短編.妥協の毎日積み重ね(sideドライバーさん)

仕事場は家に近いほど良い。

起きられない自分には、何がなんでも間に合うくらいの近さの求人に即決だった。


仕事は、動いた割に完了しなくて割に合わない。とても疲れる、無駄な何往復を荷物持ちながらするなんて、知らなかったらしなかた。とは言え。

内勤アルバイトとして入り、配達ドライバーとしてランクアップした仕事が悪いばかりでも無い。


あら、と行くたびに何かをくれる人。

何時も居ない家や、入れない高級マンション内はたまた、顔を知らないご近所さんの正体を知ってみたり。


見れないものが、垣間見れると言うのは楽しいとは言え。守秘義務でどんな話したい話も、業務上共有しておくべき話以外は話さないし、外ではもちろん話せない。


だからこそ、ドライバー同士集まるとみんな堰を切ったように話す。

良い話も悪い話も。


そう言えばと先輩ドライバーのナカさんが、僕に尋ねる。前任者の阿太さんが辞めた理由知ってるか?と。


「いや知らないです」

「じゃ、一応な、内緒だが、阿太さんは——」

ナカさんと話していると、マスオカさんもまた、この話知ってるか?と僕の知らない話をしてくれる。


良くクレームを入れる客の話や、対策、そんなのも大事だが運んだ荷物を持ち帰らないための工夫なんかや、道路情報なんか申し送りにならない話、だけど身が救われるような事はみんな、先輩達が話してくれる。

それを聴くのも、また、裏話が面白いように楽しいものなのだが。

最近専らの話題は時期的に流行る痴漢やひったくり、などの回る地域の犯罪関係話とIDやクレジット番号などで他人に自分の金やポイントで買い物されるなど荷物に関わる事件の話。


前者は警察から会社に注意喚起として入り、後者は電話対応で発覚するたびのお客様から、またはこれも警察から注意喚起や事情聞き取りなどで判明し、配送側にも話が回るのだが。


入りたてには分からない話が多く。

また、配達地域差もある。

一番年下で新人の僕には分からない話を教えて貰えるだけで有り難く、だからこそ。

皆が集まる飲み会には参加するようにしていた。


ただし週一ある会の参加を減らしたからこそ今日の誘いは断れず。どうも携帯電話が氣に掛かって仕方がない。


「なあ、彼女か?」

「違いますよー」

「ほんとか?」


彼女ができたのかと毎回訊いてくるタガワサンはすでにベロベロで何度も何度も訊いてはまた、絡んでくる。

自分が彼女ができない事に触れて、好みな人の話をしどこそこの女の人は良かっただの配達先の話をする、口の軽さ。

すぐ毎回、ナカサンやら皆が止めるのだが毎回話してしまうから、飲み会は個室かつ人が少ない場所、で、残念ながらタガワサンは偉いさんの息子だそうで誘わないも、出来ない、強く注意し切れない、だけど周りで止める必要がある人。

そんな人がいるのも、自分はこのドライバー仕事で知って。



だからこそ。

自分の大事な話はなかさんにこっそりするなどで飲み会で愚痴を吐くは御法度。大抵タガワサンが何をどこに言うか予測出来ないから皆言わない。だけど。


今日はいつもよりしつこいのだが。

氣付いたナカさん。

「どうしたんですか、タガワサンなんかありました?」

僕とタガワサンの間に座る。

「ナカサンか、聴いてくれよ!こいつさ、隠してるんじゃ無いかってさ」

「何を?」

「良いオンナをさ、最近集まり悪いし若いしさ、なあ彼女居んだろ?なあ?」

「いないです」

「居ないってよ?」

「居るって、少なくともいいなっておめえが思うオンナが、なあ?彼女じゃ無いなら紹介してよー俺に」



話をしながらジェスチャーで帰るように伝えてくれたナカさん。他の人も目配せ。

そっと視界から外れ帰る。


いつもの店だからお店の人も自分分の支払いを渡すと、お疲れと僕に良い肩を叩いてくれた。

そう、このタガワサン以外は皆いい人で仲良くしたいし、酒もご飯も美味しいの、に。

皆がボンクラ坊ちゃんと裏で呼ぶこの人がいてしつこいから、このところ僕は飲み会を行かずに居たのだ。だが、そんな事も言えず。


知り合いのオンナを紹介してと言うのも、毎回で困るし、彼女疑惑もまた困る、かと言って行かないとこうなるかと、僕の疲れは飲む前よりひどくなり、帰りのコンビニ夜は諦める。

明日も休みだから明日にしようさ。

うん。そうしようだ。




近所のスーパー。

何故か酒だけ地域最安で、ドライバー仲間は皆、ここ御用達。仕事終わりや休日につい買いに行くそこに、見慣れた人を発見。

何となく目で追い、買い物をせず見るだけじゃなく、その人を追い歩いて、スーパー出てしまい我に返る。


酒、買いに来たやんと、財布しか入っていないエコバッグを持っていて。かつ、自分が追いかけてしまったのは女性。


不審者と言われても仕方ないか現実に、慌ててスーパーに引き返す。

ビールを見つめながら、さっきの彼女を思い出し突っ立ってしまい、人の不審げ視線に氣付いて目の前のを適当に掴んでレジ。飲んだことない酒をうっかり買わないともレジで言えず買うと、今度は財布が空。


呆然としていたいがもう一度不審者にはなりたくない。足早にともかく帰路を急ぐ。

その際。


先程追った人影は少し期待して戻ってみたが、やはりもう無い。




入ってすぐからの担当エリア決めで近所を配達する事にリスクがあるのは承知で、お願いして選んだ。


仕事外に客と会ってトラブルになる、なんて話はある。偶然でも会わないほうがいいし、客側にとって住まいが知れていて、迷惑な業者側が用を作り尋ねたりなんたり、何で話もある。


だけど。

期限付きで暮らす身としては、いずれ離れるのだしそれほど他人に注目を受ける容姿でもない。大体。

仕事時間終われば、中の染めた地毛を見える様に出して別人になる。していた眼鏡はコンタクトレンズに変える。



ただ。

装っている表の時間が窮屈だよなと言う事と、裏と言うか素の自分との差があり過ぎて。


いつもどちらかの面だけで、好いた惚れたけどこちらの僕は、ハイ要らないと言われた高校時代の初彼女との会話で。


見せられない。

だからこそ、自分から近付き切れないし、近付けて傷つけたくも無い。



だけど。

初めて見た時、ダンボールで弱っていた猫みたいな、人、彼女を見つけた。

行けば会えるし、会いに行く理由はいつもあるし、行けば戸を開けて貰える。


但し、あくまでお客様。

そして今、行く度怯えているように見えて。

怯えさせたくなかった。





しばらくして。

ある朝。隅々まで整えてよそゆきの顔の彼女が出て。嗅いだことのない花の香りが鼻先をくすぐる。


冷や水、冷や汗。

急に身体の血が下がるように、現実を見た氣がした。


彼が、いる?


そういえばいつも、扉の先にまで荷物運びましょうかと言うもほとんど断られていて。

怯えてさせてしまった、と最初の頃思い、そう思い続けていたけれど。


見られたく無いもの、があったとしたら?



大体、綺麗な人ほど、男側としたら間違いが起きたり奪われたりとかさ。他の目に触れさせたくないし。

束縛したい奴は多いよな、と。



慌てて帰る。

だけど。



また。

避けたらあっ、と。

近所で、ハッキリ彼女だと、確信して見つけて。しばらく配達なく過ぎた後。



久しぶりの彼女は寝起きのようで。

あの香りも、隙ない綺麗なブラウスもなくただのTシャツ姿が。



久しぶりで何か話したいのだが、仕事。

仕事だ。荷物を差し出していると彼女に電話、つい耳を立て。何やら僕の話になり居た堪れず、立ち去りたくなりながら待つ。


「ごめんなさい」


彼女は首をすくめ、顔を赤くし言った。

こちらこそ、間が悪くてと言う意味で謝ると慌ててどうして?と言う顔をして、謝りの内容を話し出したのだが。



今こそ一番ごめんなさいだと思いながら話を聴く体を保つ。

スッゲェ可愛いって、身体に腕を伸ばしたくなった自分。今じゃ無いけど今なのよ今。



どうしよう。

どうしたいかは分かった。

はっきり分かった、だからだけど。

どうしようかな。


線の越え方が未だ見えない、目の前に見せびらかす様にあるのに、"待て"や"お預け"されているみたい。


さてさて。

本当にどうして出会いは突然なのか。




-お仕舞い-

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