page.5 『何かが変わる音がする』

「テストお疲れ様」


「うん。お疲れ様」


姉さんと久しぶりに長時間話せて家に帰った時には夜七時を回っていた。

姉さんはというと学校での仕事は終わったからあとは家で仕事をすると言って俺を家送るついでに一緒に帰宅した。


これから夜ご飯を食べるとなると気が引ける為、帰宅途中で姉さんによるご飯を買ってもらって車の中で食べさせてもらった。


家に帰ってからは軽くシャワーを浴びてからベランダに出てみると、音で気づいたのか神崎さんが顔を出した。


横顔がここまで整って見える人ってめったにいないように感じるのは俺だけなのだろうか……というか美人とか漫画だけの世界にしてくれと言ってるだろ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「え!? 理事長先生って君の従姉だったの!?」


「うん。まぁ学園内で知られるとまずいから普段は隠してるけどな」


「ふぇ~意外だな~」


「だろうね。俺としても何で姉さんみたいな人が俺の従姉なのか未だに分からなくなるもん」


「性格といい考え方とかまるで違うもんね」


「俺は自堕落ボーイだからね」


「そう? 君ちゃんと授業は起きてると思うんだけど?」


勉強も運動も平均並みの俺が自堕落じゃないのなら他になんと呼べばいいんだって話になるけど、その辺の感性は人によると思う。


俺は勉強も運動も平均並で努力をしようとしない自分は自堕落以外のなんでもないと思っている。


「そういう神崎さんは授業中もほとんど毎回発言して答えに関しては先生の付けたしょうがないほどに完璧じゃん?」


「まぁ、私は求めるなら完璧を狙うからね。不完全は性にあわないのよ」


「あ〜いるいる、完璧主義者っていう人」


「私はそうじゃないけど……でも、答えが完璧であればそれを見た人にもなんとなくだけど正解を覚えさせることができるでしょ?」


何この人、教師の素質十分じゃん。

多分教育委員会からの採用試験受けたら満場一致で採用されると思う。


今からでも教師を目指せる権利はあるぞ神崎さん。


とか俺は口にせずにお口チャックしておく。


「神崎さんが先生だったら生徒はみんな楽しんで勉強できそうだね……」


「……」


「神崎さん?」


「ご、ごめん……暑いから部屋入る」


そういうと神崎さんは足早に部屋に入ってしまった。

何か変な事でも言ってしまったのかと思ったけど、心当たりないし、単に暑くなったから入ったんだろうな。


俺もそろそろ寝る準備しよ。


とか思っていたらどこぞの幼馴染さんから電話がかかってきた。


『かけるー!!」


「うっさ! 声がでけぇわ!」


『ごめんごめん。急用があって』


「急用?」


『そそ、神崎さんについてなんだけど』


「なんでまた真が神崎さんにあるんだよ」


『いやさ~今写真送ったから見てほしいんだけど』


「分かった」


シャンって何のことだと思って送られてきた写真を見てみると――


「なんだこれ!?」


そこには教室で一人で本を片手に何やらもう片方の手で目を拭っている神崎さんが映っていた。


これは……泣いてるのか……?


大体人が目を擦るのは目の中にゴミが入るか、涙を泣かして涙を拭う時と決まっているのだが、この写真の神崎さんは椅子に座らずに立ったまま本を片手に持っていることから泣いているという可能性の方が高くなる。


「これがどうかしたのか?」


『この写真自体には何の問題もないんだけどさ、神崎さんの持ってる本みたいないやつ、今度演劇部のやる演劇の台本なんだよね』


「まさか、その演劇の出演者の人って……」


『そう。神崎さんも入ってるの』


真は演劇部の部員で将来の夢が役者になることだ。

そして今度一年生の新人発表会も兼ねて行われる演劇部の公演会の第一弾が近々あるのだが、張り出されているポスターの出演者欄の中に一名だけクエッションマークで記載されいる人がいた。


演劇部の演劇が気になる生徒の間ではいろいろな予想が飛び交っていたけど、答え合わせは当日にならないと分からないという仕掛けになっている。


そして、肝心なのはそのポスターに神崎さんの名前が載っていないのと、何の役をやるのかが記載されていないことだ。


一見それだけならどうってことないと思うかもしれないけど、今真から送られてきたこの写真を見る限りとてつもなくまずい状況だ。


「これ回ってきたのは俺のところだけ?」


『うん。この写真を撮った友達が先に私に見せて来て、すぐに写真を消してもらうのと、絶対に広めないようにお願いしたから大丈夫。あと、その友達絶対嘘はつかないから信用できるよ』


ならひとまずは拡散される心配はない。

真の友達も真に報告してきて頼みを聞き入れてくれる人で良かったと思う。


俺はこのことを誰かに言うつもりはさらさらないからいいとして、写真を見る限り時刻は夕方、場所は教室となると放課後の可能性がある。


あとは――


「真、この写真いつ送られて来たんだ?」


『えっと……先週の金曜日だね。そのあと誰にも広めることなく持ってたみたいだけど、さっき私の所に送られて来た』


「先週の金曜日……」


先週の金曜日と言えば俺が神崎さんと一緒に下校した日だ。


となると考えられるのはその日の俺が教室に忘れ物を取りに戻る前、つまり――


「真、この写真借りてもいいか?」


『もち。翔の事は誰よりも信頼してるから何か分かったら教えてね』


「分かってるよ。真こそ教えてくれてありがとう」


お礼を一言言ってから通話を切ると俺は金曜日の事を思い出した。


あの時、俺が教室に行ったときに神崎さんは机で寝ていて、不可抗力で起こしてしまった――そのあと神崎さんは【やりたいことがあった】と言っていた。


つまりそのやりたいことっていうのは演劇部の役者の練習。


そしてあの時はスルーしていたけど、神崎さんの目元が若干腫れていた。

そしてこの写真がすべてを物語っている。


神崎さんはあの時、放課後に誰もいない教室で練習をしていて、それを偶然通りかかった真の友達に珍しさという理由があったのか写真を撮られてしまったといったところだろう。


氷姫の涙など普段簡単に見れるものじゃない。

珍しいからと思って写真を撮ってしまうのは俺でも分からなくはない。


ただ、今はその人を責める理由はなしにしよう。

なんにせよカメラに収めた後に思いとどまることが出来た人を責めるのはおかと違いもいいところだ。


それより神崎さんに俺の方から忠告しておかなきゃな……


今日は遅いからもう寝るとしよう!


――そう思ったのが俺の最後でしたとさ――



翌日、いつもの電車の中で俺は――


「……えっとぉ、神崎さん……?」


「なに?」


「いえ……何でもないですぅぅ……」


(え、なんで??? 俺何かしたっけ??? )


なぜ俺の隣にいる女子高生はこんなにも不機嫌なのか、理由は分からない。俺に落ち度があるのか、それとも何か別の事でご立腹なのか、凡人の脳みそをひねっても何の意味もないことは百も承知だけど、現在進行形でそうでもしない限りはどうしようもないこの空気感が少なくともあと15分ほど続くのは間違いない。


今すぐにでも逃げ出したい。

でもできない。


なぜなら――


(服の袖離してもらえませんかね!?)


逃げられない。

今は完全に氷姫と化していた。


周りにいる乗客の人たちも背筋をこれでもかというくらいに伸ばしている。

普段猫背になっている生徒ですらも伸びてしまうほどに物理的ではないけど寒さを感じるのだろう。


申し訳ないと思うと同時にだんだんと袖を掴む神崎さんの指先が強くなっていって、ワイシャツの左肩部分が引っ張られて左だけが窮屈なのは口にしないとして、今は誰にもこの状況を見られたくないという思いが強くなっていっている。


早く学校着いてくれないかなぁこのままだとまたいろいろなものが死にそうだなぁとか思っていると――


【バカ、エッチ】


とかわけの分からないことを言われて学校前の駅到着3分前に高校生活二度目の精死を体験した俺でしたとさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る