


朝、電車の中で昨夜に真から借りた写真を見ながら考え事をしていた時に神咲さんがまた俺の横に座ることを予想していなかった俺は画面をつけっぱなしの状態で上の空になっていた。


結果的に神咲さんは俺の近くに来た時にスマホの画面を直視、そこで俺が神崎さんを盗撮したと思われて言い訳が思いつかずに焦っていると何も言わずに隣に座った神咲さんが不機嫌になってしまったということである。


そりゃあ信じてた人が盗撮していたなんて知ったら不機嫌になるのもうなずけますわ……それにいいわけだろうと事情を説明してくれなかったのだから不機嫌度が上昇するのは間違いないわけで、今に至る。


「はぁ……理不尽に怒ってしまったことは謝るわ。だからこそ君にはちゃんと説明をしてもらいたいの。あの写真の意味をね」


「えっと、実のところ神咲さんが演劇部の舞台に出演することが下手していたらバレていたかもしれないって感じかな」


「え? 待って、私が舞台に出るって白雲くん知ってるの!?」


「あ、まぁうん。真……篠崎さんが演劇部だから教えてもらったんだ」


「あぁ……そうね、あなたと篠崎さん幼馴染だものね。それで、その写真は誰からもらったの?」


「篠崎さん。実際には篠崎さん経由で俺のもとに届いたって感じかな」


「ああ、そういうことね……ってことは篠崎さんから言われなかったら知らなかったってことよね? 」


「まあ、そうなるね」


俺が頷くと神咲さんはこれまでに見たことがないと言うくらいにぽふっと顔を真っ赤に染めている。


トマトかな。


だが、実際に昨夜、真から写真のことを言われなかったら俺は神咲さんが演劇部の手伝いをするということは知らなかったのは確かだと思う。


おそらく知られることがないと思っていたからなのか、神咲さんは見るからに頭から湯気が昇っていそうな程に顔を真っ赤にしている。


普通に可愛いと思ってしまったのは普段の神咲さんから想像がつかないからだろう。


「えっと……俺は帰っても?」


「ダメに決まってるでしょ」


「ですよねぇ……」


さてと、早いところ帰宅してしまいたいけれど、神咲さんが怒っていて、まだなんの解決策も見いだせてないってことは帰ることが出来ないのは当然……いや、最速で解決策を提示すれば――!


「白雲くん。本来なら秘密になっているはず情報を知ってしまっているのだから言い逃れは出来ないのは確かよね?」


「あ、はい。そうですね」


「なら、それを黙ってるのは当然として、私本番までに上達しておきたいの」


演劇部の舞台は約3ヶ月後。

演劇部は放課後に部室で練習が出来るが、部活に所属していない神咲さんは部室に顔を出すわけには行かない。


つまり練習時間は放課後の誰もいない教室、もしくは家でとなるが、神咲さんの性格からして夜に声を出して練習は近所迷惑になるから出来ないと思っているはず。


おそらく家では台本の暗記に時間を使っていると思う。


というかまだ学園生活が始まってから1ヶ月しか経っていないのに演劇部のシークレット役として呼ばれるなんて、神咲さんどんだけすごい人なんだ……


「えっと、つまりはどういうことで?」


「私の相手役、演劇部の先輩で舞台の内容は知ってるわよね?」


「一応、真から大まかなことは聞いたよ」


「なら話は早いわね」


まさか――


「白雲くん、私の相手役の練習相手になってちょうだい」


予想した通りの答えが返ってきた。


神咲さんの練習相手、男子なら全員が喜ぶはずのものなのに、俺は喜べずにいた。

理由は簡単なものだ。


――神咲さんは超真剣

――やることには本気で挑む


真面目な性格の神咲さんは適当を許さないはず。

そんな神咲さんの意志を無下にするようなことはしたくないと思ってしまった。


なら、俺の返答は決まっている。


「分かった……できる限り尽くすよ」


「ノリがよくて助かるよ」


ここで断ったら何されるかよく分からないし、それに真曰く神咲さんは演技未経験らしい。


なら一人で、誰もいないところで、練習するよりは誰かしら練習相手になった方がいいと思う。


教室で練習をすれば今回みたく誰かに見つかる可能性も極端に少なくなる。


それに、俺には下心がないのを神咲さんも分かってくれているようだ。


なら俺に出来ることは全力でやれるだけのことをやるだけである。


―――――――――――――――――――――

「――私は、君の隣で笑っていたいよ……っ!」


「……嬉しいよ……」


あれから1週間、俺と神咲さんは俺の家で練習を繰り返していた。


今回の舞台のストーリーは王道と言っていいほどのラブコメ要素満載の脚本だった。


脚本を担当したのは演劇部の将来ライトノベル作家になりたいと言っている部員らしく、俺も自室に数え切れないほどにライトノベル(略してラノベ)を置いていて、ラノベ大好き人間としては内容的にはめちゃくちゃ面白いと思った。


小学生の頃に突然姿をくらました女の子が高校になって学園一の美少女として主人公の目の前に姿を現した。


初めはそれがその時の少女だとは気づかなかったが、同じ学園で生活しているうちに主人公はその少女が、今目の前にいる学園一の美少女なのではないかと疑問を持ち始める。


たまに見せる仕草や、口調、困っている時の表情がかつての少女に重なってしまう。


そしてある日、主人公はヒロインに対してかつて長い間一緒に遊んだ少女がいたこと、自分の初恋相手が彼女であること、昔話に浸るように話した。


それを聞いたヒロインは自分も過去に遊んでいた彼が初恋相手で、今でも探していると告げる。


似たような境遇を主人公は偶然として捉えるのには無理があるとして判断し、これまで避けていた公園へ足を運ぶ。


そこにいたのはかつて主人公が恋をした女の子で、昔に2人で乗って遊んだブランコを漕いでいた。


そして――


「めっちゃ王道ストーリーだなこの台本」


「何いきなり」


「ああ、いやこの台本に書かれているストーリーが思ったよりもラブコメの王道でびっくりしたというか」


「へー、そんなに王道なのね」


「うん。あ、もしかして神咲さんってライトノベル読まない系?」


「そうね。恋愛物に興味が無い……から、家にもそういった本は読まないわね」


「そうなんだ」


まあ、神咲さんくらいの真面目、というか性格的によっぽど乙女じゃないとそういった本は読まないと思った方が良さそうだな。


けど、ここ1週間で役になりきるためにこの脚本に合ったアニメや小説をお互いに読み漁っていた。


俺含め、神咲さんもかなり夢中に見入っていたから何かしらのコツは掴めていると思う。


現にさっきのセリフ、本当に気持ちが籠っていたように感じた。


というかめちゃめちゃ演技上手いな!?


そりゃあ演劇部の人が勧誘するわけだ。


「まあ、1度読んだり見たりしただけでさっき程の演技ができるなら本番でも大丈夫だと思うよ?」


「もちろんよ。私としてもさっきのはかなり良かったと思うわ」


かなり自信があるみたい。

まあ、あれだけの演技力で自信を持てないなんてことは無いと思う。


「ねぇ、他におすすめのアニメとかないの? もっと高めたいんだけど」


「もちろん。片っ端から見漁ろうか」


この努力お化けめとか思ったけど、神咲さんが努力している姿は輝いて見えた。

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