page.4 『氷姫と普通じゃないテスト』
マドンナこと神崎さんとの約束をしてから1週間が経とうとしていた。
約束をしてからは夜などにベランダで話し合いになった。
今日あったことや、ちょっとした世間話まで、色々なことを話した。その中で、僕が思ったのは、やっぱり神崎さんは2人だけの会話だと柔らかい表情をしているということだった。
僕とだからと考えるより、2人だけだと考える方が合っている気がしている。(少なくともそう考えなければ俺の心臓が止まりそうだから)
俺としても神崎さんと話しているのは楽しかった。
学校とのギャップ、というか、普段の神崎さんからは想像もつかないような表情で話してくれるため、俺としては下手なことを言わなければいくらでも話せそうだった。
「明日テストだよね?」
「そうだな」
「勉強とかしなくて大丈夫なの?」
「うぐっ……俺は勉強とかしないで本番に挑むタイプなんだよ」
「そんなので点数が取れるはずがないでしょう?」
これまた冷めきったジト目を向けられて俺は肩を竦める。
とはいえ本当に俺は実際に本番に強いタイプで、中学のテストなどは大体授業の内容を聞いてノートにまとめた後に読み返すという作業を繰り返していて、全教科赤点は回避していた。
ただ、勉強することで成績が伸びるというのはあながち間違ってないのだろう。現に神崎さんが学年成績のトップを取っているのだから、その結果には努力が含まれているはずだ。
「ま、あなたの好きにすればいいわ。私にとってはどうでもいい事だし」
「お前ってほんとに冷たいよなぁ……」
「それが私なんだからしょうがないでしょ」
それだけ言って神崎さんは自分の部屋に入った。
俺も続くように部屋に入っていった。
テスト当日、緊張感の漂う教室の中はいつもの賑やかなクラスは何処へと勘違いしてしまうほどに皆がテストに全力を尽くしているのが全身に伝わってくる。
赤点を回避することを目標にしている人、学年トップ30位に入ることを目標にする人、はたまた目標なしに自分の実力を試す人、それぞれの思いは様々で覚悟を決めてテストに臨んでいる。
俺もまたその一人だ。
成績を落とさないように、できれば赤点を回避するために今俺にできる全力を尽くしている。
――キーンコーンカーンコーン
テスト終了のチャイムが教室だけでなく学校中に鳴り響く。
そのチャイムに救われる人はどれだけいるのか俺にはわからないけど、おそらく数多くの生徒は救われているだろう。
征華学園のテストは教科数は主要5科目しかないものの、一つの科目のテスト時間が異様に長い。国語に至っては90分とかザラにある。
東大生でも育てる気かな?
そのため全部を合わせても帰宅する時間は自然と6時は過ぎる。
それでも6時までには家に帰らせてくれるあたり優しいとは思う。
一つ文句を言いたいのはテストの内容が基本的に授業で習った範囲よりも学園側が独自に作り出した問題で6割を占めていることだ。
そのためその日にあった授業を家で復習しようが結局のところそこだけ覚えても6割の点数は逃してしまう。
つまりは授業の復習なんて意味ないってことさ! ハハッ! 畜生め!
とまぁこんな感じでテストの内容はその時時で変わってくるため、点数を獲得するのには記憶力ではなく対応能力が必要になってくる。というのもそれがこの学園の教育方針の一つ――
『記憶で人と語るのではなく、その場において最もな対応力を身に着けよ』
があるからだ。
この学園の理事長である佐倉薫理事長先生はこの業界でも類を見ないほどに自由人と言われている。
気分で学校方針を変えるし、テストの時間を極端に短くするために超難問を一問だけ出して、その問題を解けた人に賞状を渡すなど、その他にも自由行動を取っているがどれも他校じゃ考えられないほどの物ばかりで生徒である俺達だけでなく教師陣も苦労している。
それでもクビになることなく今でも理事長の座につき続けられるのはその自由行動が学園を変える結果になり、運動部の強化、生徒の意識向上、教師陣の教育に対する価値観の改変、ありとあらゆることを成功に収めてきたことで圧倒的な信頼を得ているからだ。
理事長先生は人を見定める力を持っている。
生徒の悩み、辛さ、適正能力、この学園に通う全ての生徒を我が子のように見守り、ときに手を差し伸べて共に解決する説得力と判断力、その力があってこそ理事長先生は心の教育者として認知されいている。
我が学園の誇りといってもいいだろう。
だからこそやめてほしいのはエコ贔屓である。
「もぉっ! なんで私の従兄弟はこんなにかわいくてかっこいいの!?」
「姉さん近いから……」
「やーだ。翔くんは私の癒やしの子猫ちゃんだも〜ん」
そう。
征華学園理事長の佐倉薫先生は俺の従兄弟なのだ。
歳は離れているものの、姉さんには昔からお世話になっていて、この学園に入学するための勉強方法を教えてくれたのも姉さんだ。
ただ、始めようとした時に『入試の答え教えようか?』などと理事長とは有るまじき発言をして俺が困った。
そう、俺がね。
姉さんは満更でもなさそうだった。
実際のところ姉さんは俺のことを溺愛してるのは見てわかる通りなのだが、問題はその溺愛っぷりだ。
スキンシップは当たり前、隙あらばキスをしようとしてくるから俺が姉さんの脇腹をつつくか摘んでないと止まってはくれない。
初めのうちはこの方法を編み出せずにキスをされまくっていたが、今となっては姉さんに関する警戒心が通常運転で働いているため、ふとしたタイミングでも察して防ぐことが出来る。
ただ、そのあとの姉さんはご立腹プラス頬を膨らましてあからさまに拗ねているのが分かって、理由を知らない先生方はお困りのようで……僕の従姉が申し訳ないという気持ちが強い。
とまぁこんな感じで従姉さんは俺の事を溺愛しているわけで、従姉が恋人を作らないのは俺が大人になって結婚できる歳まで待つからなのだとか。俺としては遠慮しておきたい。
とはいえ従姉さんと結婚まで行ければお金に困ることはないのだろう。
何より従姉さんは美人だし。
「姉さんもいい加減恋人作ればいいのに……あ、俺じゃなくてな?」
「え〜!? なんでよぉ私と結婚してよぉ」
「嫌だよ。姉さん家にいるとべったりになるじゃん」
「よくわかってる〜」
いや考える必要なんてないわ!
既にこんだけベッタリなんだからな!
「ってか今日はなんの用で?」
「むぅ……早く帰りたい欲出てる……」
「拗ねないでよ。姉さんも仕事で忙しいでしょ」
「そうだけどさぁ、せっかくの時間なんだから堪能させてよ」
「くっついてるのはいいけど、要件を言わずにくっついてるなら金輪際抱きつくのを禁止にします」
「そんな薄情な!?」
こうしない限り姉さんはずっと抱きついたままで話してくれないから、スキンシップを禁止というのをチラつかせれば大人しく話してくれる。
「今日のテストはどうだった?」
「相変わらず捻くれた問題だったね」
「捻くれた言わないでよ。私の頭をフル回転させて考えたんだから」
「フル回転であの問題って、姉さん相当意地悪だね」
「うわぁぁん! 弟から言われるのお姉ちゃん傷つくぅぅ!」
「姉さんうるさい」
「はぁい……それで、記述以外はまたダメだったの?」
「まぁね……暗記はどうしても苦手だから」
「昔から苦手だもんね。だから私はここを提案したわけだし」
俺が征華学園を志望した理由――
それは試験内容の中に暗記を必要としない面接が入っていたからだ。
元来、高校の入試試験には必ずといっていいほどに筆記試験が含まれている。
これまでは前期と後期で分けて試験を行っていたのだが、ここ最近では前期の受験者にも筆記をやらせるべきだという上からの指示もあって少しずつだが前期後期との境目がなくなりつつある。
そんな中でもこの征華学園は理事長(姉さん)の力によって面接が前期受験者の必須項目となっている。
おかげで記述のみが得意な俺は姉さんに勧められるがままに自前の対応力と言語化力を活かして無事に合格出来たわけだ。
「でも私がここを勧めたのは別にあってぇ〜」
「俺とイチャイチャしたいからカッコ、過度なスキンシップを毎日出来ると思ったから、カッコド閉じる」
「うぁぁん! 弟可愛い!!」
「うっさい 」
こんな人が教育業界から認められる理事長なんて誰も想像つかないだろう。
だが、普段の姉さんはこんな状態では無いので、この姿を知っているは俺だけである。
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