第3話『初めてのコラボ動画』
__十二月二十四日、撮影当日__
夜、僕は彼女の優子に電話をかけた。
「もしもし優子、お疲れ様。仕事終わりに申し訳ないんだけど、とんでもない企画ができたんだ」
「えっ、企画? 何の?」
「YouTubeだよ。ほら、前に仲良くさせてもらってる大物コンビYouTuberさんがいるって言ってただろう? そのふたりから……」
「ねぇ、またYouTube?」
「う、うん。でね、今度のは本当にすごいんだ。コラボ企画なんだけど、優子にも協力してもらいたくってさ。突然なんだけど、優子の家の裏手に、『ボンディングー
「何? ふざけてるの? もういいって。YouTube、YouTubeって。目標も達成できそうにないじゃない。それに私は仕事で疲れてるの! 早く寝たいのよ!」
「待って、本当に、本当に今回のはすごいんだ。きっと伸びる! 一夜にして! だから……」
「だからもういい加減にして!! あなたには無理よ! 絶対に! 早く諦めて! 目を覚まして!」
「優子……」
「ごめん……言いすぎた。切るね」
***
いやー。
それにしても、あの日の出だしは最悪だった。
それとなくバーに呼んで、鳩の大群を見せて、優子が気絶したところでドッキリスタートと行きたかったところだったが、まさかの対話拒否。
でも、無理もないか、優子の言うことは事実だし。
僕が完全に悪い。
動画のために色々強引に進めていたのも、向こうからしたら、いい迷惑だったに違いない。
でも、結局優子はバーまで来てくれた。
と言うよりも、その隣のローソンに、だけどね。
後日聞いた話によると、電話の後、やけ酒でもしようと、コンビニに焼酎ハイボールを買いに行こうとしたらしい。
まぁ、結果オーライだ。
動画にハプニングは付きものだし、それが
今は、動画投稿前の最終チェックの最中。
よし、不備はないよな。それじゃあ…………って危ない危ない。
「『恋人が失踪しました、みなさん、力を貸してください』」
オープニングと同じタイトルになっていた。
本編のタイトルは、もっと別なのにしないと。
あ、本当に人が消えたと思われて、警察沙汰になったら良くないよな。タイトルはドッキリとわかるようなものに変えないと。
『彼女、誘拐されたかと思ったら、彼氏が助けに来るドッキリ』
よし、これでいいかな。
二十時に、動画公開予約っと。
***
ついに、動画公開時間の二十時になった。
こっちの本編動画は……
よし、問題なく上がっている。
公開後すぐ、あるアカウントから、早速コメントが一件。
「「駆け抜けろ」」
その熱い言葉の左には、例のふたりのアイコン。
恐れ多いが、もらって嬉しい言葉だ。
今頃向こうでは、終始僕の姿が映っているオープニング映像が上がってるはずだ。
再生数、桁違いなんだろうな……
ふたりのチャンネルに飛ぶ。
最新動画のところには……
『恋人が失踪しました、みなさん、力を貸してください』
あったあった。
オープニング動画のタイトルを、そっと、震える指で、タップする。
って、プレミアム公開してる!
あ、プレミアム公開っていうのは、いわゆる同時視聴。
わいわいチャットなんかをしながら、全国の視聴者と同時に、リアルタイムで、YouTubeの動画を見る。
聞いてないってばぁ。
僕の、水族館の屋上で撮った恥ずかしい
実際に動画が投稿されて、それがとんでもないことだと再認識する。
そうだ、ちょっとだけ、チャット欄を
▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷
〈スマスイだ!〉
〈何この動画?〉
〈っていうかこの男性はどちら様?〉
〈まって、ここ、スマスイじゃない?〉
〈ほんとだ! 須磨海浜水族園の屋上〉
〈のびのびパスポート使って何回も行ったなぁ〉
〈チャット欄、スマスイの話ばっかで草〉
〈でも演技は上手じゃない?〉
〈えっ、この人俳優さん?〉
▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷
底辺YouTuber『つくばチューブ』が、かつて無いほどの視線を浴びている!
強く拳を握る手がヌメっとして、驚くほどの量の手汗が出ているのが感じられる。
いやぁ、とんでもないことが起こっているぞ、これは!
誹謗中傷コメントが来ないこともないだろう、一旦離脱……
ふぅ、心臓に悪い。
その四分二十五秒の短い動画が終わると、動画のサムネイルが表示された。
そのサムネイルにはでかでかと……
「これはオープニング動画です。続きの動画『【神回】彼女、誘拐されたかと思ったら彼氏が助けに来るドッキリ』を見るには、我が友のチャンネル『つくばチューブ』へ轟!!!」
とあった。
「【神回】」か。
ハードルが上がるが……
ついに、来るぞ……
***
__二十四日、撮影開始__
ここはとある秘密の部屋。
僕はさっき、隣の密室に、気絶した優子を運びこんだ。
優子は、上質なペルシャ絨毯の敷かれた床の上で、うつ伏せで、ぐっすりと眠っている。
足には、今にも壊れそうなほどにほっそりとした、おもちゃの
今僕がいる部屋からは、映画館のスクリーンのように大きなマジックミラー越しに、密室にいる優子を見守ることができる。
当然、向こうからはこちら側を見ることはできないが、密室の天井からはモニターがぶら下がっており、いつかこちらの部屋の中を写して優子に見せるのかもしれない。
そして、壁には防音加工が施され、何かあったらすぐにこのミラーを壊して向こう側へ行けるようになっている。
近隣住民に迷惑をかけたり、警察のお世話にならないように、配慮は万全だ。
そして、今回のコラボ相手。
それはまさに今僕の隣にいる……
YouTuberのパイオニア、『
普段の彼らのチャンネルの動画では、向かって左にいるのが、赤道化さん。
その道化という名の通り、赤くてモジャモジャの髪と、赤っ鼻のついたピエロの面をしている。
向かって右にいるのは、白覆面さん。
プロレスラーのような白いマスクに、いかつめのサングラスをかけていて、マスクの後ろ、下の方からは、長い襟足がくるりと伸びている。
彼らとは、とある縁があって協力してもらうことになったのだが、今回、誘拐犯役をやってもらうことになっている。
今、僕と、赤道化さん、白覆面さんは、真っ黒な長椅子に横並びに座り、密室の中をじっと観察している。
台本はあるようでないようなもの、一体、どうなるか。
そう思った矢先、床に倒れていた優子に、動きがあった。
体を起こし、絨毯の床に座り、目を
足枷が早速、ポキっと折れる。
「ここ……どこかしら?」
優子は、ヤワな足枷には目もくれない様子で、あたりを見渡す。
「えっ、何この部屋?」
よくよく見ると、その光景は、まるで映画『ソウ』の監禁部屋みたいだ。
あ、監禁部屋と言っても、実はめちゃくちゃ綺麗。
床にはペルシャ絨毯が敷いてあるし。
壁は大理石みたい。
トイレは、鍵付きの個室になっているし、新品の水洗トイレ。
トイレットペーパーは、ふわふわのダブルロールだ。
「ええっと、私はなんでこんなとこに……」
「ああ、そうだわ、思い出した」
「私、彼との電話の後、ヤケ酒でもしようと、コンビニに焼酎ハイボールを買いに行こうとしてたんだったわ」
「それから……」
「どうしたんだっけ?」
「何かの大群に襲われたような……」
そこで、密室にあるモニターが点く。
優子は、思わず体をびくつかせる。
画面には、赤道化さんと、白覆面さんの胸像のクローズアップ。
もちろん僕は写っていない。
表情が読み取れず、不気味だ。
赤道化さんは、大きなスイッチのようなものを持っている。
白覆面さんは、腕組みして、どんと構える。
優子は立ち上がり、モニターに近づいた。
「ピースの角度は九十度」
と、起伏のない声で白覆面さんが
その声は、なぜか立てられた中指と共に届けられる。
優子は警戒し、半歩、後ずさりする。
「は、はい?」
と、謎の言葉に戸惑う優子。
「ピースの角度は九十度……」
と、再び白覆面さん。
「な、何かしら……何かの暗号?」
「あれを」
と白覆面さん。
あれ、とはなんだろうか。
「わかった」
と、こちらも感情の読み取れない声の赤道化さん。
赤道化さんは、スイッチのようなものの数十センチ真上に、手をかざす。
そして、ゆっくりと、その手を、降下させる。
優子は、何か危険を察知して、目を
次の瞬間。
ガチャ。
と、音がした。
密室側、マジックミラーの向かいの壁の一部が、引き出しのように出っ張るのが見えた。
その出っ張りの上には……
ホカホカの、チャーハン。
それは、優子の大好きな、大粒の焼き豚の入ったチャーハンだった。
綺麗なお椀型に盛られたチャーハンの真ん中には、白いレンゲが、ちょうど地面に対し直角をなして、突き刺さっている。
白覆面さんは、その光景を
「食べろって、こと?」
優子は、ふたりに尋ねてみる。
と、ふたりは深く、シンクロして
「こっちの声も聞こえているみたいね。じゃあ……いただきます」
優子は行儀良く両手を合わせて、チャーハンに向かって軽くお辞儀する。
いただきますの祈りが済むや否や、即座にレンゲを引き抜き、ホカホカのチャーハンをかっ食らう。
晩御飯はまだだったのだろうか。
仕事、お疲れさま。
どうやら優子はお腹が空いていたようだ。
そう思うくらいに、素早い動きでチャーハンを吸い込む。
「うーん、ちょっと味薄いかも……」
と、優子。
クレームである。
監禁されておきながら、である。
「ちょっと味薄いって!」
と、白覆面さんが、密室の側には聞こえない程度のヒソヒソ声で、赤道化さんに告げる。
頷く赤道化さん。
そして赤道化さんの手は、再びスイッチの上に置かれ、ガチャ、ガチャ、と、スイッチはゆっくりと、二回押された。
向かいの壁に目をやると、今度は……
また、ホカホカのチャーハン。
レンゲが美しく、足先を伸ばしながら、茶色い飯の上で倒立している。
ふと白覆面さんの方を見ると……
やはり中指を立てている。
「ちょっと……濃いわね」
と、優子。
大クレーマーである。
今回は、味付けが濃いめのチャーハンだったようだ。
しかし、優子はすぐにそれをペロリと平らげてしまう。
そして。
グゥ。
と、優子のお腹がなる音が、密室で響いた。
「こんな時にもなるのね、お腹って」
優子のお腹は、監禁されても平常運転らしい。
それに、まだお腹が鳴るくらいにお腹が減っているのだろうか。
「足りないって!」
と、白覆面さんがまたヒソヒソと赤道化さんに訴える。
訴えに対して食い気味に、赤道化さんは、スイッチをガチャガチャと、今度は素早く二回押した。
向かいの壁を見る。
今度は、先ほどの四倍ほどの幅の引き出しが壁から飛び出し、その上には……
巨人が食べるのかと思うほどに、巨大なチャーハン。
特に疑問も感じず、ずっと持っていたレンゲを、チャーハンの茶色い山に、勢い良く通そうとする。
が、カツン、と言う間抜けな音がするのみ。
「ひゃれ?」
素っ
「アハハハハ! 食品サンプルだもんねぇ」
と、ケタケタと笑い、すぐさまスイッチを押す赤道化さん。
チャーハンは壁へと消えた。
「おふざけはここまでだ」
と、赤道化さんの左肩に拳のストレートを決めながら、白覆面さん。
赤道化さんは、笑うのを辞め、姿勢を正す。
そして、僕はそれを合図に、この部屋の入り口、ドアのある方へと移動する。
そこは、優子のいる密室からは見えない死角になっている。
赤道化さんが、スイッチを、今度は長押しして、数秒、ステイする。
しばしの沈黙の後……
突然、マジックミラーの加工が解除されて、透明の板に変わった。
その瞬間、優子は飛ぶようにして、ミラーとは逆側の壁に背中を貼っつける。
「あんたたち……何者?」
優子は、そのまま壁に背を沿わせたまま、ストン、と
赤道化さんと白覆面さんは、同時に立ち上がる。
赤道化さんは、長椅子の背面に、その長い手を伸ばす。
白覆面さんは、胸の前に、両手の拳を構える。
赤道化さんが長椅子の背後から取り出したのは……
巨大なチェーンソーだった。
ブンブンと、刃の回転音。
この音は、たった今僕が、ドア横でスイッチを押した、スピーカーから流れている。
その
その隣では、なぜか、白覆面さんが、奇妙な踊りを踊り始めた。
エアーで、マラカスを振るような動き。
次々と動きを
あまり上手な踊りではないが、独特の動きに、中毒性があるのは確かだ。
透明の板越し、密室には、恐怖のあまりか、戸惑うあまりかは不明だが、声も出ない優子。
赤道化さんに持つチェーンソーが、マジックミラーだったものに触れようとするその
ここだ、と思い、僕は、ドアのそばから、赤道化さんのチェーンソー目掛けて、体当たりをぶちかました。
吹っ飛ぶ刃。
そのまま、赤道家さんの背後にまわり、彼の首を、十字形にした腕を使って、絞める。
赤道化さんは、数秒後、気を失った。
依然、謎の乱舞を続ける白覆面さん。
僕は、彼に堂々と近づき、その白い覆面の頂点を人差し指と親指とで
すると、白覆面だった男は、魂が抜けたようにして、倒れた。
「優子、今そっちにいくからな!」
迫真の、大根演技をかます僕。
赤道化さんのチェーンソーを吹き飛ばした時のように、体当たりの構えを取る。
そして、透明の板目掛けて、突進した。
飛び散る、マジックミラーの破片。
少々痛いが、このくらいは我慢だ。
密室側へ抜けると、すぐさま優子の元へ駆け寄る。
「大丈夫か! 優子!」
「えっ、
「わかるよ、当たり前だろ!」
「つくば……」
良く見ると、口元が、チャーハンまみれの優子は、目をうるうるとさせている。
僕は、チャーハンまみれの優子を抱きしめた。
そして数秒後……
「「ドッキリ、大成功〜!!」」
紅白のマスクを脱ぎ捨てたふたりは起き上がると、その真の姿を
***
__本編動画公開後__
本編動画を公開してから、しばらく再生回数がゼロだったのが、一回、二回、四回と倍々ゲームで増えていく。
登録者も一人、また一人と増え始める。
ついには、『彼女、誘拐かと思ったら彼氏が助けに来るドッキリ』は一千万回再生になった。
そして、登録者は百万人を突破した。
コメント欄を見てみる。
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〈大物YouTuberにあやかって再生数稼ぎ? ……いいじゃないの! 私は応援します〉
〈ふたりが平常運転で草 〉
〈このカップル、絶対伸びるわ! 古参名乗れるように早めに推しておこっと〉
〈つくばチューブさん、チャンネル登録させていただきました!〉
▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷
ものすごい数のコメント。
そしてコメント欄には、赤道化・白覆面さんのアイコン。
ふたりからは、こんなメッセージ。
「「一千万再生、登録者百万人達成か。調子のんな。俺らのおかげ。
」」
おや、空白が。コメントには続きがあるようだ。
少しスクロールしてみる。
「「上のコメントは冗談! 一千万再生と登録者百万人達成おめでとう! そして、これからも……」」
さらにスクロールする。
「「やりたいことをやれ」」
いい、言葉だなぁ。
僕はふたりの言葉を胸に刻み、今日も、動画を投稿し続ける。
〈第四話『You and me at the zoo』へ続く〉
【追伸】YouTubeアカウント『【チャンネル削除をかけて】ラファオワ』様、お誕生日おめでとうございます。
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