Page.3 『氷姫と約束』
そんな噂が流れた放課後、俺は忘れ物を取りに教室へ戻ってきたところだ。
時刻は6時を過ぎていて、この時間帯は誰も教室に戻ってくることは滅多にない。
だから忘れ物を取りに行くのにはもってこいな時間というわけで、俺は早急に取りに戻って、颯爽と帰ろうと思っていたのだが――
「な、なんで神崎さんが……」
ドアに付いている窓から見えたのは、自分の席で机に突っ伏している神崎さんだった。
どうやら寝ているようで、このままドアを開けたら起こす可能性は大いにある。
ただ、このまま帰ったら俺としてはまずいため、この場合致し方なく教室に入いる事が最善だろう。もちろん、静かにドアを開けて。
――ガラッ
良かった……起きなかった。
早めに忘れ物をとって帰ろう。
「……ん、んん」
「……!?」
「あれ、誰?」
(え、起きた?? 起きる要素どこにあった?!)
何もしていないのだが、神崎さんはゆっくりと体を起こし、そして俺の方を向いてきた。
まだ寝ぼけているのか目を擦りながら俺の方をまじまじと見つめている。
さて、この状況どうするか。
一、正直に忘れ物を取りに来たと言う
二、適当な理由をつけてこの場を早急に立ち去る
三、まず謝る
そんなん決まりきってんだろうがぁぁぁぁぁ!!!!
「あ、あっとぉ……ごめん、邪魔したか?」
「え? あ、いや大丈夫だけど、もしかして白雲くん!?」
「お、おう」
「え、え、な、ななな、何でここに?!」
「いや、普通に忘れ物を取りに来ただけだ‼ 別にお前がいるのを知ってたとかじゃないからな⁉」
なんか余計なことを口走ったかもしれないが、変に誤解されるより全然いいだろう。
「そ、そう……ごめんなさい、大きな声出して」
「あ、いや、こっちこそごめん。気持ちよさそうに寝てたのに」
「ううん。ただ寝落ちしちゃっただけだから」
なんか気まずい……
早くこの場から立ち去りたい……
というか、何で神崎さんはこんな時間まで教室に残ってたんだ?
先生から何か頼まれたというわけでもないし、部活をやっているとかいないとか噂は聞いたことがあるけど、それにしては部活に行かずにサボっているのは神崎さんの事だからありえない。
この学校はどの部活も基本毎日行っていて、運動部以外は参加は自由だが、サボっていいのは週に2回まで、運動部は特にサボることはほとんど許されていない。
それが強豪校たる由縁なのかもしれないが、そんなことより神崎さんがこの時間帯にまだ教室に残っていることだ。
「なぁ、なんでまだ教室に残ってるんだ? 神崎さん、部活何も所属してないだろ」
「ちょっとやりたいことがあったの」
「やりたいこと?」
「あ、あなたには関係ないでしょ?」
(確かに、関係ないのに何で俺そんなこと聞いてんだ?)
「……帰る」
「あ、うん。さよなら」
「はぁ? あなたも帰るのよ?」
「え?」
うん、聞き間違いかな。
ないない、神崎さんが俺と一緒に帰りたいなんて。いや、ちょっと待て、いつ誰が一緒に帰りたいなんて言ったんだ?
誰も言って――ないよな、うん。言ってない。
なら今神崎さんが言った言葉の意味は簡単で付け足すと「もう遅いんだから、あなたも帰るのよ?」になる。
俺と神崎さんが一緒に帰るなんてありえない――
「もちろん帰るけど、先に行ってよ。俺と一緒に校舎を出たら話題になるからさ」
「何を言ってるのかさっぱりわからないんだけど」
「んぇ?」
「一緒に行けばいいじゃない。別に一緒に校舎を出たところでなんともないでしょ? この時間帯はみんな部活で忙しいんだから」
「いや、そうだけどさ……いいのか?」
「だから、言ってる意味が分からないんだけど?」
このまま押し問答を続けてもらちが明かないからここは素直に聞き言れた方がいいな。
とはいえ、もし一緒に校舎を出たところを誰かに見られたら、明日とかに噂になりかねない。
ということは――一緒に行くのは行くけど、俺は神崎さんの後ろを数歩離れたところを歩いてればいい。
そうすれば無駄に噂になる事はないだろう。
とか思っていても――
「……」
ダメでした。
この人やっぱ恐ろしい。
俺が数歩離れたところから歩き出そうとしたらスピードを下げて、俺の横に無理やり立って来やがった!!
俺がスピードを上げたら、同じようにスピードを上げるし、絶対に逃がさないかのような目で俺の横立ってくるし、普通に怖えよ!!
てか、そんなこと考えてたら駅ついちゃったよ……
「……篠崎さんとは仲いいの?」
「え?」
沈黙が続いていたのを先に破ったのは神崎さんだった。
「ま、まぁな。真とは幼馴染だし」
「そう……幼馴染ね……」
うん。だから怖いって、もともと神崎さんの雰囲気的に突然静かになられると余計怖いんだよ!?
というか、なんで真のことを気にしてるんだ??
もしかして真と何かあったとか……
いや、でも真と知り合ったのはこの学園に来てからのはずだから、まだ3週間しか経っていないのに、それも今日初めて話したのにも関わらず、喧嘩した、もしくは仲違いしているとは考えずらい。
となるとなんで神崎さんは真の事を気にしてるんだ?
「……彼女、いい人じゃない。話してて楽だったわ」
「楽って……神崎さんって意外と人と話すの苦手だったりとかする?」
「……! な、なんでそう思うの?」
「なんでって……」
ここ最近気づいたことではあるが、今になって確証を得た。
神崎さんは元から人と話すのが苦手なのだと。だから周りの人と仲良くなるというよりかは、必要以上の会話で済ませているといった感じになっているのだ。
「一つは、今、神崎さんが言ったことかな。話してて楽っていうのは、人のペースに流されないからってことだからさ」
離すのが苦手な人の特徴として、人のペースに流されてしまうことがある。
特に大人数の時なんて一番その状態が出来てしまうだろう。神崎さんがまさにその例に当てはまっている。学校では常に周りには人がいて、それぞれが自分の話を聞いてもらおうと、人のことは関係なしに喋っている。
話すことが苦手な人は、基本的に大人数で一度に話されると、どの話を拾って会話進めればいいのかわからず、その場のペースに流されて自分のペースを見失ってしまい、挙句の果てには頭が混乱して疲労感に襲われる。
「神崎さん、俺や真と話してるときはゆっくりと話してるのに対して、大人数の男子とか女子と話してるときって言葉が端的だからさ」
「……確かに、返す言葉を考えられなくなるわね」
「うん。それともう一つ、これは神崎さんが『氷姫』って呼ばれてるのに理由があるんだけどさ」
「氷姫に関係あるの?」
「まぁ、直接的な意味としてとらえるかは自由だけど、神崎さん大勢の人が集まって騒がしくしているところと、少数で話してるところとじゃ態度違うでしょ?」
「……!」
神崎さんが大きく目を見開いた。
図星だったのか、はたまた俺に言われて気づいたのかはわからないが、おそらくは気づいていなかったと思う。
気づいているなら態度を改めるのが普通である。
「まぁ、俺がとやかく言うつもりはないけど、神崎さんが人と話すのが苦手だっていう理由はいくらでもある」
「……よく見てるのね」
「……人の表情とか態度に敏感なだけだよ」
それからしばし沈黙。
それと同時に電車が駅のホームに入ってくる。
昔からそうだった。
俺は人の感情に敏感だった。
人が怒っていることを誰よりも早く感じ取り、その場を制止しようとする行動を取ろうとしてしまうこともあった。相手が笑っているのに、相手の目やしぐさを見るだけで相手が泣いていると感じ取ってしまうことも、昔から何度もあった。
それで何かを失敗したことはないけど、それが嫌で中学の時は鬱になりかけたこともあった。
そんなときにそばにいてくれたのが真だった。
★★
「今日はありがとう。一緒に帰ってくれて」
「別にいい。元より俺は嫌だったけどな」
「ふふ」
「まぁ、良かったよ。これで神崎さんが本当に氷姫じゃないことが分かったから」
「どういうこと?」
「神崎さんが意図して氷姫になってるわけじゃないってこと。無意識のうちに冷たくなってるだけだってわかったから」
神崎さんが一部の人に塩対応、絶対零度の空気感を作り出すのは意図していやっているわけではなく、人との会話が苦手という性格が原因である。
それは決して神崎さんの欠点ではなく、神崎さんが普通の女の子であることを証明することにもなる。
俺的には神崎さんは氷姫という名前を付けられていることに疑問を持っていた。どうやっても俺の目には神崎さんは氷姫には見えないほどに、普通の女の子に見えた。
「だから変に気負わなくていいと思う。話すのが苦手なのが悪いことじゃないから」
「ありがとう。なら、約束してくれるかしら」
「約束?」
「ええ、今後、私が暇な時は話し相手になって」
「話し相手……別にいいけど、なぜに俺?」
「あなたと話してるときは楽なのよ。それに、あなたは今気負わなくていいって言ったでしょ?」
「言ったね」
「ならそれを私は利用させてもらう」
「なるほどな」
話し相手になるくらいならいいのかもしれない。
これが、俺と『氷姫』――否、神崎さんと初めて交わした約束である。
出会ってわずか3週間で約束を結んでしまうのは、普通の人からすれば異常なのかもしれない。
だから俺は願うよ。これが俺の知らない世界戦で作られた、まだ誰も知らない物語の世界だということを。
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