page.2 『氷姫の強がり』

休みが明けて、俺はいつものように学校に向かう電車に乗る。

定位置の様になっている席に座り、スマホで音楽アプリを開く。

一人の静かな時間――のはずなのに――


「隣、いいかしら?」


「お、おう……」


また隣に神崎さんが座ってきた。なんの躊躇もなく、座ってきた。


(ん??? なに、何か理由あるんか???)


普通、よく知らない男子の横に座るなんてするのか分からなくなるくらいに、普通に座っている。


何か目的があるのか、それとも俺が神崎さんの家の隣に住んでいることを公言しないか見張るためか、あるいはただ単に隣が空いていたからなのか、よくは分からないがそのどれかであるのは確かだ。


ただ、1つ問題として今日に限って席は空きがあるということだ。

つまり、他に座る場所は十分あるというわけで、神崎さんがわざわざ俺の隣に座る必要性は断じてないということでもある。


故に神崎さんが俺の隣に座った理由は前者の2つということになる。


(つまり……俺は今日死ぬと)


嫌なこった! ぱんなこった! なんで今日死ななきゃならんのだ!


せめて死ぬなら安楽死がいいな!


そんなことを思いながら俺は遠い目をして学校に向かった。


🧊🧊


「ねぇ、かける〜なんでそんな死んだ顔してるのー?」


「いや、なんでもない」


「何でもないならそんな顔してないでよ~」


「んー無理だな」


実際に死んだ顔をしているのだろう。朝の出来事を思い出してしまえば当然死んだ顔になってしまう。神崎さんがとったあの行動は何の意味があるのか、それとも意味もないのか、考えれば考えるほどわからなくなる。


ただ、疑り深いのはいいことだと思う。あの神崎さんが何の理由もなく男子の横に座るとも考えにくい。ただ顔見知りというだけでそのような行動をとるのも不自然ではあるのだけれど、俺にとっては重大な事でもある。


「ねぇー聞いてるー? かける~」


「ん、あぁ、悪い聞いてなかった」


「ひどー。ま、いいけど。ほら、次の時間美術だから一緒に行こ」


「おう」


考え事をするとそれ以外の感覚がマヒするというのはこのことを言うのだろうか。


とりあえず今は授業に集中するべきだ。神崎さんの事は今日の日課が終わってから考えればいい。


★★


「えーと、今日は二人一組で自分の思う理想の部屋を描いてもらいます。自分はこんな部屋で過ごしたいというイメージを、手元のスケッチブックに描いてください」


担当の先生の説明があり、その後先生の合図とともに各々ペアを組み始める。


俺のペアは――まぁ、探す必要もないか。


「翔、一緒にやろうよ」


「あぁ」


相変わらず真は俺とペアを組む。ほかに組む相手もいるはずなのに俺のもとに来る。まぁ、いやではないからいいのだけど。


さらっと周りを見ると神崎さんに駆け寄っている男子と、第二候補である真が俺のところに来て一緒にやろうとしているのを見て肩を落としている男子がちらほら。


俺のクラスは男女比が男子が二、三人多いため、女子同士でペアを組むとなると必然的に残った男子は男子同士でペアを組むことになる。


一部の男子は女子に無理に近寄り嫌がられる始末なっている。


それに比べれば真が俺のところに来てくれたのはある意味助かったのかもしれない。


「ねえ、今失礼なこと考えなかった?」


「そ、そんなわけないだろ?!」


「ふーん……」


時折真は勘繰り深い。たまにだが、俺の思想を読み取ってくるため、読まれたくないことまで読まれそうで普通に怖い。


俺は誤魔化すようにスケッチブックを開き鉛筆を持つ。


さて、どんな部屋を描こうか……。


部屋と言っても言い換えればアトリエのようなものだ。自分の作業部屋をイメージすれば難しいことではない。最悪自室を丸々描きだせばいい。


自分の部屋が無いという人はどんな部屋が欲しいのか想像すれば描きやすいとは思う。


何かと絵を描く事だけは得意だから、あとは想像力があれば簡単なのだが――


「あの~真さんや」


「……何でしょうか、翔さんや」


「その~何も思い浮かばないからって棒人間で遊ばないで頂けます?」


「……遊んでない、描いてただけだし」


「そうかいそうかい、じゃあ吹き出しをつけてるのは遊んでいないと?」


真のスケッチブックの隅っこには横向きで倒れた妙に上手い笑顔の棒人間と、吹き出しに『綺麗な顔してるだろ? ……でも、これ死んでるんだぜ?』と書かれていた。


真は昔から美術が苦手で、毎回案が浮かばなくなると棒人間を描き始める癖がある。そのせいか知らぬ間に棒人間のクオリティーが上がり、気づけばその棒人間だけの絵で成績が付いたこともあった。


「だって~絵描くの苦手だし……私翔みたいな才能ないし……」


「んーでも描かなきゃ始まらないし、とりあえず家具とか考えてみたらどうだ?」


「家具?」


「うん。自分の部屋に置きたい家具とか、小物を空いてるページに初めは描いていくと後々楽になるぞ」


「なるほど」


絵を描く大前提としてラフを描いていくのが基本となる。中にはラフを描かずに描き始める人もいるのだけれど、俺的にはラフを描いた方が楽なため、基本描き始める前にラフを描いてからそこに肉付けをしていく。


部屋の間取りを描くのであれば、最初に空いてるページに置きたい家具を描いていき、そのあとに部屋のおおよその様子を描き始めるのがもっともやりやすいだろう。


「ほら、こんな感じでタンスとか本棚を描くんだ」


「なるほどね。なら私にもできそう」


「お前はやる気を出さないだけで基本何でもできるだろ」


「バレたか」


「……ったく」


真は基本的になんでもやろうとすれば出来る神崎さんタイプなのだが、どうもやる気を出してくれない。なんとなく投げやり感が出ていて、運動神経は悪くない筈なのだが、体育の時間などはある程度成績を取れればいいと言って流している。


それでもテストのときは必死に勉強しているあたり頑張り屋ではあるのは間違いない。



それから数分後、授業終わりのチャイムが鳴り美術が終わった。


「ねぇ翔、食堂でご飯食べようよ」


「おう」


この学園は高校ではなかなかない食堂が備わっている。

弁当を持ってきている生徒もちらほらいるが、基本的に生徒は学食を選択している。


あまりの人気で早めにいかないと席が取れなくなってしまうことが多々ある。




「うわー相変わらずすごい人」


「まぁ、昼時だし、授業終わりだしな」


「座る場所あるかな……」


「……この様子だとなさそうだな」


「んー困ったね」


今の時間帯は授業が終わって丁度昼時、多くの生徒が席を確保しようとやってきているため、少し時間を空けない限りはなかなか席をとるのは難しいだろう。


俺と真が頭を抱えていると――


「ちょっと、そこの二人」


「「え?」」


突然後ろから声をかけられた。

後ろを見るとそこには神崎さんが腕を組んで立っていた。


「か、神崎さん……」


「この様子だともう席は空いてなさそうね」


俺と真の間から食堂の中を見て半ば諦めの溜息をついた。


神崎さんが学食を食べていることは噂程度に耳に入ってきている。なんらおかしなことではないのだが、神崎さんの事ならお弁当でも持ってきてるものだと思ってしまうのは俺だけではないだろう。


「ねえ、提案なんだけど、席がいたら一緒に食べない?」


「え、あ、うん。俺はいいけど……」


ちらりと真の方に視線をやると、俺の視線に気づいた真がものすごい勢いで首を縦に振った。


「真もいいって言うし、いいんじゃないかな?」


「……そう」


それから数分して席がちらほら空いてきたのを見計らって俺たちは空いた席を取りに行った。

この学食では場所取りようの札があり、空いている席にその札を置いて置くことで予約席のような形で席を確保することが出来る。中にはそれを無視して座ろうとする人もいるのだが、大抵先生に見つかって説教されるのがおちだ。


「よかったねー席空いて」


「ほんとな。あのまま何十分も待つことにならなくてよかった」


「まぁ、座れたことだし、いただきまーす」


「いただきます」


腹ペコだったのか真っ先にかつ丼に食らいついた真。


俺と神崎さんも手を合わせて食べ始める。ちなみに俺はこの学食で一番辛いとされるカレーを注文した。一部の生徒からはメニューに載っている辛さの度合い、マックスで地獄みたいな辛さだと言われているが、俺の食べているのは裏メニューで注文したメニューに載っている辛さプラス3.5くらい辛くしたものだ。


頼めばもっと辛くしてくれるそうなのだが、そうすると俺の周りの人が倒れる可能性があるので遠慮している。


「ねえ、それって本当においしいの?」


「うん。おいしいよ?」


「神崎さん、この人味の感覚麻痺してるからあんま参考にしない方がいいよ」


「おい、俺だってちゃんと味覚はあるわ!」


「味覚が正常なら神聖な学食でそんなもの頼まないんだよ」


「普通に上手いけどな……」


やはり俺の舌がおかしいのだろうか。俺的にはこの辛さはちょうどいいくらいで、あと一段階辛くしてもいいくらいだ。


というか神聖な学食ならメニュー表に地獄みたいな辛さのカレーをのせるはずなかろうに。この人は何を言っているのだろうか。


「一口頂戴」


「え?! 神崎さん、さすがにやめておいた方が……」


「いいよ、どうぞ」


「ありがとう」


神崎さんが食べたいというなら食べさて上げればいい。

俺の横では平然と神崎さんへ進める俺に真は、「こいつ悪魔か」とでも言いたげな顔をして頬を引きつらせていた。


そんな真のことはさておき、神崎さんは自分の手元のスプーンで俺のカレーをすくって口に運ぶ。


反応はというと――


「ぅ⁉」


「う?」


おい、ちょっと待て今聞こえちゃいけない声が聞こえた。


相当辛かったのか神崎さんは口を押さえて悶える。かすかに涙目になっている神崎さん。そのまま静止する神崎さん。


(これはやり過ぎたか?)


「あ、あの~神崎さん?」


「……だ、大丈夫か?」


「……っ、ええ、おいしい、わ」


嘘だろ。


あれだけ口を押えて悶えて静止したのに、なぜそこで強がる。この人弱気な所見せたくない派なのか?


「とりあえず水飲んだ方がいいぞ、辛いもの食った後にしょっぱいやつ食べると喉死ぬからな」


「ええ、ありがとう」


とりあえず水で辛さを緩和(出来るのかわからないが)させるのを進めると、神崎さんはコップの水を一気に飲み干し、軽くため息をつく。


そんなに辛かったのなら無理しなければいいのに、とか思うのは無粋なのだろう。


「普通の人が食べて地獄とかいう辛さに更に付け足すとか、やっぱ翔は尋常じゃないよ」


「そうでもないけどな……」


何が異常なのかはわからないが俺はそのまま残ったカレーを完食した。


その後、神崎さんの口元が少し腫れていることに気づいた男子生徒が、学食のカレーを食べたと噂を広めたことで、学食のカレーに挑戦する人が増えることを俺はまだ知らない。

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