第2話『YouTuberの男』


__二〇二四年、十二月__


 ひとりの男の顔が、画面いっぱいいっぱいに映り込む。


 ガタガタと揺れる画面。


 バタン、という音と共に、視界が真っ暗になる。


 今度はガサゴソ、と音がして、再び男の顔がアップで映る。


 揺れが止む。


「よしっ」


 男はそう言うと、こちらに体を向けながら遠のいていき、巨大な水槽のようなものの前で立ち止まった。


 きっと、スマホをベンチか何かに立てかけているのだろうか、男はスマホのカメラで動画撮影を始めた様子。


 男は咳払いする。


「あー」


「アー」


「あ゙ー」


「ァー」

 

 と、突然の発声練習。


 男は目を瞑る。


 五秒ほどの沈黙の後。


 男は目をパチリと開き、ハキハキと喋り始めた。

 

「僕の名前は中武筑波なかたけつくば


「今日は、クリスマス」


「そしてここは、須磨海浜水族園、僕の大好きな水族館の屋上」


「そこらじゅうに、若いカップルがたくさんいる」


「ほら、そこのオットセイの水槽の横に一組」


「あそこのベンチにも一組」


「向こうの『ヒトデとふれあいコーナー』には二組……いいや、三組かな」


「僕ももういい歳だから、そろそろ落ち着きたいんだけどな……」


「そんな僕の方はと言えば……」


「あぁ、先に言い訳をさせてほしい」


「昨日の夜は、彼女の結城優子ゆうきゆうこと、電話をする約束をしていた」


「でも、繋がらなかった」


「何度もかけ直したんだけどね」


「今日はクリスマスだから、この水族館で、優子とデートの待ち合わせがあった」


「それで一応、何か訳があって連絡手段がなくなっただけかもしれないし、と思って、ここに来てみたんだ」


「でもやっぱりいない」


「だから、周りには、こんなに人がたくさんいるのに、僕だけが、一人ぼっち」


「振られちゃったんじゃ、って思うでしょ?」


「でも、僕は違う気がする」


「なぜそう思うか」


「ありとあらゆる、優子との共通の友人や、優子の家族、優子の職場にも連絡をとってみたんだけど……」


「優子の居場所を知る人は、一人もいなかったんだ」

 

「手掛かりは、何もない」


「念のため、警察に相談してみたよ?」


「でも、真面目に取り合ってくれなかった」


「どこかで元気にしてるといいけど……」


 

 男はうつむき、小休止する。


 

「えっ? なぜわざわざ動画を回しているかって?」


「実は……」


「僕は売れない『YouTuber』ってやつなんだ」


「『YouTuber』、みなさんは、多分知らないよね?」


「多分、この動画で聴くのが初めてなんじゃないかな?」


「えっ? 聞いたことあるって?」


「なになに? しかもここまでの僕の話が、どこかで聞いた話だって?」


「だとしたら、物知りだなぁ」


「YouTuberについて詳しいのは、僕の身の回りで言うと、彼女くらいなんだけどなぁ」


「そんな僕のことを、優子は応援してくれるんだ」


「時には、投稿も動画編集もせずに、家でナマケモノみたいにゴロゴロしてると、本当にそんなんで大丈夫かって言われるんだけど」


「それでも、結婚を前提に付き合ってくれてるんだ」


「優子のような寛容な女性を、そうみすみす逃すなんて、愚か者のすることだよ」


「だから、動画で呼びかけてみて、日本の、いや世界のみんなに、優子を探すのに手を貸してもらえないかって思ったんだ」


「もし皆が同情してくれて、これがバズったら、優子の居場所に辿り着けるもしれない」


「これは、そのための動画」


「動画タイトルは、こうかな」


「『恋人が失踪しました、みなさん、力を貸してください』」


「動画の概要欄には、優子の特徴が詳細に書いてあって」


「そしてそこに貼ってある各種URLから、優子の写真や映像を見れる」


「もちろん、優子の家族とか、周りの人に許可は取ったよ?」


「それに、優子自身も、『いつでも動画に出るから言ってね、顔出しもオッケー』と言ってくれていた」


「でもこんな形でYouTube上に載るのは、きっと不本意だろうね」


「じゃあ、この動画が、たくさんの人に届きますように……」


 男は、妙に芝居がかった口調でそう言い残すと、静かにこちらへ歩いてきて、動画を、止めた。




 

 ***



 


 よし、向こうで公開してもらうオープニング動画は、いい感じだな。


 ギガファイル便で送ってと……


 あ、実は、この動画。


 完全なフィクション。


 これは壮大なドッキリの、オープニング映像だ。


 僕のチャンネル名は『【チャンネル削除をかけて】つくばチューブ』


 生意気にも、僕自身の名前、「中武筑波なかたけつくば」をもじっている。


 登録者数、たった十一人。


 チャンネル紹介文の冒頭には。


 〈僕は間違いなく登録者千人いかなければ二〇二四年十二月三十一日の二十三時ちょうどをもってチャンネルを削除します〉


 とある。


 そう。


 僕のような底辺YouTuberが成り上がるには、こんなふうに、背水はいすいの陣を敷く他ない。


 そして、今日、大晦日の前日。


 ついに過去最長の長尺動画の編集を済ませ、起死回生の一手を打つ。


 実は、なんとこのタイミングで、大物YouTuberとのコラボが叶ったのだ。


 ありがたいことに、その大物YouTuberのチャンネルで、さっきの、僕のドッキリ企画のオープニング映像を公開してもらえることになった。


 そしてオープニングを見た視聴者さんに、ドッキリ本編を見に僕の底辺チャンネルに来てもらう。


 いい作戦だと思わない?


 まぁ、

 

 評価をするのは、動画を公開してからかな。


 このチャンスを、絶対にものにしなければならない。


 文字通り、僕に後はない。


 コラボの話があがったのは、つい一週間前の十二月二十四日。


 つまり、クリスマスの前日だった。


 ちなみに、僕には実際、長年付き合っている彼女、優子がいるのだが、生憎あいにく、その日優子は遅くまで仕事。


 深夜、電話だけでもしようと、約束をしていた。


 底辺YouTuber、クリスマス前夜、彼女とは会えずに電話だけ……


 僕は、これだ! と閃いた。


 昼の間に、大物YouTuberさんと急ピッチで、なんとか企画の準備を済ませた。


 そして、「底辺YouTuber」「クリスマスの前夜」と「彼女との電話」というシチュエーションを、最大限活用できる大型企画が、始まったのだった。


 流れはこうだった。


 その一、仕事終わりの優子に電話をかける。


 その二、YouTubeの大型企画、それも大物YouTuberとのコラボが決まったと、優子に伝える。


 その三、突然だが今から撮影開始のため、優子にも少し出演して欲しいと頼む。


 その四、優子の家の近くにあるバー『ボンディングーH2Oエイチツーオー』に、詳細は伏せて、優子を呼び出す。


 その五、バー『ボンディングーH2O』の前に、大量の鳩を配置。鳩の大群を見ると、苦手なあまり気絶してしまうという特殊体質の優子は、確実に意識を失う。


 そして企画開始、後は動画を見てのお楽しみ。


 さて、どんな展開になるか、ワクワクする。


 〈第三話『初めてのコラボ動画』へ続く〉

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