上京組と大学デビュー

一花カナウ・ただふみ

上京組と大学デビュー

 大学デビューというものがある。私の解釈では『大学に入ったことを機に、これまでの自分からの脱却をはかること』であり、自分的にはそれにそってイメージチェンジができている――はずだったのだが。


「――何言ってるの? 全く変わらんぞ」

「だよねえ。だから安心したっていうか」


 上京組である高校の友人たちとゴールデンウィークに顔を合わせて評された言葉に、私は非常に気落ちした。

 なお、友人二人はいい感じに垢抜けて、というか、ものすごく化粧が上手くなっていた。大学生らしさとか大人の女性らしさとか感じられる気配を纏っていて、持ってる荷物も無駄に大きくないし、色も可愛いし、私と比べたらずっとお姉さんなのだ。一ヶ月でここまで変わるもんですか?

 あ、でも、彼氏持ちなのは私だけである。幼馴染で、高校三年のときから付き合っているんだけど。うん? こっちで彼氏を作ろうと思ったら、このくらいしないといけないってことか?

 不満でぐるぐる考えていたら、二人は私の肩をポンっと叩いた。


「別にけなしたつもりはないんだよ。うちらのオアシスだなあって話で、ねえ?」

「そうそう。ゆづがギャルになってたら逆に、ねえ」


 頷き合っている。私は頬を膨らませる。


「むしろ、二人みたいなメイクの仕方、知りたいわ。動画漁っててもメイクは上手くならなくって」

「えー、ゆづはもとがいいからメイクなんて要らないよ」

「要らなくないない」


 そういう二人もなかなかの美人だと思う。メイクでますます魅力的になったから、ここにいる私はずいぶんと田舎娘だろう。実際、田舎娘だけど。


「ん、じゃあ、お茶しながらメイク道具のプレゼンでもしてみる?」

「助かるー」

「よーし、じゃあ移動ってことで」


 駅のそばで待ち合わせをしたから、人通りが多い。波をかき分けるようにしながら私たちは進む。

 これだけの人間を見慣れるのに、私は結構な時間がかかった。地元の祭りのときはこのくらい密集しているから、移動ができなくて困るということは流石になかったけれど、毎日がお祭り騒ぎだとは感じていた。

 それに、私には怪異を引き寄せる力がある。

 人がまばらな地域であればそれらに気をつけるのは容易ではあったが、今は人間の中に紛れられてしまうから判断に悩むことがしばしば。実家暮らしの頃は家族がそういう厄介な怪異は祓ってくれたけれど、今は違う。自分でどうにかしないといけない。

 その結果が御守りを常に携帯することである。その他、破魔に使えるアイテムを持ち歩く羽目になったため、やたらと荷物が多い。解せぬ。

 入学後のオリエンテーションでうっかり荷物をぶちまけてしまったとき、予期せぬ方向で大学デビューをするところだったが、間一髪である。思い返せばあれはかなりの危機だった。リカバリが早くて良かった良かった。



***



 友だちとのメイクの情報交換。時間をかけたくない私のためにあれこれと提案をしてもらい、プチプラでメイク道具を揃えた。肌の相性もあるだろうからと、次の候補も挙げてもらったので感謝でいっぱいだ。

 カラオケに移ってそれなりにはしゃいだ。大学でサークルに入った話を聴きながらメイクもちょっとだけ練習した。すごく充実していたと思う。


「じゃあまたね」


 手を振って別れる。大学は違うし、それぞれの学校に近い場所に家を借りていたから集合場所でお別れ。少し寂しい気がするけど、会おうと思えば会える距離に住んでいるというのは心強い。

 最寄駅に到着して歩き出せば、後ろから声をかけられた。


「弓弦」

「ケイスケ」


 私ははしゃいで彼に飛びついた。ケイスケは同郷の彼氏だ。


「お、洒落込んでるな? 女子会だって言ってたはずだが」

「女子会だよー」


 証拠の写真をスマホに表示して見せる。ケイスケは頷いた。


「ってか、なんでここに?」

「何かあったら困るだろ。そろそろだろうって思って。SNSにリアルタイムで状況をアップするのはよくない」


 指摘されて、私は納得した。ケイスケがこのタイミングで現れたのは、つまりはそういうことだ。


「む……そのとおりでございます」

「わかったならいい。あんまり心配かけさせるな」

「はーい」


 数歩、先にぴょんぴょんと移動して振り返る。ケイスケの驚いた顔が夕焼けに照らされていた。


「ウチに寄ってく?」

「寄るなら何か食べ物買って行かねえと」

「あーそうだねえ」


 近くのコンビニに寄り道。誰かに守られていることを意図的に無視して、私は私の毎日をこなす。変わることを夢見ながら、変わらないことをよしとしている。


「……そういえば、ケイスケは変わらないねえ?」

「俺が都会に馴染みすぎたら、困るのは弓弦じゃないのか?」

「そう?」

「家が、家だから」

「でも私、実家には戻らないと思うよ」

「一生?」

「それはわからないけど」

「ふぅん」


 ケイスケにはケイスケの考えがあるらしかった。あまり内面の話をするタイプではないから、これ以上は踏み込まないけど。


「ケイスケはさ、私が大学デビューしようって企んでいたの、気づいてた?」

「どうせ失敗するだろうって思ってた」

「なにそれ」


 私たちは笑い合う。わかってくれる人がそばにいられる間は、これでいいと思っておこう。


《終わり》

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