第5話

「あぁ、もぉ……」


 散々泣いたアオイだけど、今では自分の腕から抜け出て、顔を両手で覆っている。

 けれど耳は隠しきれておらず、りんごみたいに真っ赤だ。やっぱり爪が甘いッスね。


「恥っず……」

「いい泣きっぷりだったスよ」

「ちょっ!? あぁ、もお……ふぁ」


 おもむろにあくびをかいたアオイ……散々泣くことで心のオモリが取れた。それはとても良いことだ。

 そもそも、子供にそんな重しを乗せるのは……はぁ、いつか旅に出るのに、こんなに感情移入しちゃうんなんて。


「自分も疲れているってことッスかね」

「ん、なぁに?」

「え? えぇと……毎晩魔物の鳴き声が聞こえてくる所だと、夜も満足に眠れない。知っているっすか? 安眠できないと、人は狂うんスよ」


 感傷にひたっていたのを慌ててごまかすと、アオイはうんうんと頷いた。どうやら気づかれなかったようだ、ほっ。


「疲れているとバカなことするのは、分かるわよ」

「そうそう。あ、不安になったらいつでも胸貸すッスよ」

「……いつかいなくなるアンタに、頼り切りになりたくない」

「それも、そうッスね」


 でも、もはやアオイに影響を及ぼしてしまった。明日旅に出たりしたら、心に傷を残してしまいそう、そう思うくらいには。


「立つ鳥跡を濁さず」

「え?」

「稲海人の末裔として、旅先で出たゴミはしっかり片付けるッス……もう、寝るッスよ」


 そう言って、アオイを横になるよう背中をなでてあげる。

 アオイは素直にうなずいて毛皮のじゅうたんに寝転がる。その上に、毛皮をかぶせてあげた。


「ありがと、ジュンさん」

「どういたしまして」

「……あのとき、わたしを救ってくれたのも、ありがとね」


 ほろりと、アオイは一筋の涙を流す。


「やっと、いえ、た……」

「……そういえば、言ってもらってなかった……け?」


 どうだったのか聞こうとするけど、アオイはすぅ、すぅと安らかな寝息を立てている。

 ふふ、本当に、安心しきってる。


「ねぇ、アオイ」

「すぅ、すぅ……」

「自分みたいな旅人がいなくても砦を回せるくらい、いろんな知識を伝えて豊かにするッスよ……アタシ以外に頼れるものを作ってあげるッスね」


 そう宣言してから、アタシも横になる。

 明日から、もっと忙しくなるッスね……――


「…………バカ」



 数日後のお昼時。

 魔物が迫っているとの報告を受けて、自分たちは城壁の上に陣取っていた。


「な、なぁ。本当にこれ効くのかな」


 ふと、戦士の一人が不安そうにぼやくいた。隣の弓兵が肘で彼を小突く。


「実際に試しただろ、そんであの威力を見たろうが……いや、大丈夫だろうか」

「だよなぁ、不安でしかたない……」

「ほらそこ! 口を動かす前に目をこらす!」


 不安そうに話し合っていた戦士にアオイが発破をかけた。

 そんな気合い充分なアオイのことを、砦務めのおじさんおばさんたちは微笑ましげに見ている。


「ありがとうな、ジュン」

「俺からも礼を言うぜ」

「フォーターさん、デビットさん」


 振り返ると、砦長であるフォーターと、部隊長であるデビットさんが城壁上に登ってきていた。


「新しい道具については、どういたしましてッス」

「ふんっ、気づいていたようだね。アオイを見守っている連中がいるのを。アオイが久しぶりに泣けたあの夜も同じくいたと」

「じゃあ、女尾を泣かせた責任取らされると? いや、冗談ッスよ、冗談です……」


 ぞわっとうなじに鳥肌が立つ。だって、周りの目がおぞましくなったから、自分は慌てて謝罪する。

 正直、過保護が過ぎると思うけど……この世界の事情はまだまだ理解できていないし、部外者が口出しすることじゃないッスか。


「ま、アオイが大事にされているのは分かっただろ?」

「身をもってして」

「だから、コイツがうまく機能すればさらに……来たね」


 フォーターが目を細めた。自分も同じ方を見やると、時折木々をへし折りながら近づくいくつもの気配……


「六本脚の、イノシシ?」

「アイツラは群れを成して襲ってくるのさ。ちょうど、獣にとっての繁殖期にあたるこの時期にね」

「子育てに栄養を欲しているわけじゃないのに……魔物っていったい……」

「ま、結局は生存競争さ! 強いやつが勝手生き残る。アンタがもたらした道具がワシらを生き残らせる、じゃろう?」


 ニヤリと、まるで山賊の頭のような笑みを浮かべたフォーターに、自分も笑みを返して見せる。


「デビット、指揮は頼んだ」

「あいよ! なにはともあれ、新技術は試してみないとだ……慣れてるヤツがお手本を見せてくれ」

「はいッス、アオイ! こっちに来て」


 声をかければ、近くで聞き耳を立てていたアオイがすぐにやってくる。


「見せてくれるんだよね?」

「一発ドカンと決めるッスよ! ――それじゃあ」


 そう覚悟を決めて……ハイヒールにも似た器具を手に持つ。

 そこに短い……穂先が尖らせた石のやりをセットして、


「よいっ、しょ!」


 そのまま、槍を魔物へ投げた。

 ビュオン! テコの原理で投げ出された短槍は風を切りながら飛んでいき――ヒット!

 首に命中し、その勢いのまま腹を突き抜け、地面にまで刺さったようだ。

 当然魔物は急停止しながら絶命、跡形もなくその体は崩壊した。


「うわっ、エグっ」

「ほら、アオイも」

「はいはい、ほっと!」


 アオイも投げてみれば、既のところで避けられてしまう。しかし短槍は体をかすり、痛々しい裂傷を与えた。

 キュァァアアア!? と魔物の悲鳴が響いた、魔物にも痛覚ってあるんスね……。


「おしいっ、次!」

「アオイ、その調子っすよ……フォーター、戦士たちを」

「あぁ、そうだね。お前ら、その石槍を投げて投げて投げつけな! 穂先は石製だから安上がりだ、どれだけ投げても構わんよ!」

「「「「「うぉぉぉおおおお!!」」」」」


 フォーターの大盤振る舞いに戦士たちは歓声をあげて、ドスドスと投槍器を使い石槍を投げていく。

 そのたびに魔物は倒れ伏していき、屍なき死地が形成されていく。


「すげぇ、石の穂先だってのに!」

「こんな、こんなに簡単でいいのかしら?」

「いいに決まってるでしょ、投げろぉ!」

「ヒャッハー!!」


 ……たしかに作りやすいとはいえ、手元にあるヤツを投げきるのはどうなんスかね。


「まぁ、関係ないか」

 もはや、魔物の数は片手で数えるほどしかいない。あとは、だ。

「戦士たちよ、打って出るぞ! 俺に続けぇ!」

「「「「「おう!」」」」」


 門が開けられ、剣や、石槍を持った歩兵たちが蛮声を上げながら駆け出す。

 魔物は怯え付いたのか慌てて振り返り逃げだろうとするも、すぐに追いつかれては滅多打ちにされていく。


「……ふぅ」


 それを眺めつつ、自分はその場に腰を降ろす。


「とりあえず、有効だとは示せたッスね。良かったぁ……」

「なによ、あんなに自信満々だったのに」

「不安そうにしてたら上手くいくか不安になって、成果が出なくなっちゃうスよ。それに」


 アオイを見る。


「胸を貸した人が情けない姿を見せたらイヤッスよね」

「っ……バカ!」

「あたっ、あたた!? ちょっと結構痛いっすよ!?」


 ……ふふっ。ぽかぽか、ぽかぽかと、アオイの気が済むまでじゃれあいに付き合ってあげる。

 やがて気が済んだアオイは、ポスっと胸に顔を埋めてきた。


「たしか、初めて会った時はいいにおいしたはずよね」

「お風呂に入って体を石けんで洗ったスからね」

「……たまに、匂いで鼻がひん曲がりそうになるんだけど。その石けんってものがあったら」

「匂いもそうだし、病気も防げるッスよ」


 スンッ、とアオイが鼻を鳴らす。


「……風邪は、死人が出るし。減らせたらいいなぁ」

「風邪一つで死人が出るんスね」

「当たり前でしょ……ねぇ、その、あの。ほら」


 アオイにうながされて見てみると、魔物を駆逐しきった戦士たちが歓声をあげていた。

 見て嬉しい光景だろうに、アオイはどこか言いにくそうにしている。


「そうッ、スね……これほどの成果を上げたアタシに、君は苛立ちをぶつけたりしてたんスよね。どう落とし前をつけたもらおうか」

「っ、な、何でもするから、砦から――」

「何度も言っているスけど、自分は旅人。いつか砦を発たないといけないッス。それと、女の子が何でもするなんて言ったらダメだから」

「っ……けど」

「えい」


 ぴしっ! とでこピンをかます。


「イタッ……結構マジにデコピンしたね!?」

「マジで返したよ、アタシの気持ち」

「……跡、めちゃくちゃ残ってるじゃん」


 そうスかね? 額に跡なんかついていないから、気のせいでしょ。

 そう思っていると、アオイは歓声をあげている戦士たちに振り返る。


「旅に出るまで、よろしくね」

「ウスッ! よろしくッス、アオイ」

「うん!」


 年相応な笑みを浮かべたアオイと、自分は握手を交わした。

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異世界に転移した旅人は、物資不足の砦に古代の武器を伝え余裕をもたらす ‐投石紐から始まる遠隔武器運用‐ 尾道カケル=ジャン @OKJ_SYOSETU

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