第4話

 扉を開けると、ササッ! と誰かが飛び退いた。


「わっとと、誰ッスか……アオイ?」

「なんでもないっ」

「えーと、そうッスか」

「っ、えぇそうよ何でもないわよ……!」


 えぇ? なぜか苛立つアオイに戸惑っていると、彼女はなにか言おうとして、結局言葉を飲み込んだ。


「部屋に行くんでしょ、案内するわ」

「もう案内してもらったから大丈夫ッスよ」

「い、い、か、ら!」


 そして、自分が返答する前にドシドシ音を立てて歩き出してしまった。


「……盗み聞きしてでも様子を伺っていたなに、なんなんスか」


 さすがに不快感を覚えてきたけど、案内してくれるという彼女の好意には甘えよう、一応。

 さて、アオイについていくッスか……なんか、見られてるッスね。ただ廊下を歩いているだけなのに。

 自分への監視と、アオイの護衛ッスか、があるッスかね。どちらかといえば後者ッスか……それくらいアオイは大切にされているらしい。

 それは砦で唯一の子供だからか、あるいは貴重な戦力だからか……ふむ。


「っと、ここは?」


 今気づいたふりをしつつ、立ち止まったアオイに聞く。今いるのは倉庫らしき空間で、木箱や籠が大量にある。用意された部屋ではない。


「第二倉庫。いつか物資であふれるだろうからって、王都の役人がポイント稼ぐために作った場所……魔物との戦いで忙しい砦のみんなに、作らせた場所」

「その……王都ととやらはかなり、アレッスね」

「そう、ダメダメのバカ連中、無能な怠け者。で、アンタは?」


 ビシッ、と指を向けられる。周りの隠れている人たちが身構える気配がした。

「自分は無能な働き者かどうか聞きたい、ッてことスよね」

「そうよ。アンタが余計なことをして砦を壊滅させたら、みんなは……わたし、も……!」

「…………」


 棄てられた人たち。年を経たヒトだけの中だ、唯一の子供であるアオイ。なぜ彼女は砦にいるのか……知ろうとは、してはいけない。

 自分は旅人、いずれ旅に出る存在。立つ鳥は、跡を濁してはいけないのだから……。


「だから、責任は取らないとッスね」

「は? なにを言っているのさ」

「とりあえず、部屋に案内してほしいッス。もう疲れちゃって」

「……はんっ!」


 鼻を鳴らされ、睨みつけられる。


「殺す、アンタがバカなことしでかしたら。そう宣言しておくわ」

「どうぞ、ご自由に」

「っ……バカ!」


 アオイは顔を赤らめ叫ぶと、地面へ八つ当たりするようにドシドシ音を立てながら歩き出す。

 そんな、まだまだ幼い背中を眺めていると、ぐるりと振り返ってきた。


「部屋に行きたいんでしょ、ついてきなさい!」

「はーい」

「伸ばさない!」

「はいッス!」


 ……アオイとやら、年相応に口調や性格はキツイけど、優しいところもあるんだなと、自分は思うのだった。


*  *  *


 砦でやっかいになり、そして投石紐の作り方や使い方を伝えてから2日後。

 食料確保のため狩りに出ていた人々が砦に戻ってきた。


「ようジュン! どうだい、見てみんしゃい」


 そういう戦士のおばさんは、血抜きを済ませた鳥を見せつけてきた。三羽の首を掴みながら笑顔を見せる姿はワイルドッスね。


「おいおい、俺のも見てくれよ」

「オイのもだ!」

「えぇい、あたしゃこんだけ取れたんだよ!」


 そして、他の戦士たちも次々に獲物を見せてきた。

 鳥やウサギを始めとして、中には鹿やイノシシといった大きい獣も狩れたらしい。自分のもたらした投石紐によって……だ。


「すごいッス! 投石紐を使い始めて一日しか経っていないのに」

「そりゃあ数打てば壊れちまう矢と違うだろ? そこら辺にある石っころはな」

「補給も気にせずひたすら練習すれば上手くなるのは必然」

「加えて肉が食えるとありゃあ、誰でも励むもんさね!」


 ジュルリと誰かがよだれをすすった。それだけお肉に飢えているんスか……まぁ、出された食事が野菜と豆、芋ばかりなのを見ればさもありなんだ。


「うーん、獣肉や豆以外にもタンパク質が取れればいいんスけど。なにかないッスかね」

「一応、あるわよ……」


 振り返ると、料理のために各種調理器具を用意しだすアオイがいた。


「アオイ? それはいったい」

「…………虫、よ」


 戦士たちが狩ってきたお肉を見て笑みを浮かべたていた彼女は、そう苦々しげに答えてくれた。

 んー、なにを嫌がっているんだろう。


「イヤよね、虫なんて食べる人なんて」

「そうッスか?」

「え」

「え……? えーと、甲虫とか蛾の幼虫ってな、クリーミーで美味しいっスよね。あ、エビに似たヤツはかき揚げにすると――」

「分かった、分かったから!」


 えぇー、そんなに嫌がられるんスか?

 あれ……なんで、大の大人な戦士たちも苦虫噛んだような顔をしてるんスか。


「はぁ、ったく。あんたが異邦の人間だってよく分かったわ」


 そう呆れきると、アオイは戦士から鳥を受け取り、ごく自然体で羽をむしり始めた。

 あまりにも慣れた手つきッスね。そう感心していたら、出刃包丁を使ってドズン!


「む、むしろ自分からしたら、ためらいなく鳥をさばける女の子のほうが凄いッス」

「王都の連中はできないけど、砦の人たちは誰でもできるわ。まぁ、私も最初はおっかなびっくりだったけど」

「でも……いや、何でもないッス」


 昆虫食は慣れないのね。そんな言葉を、かなり嫌がっていたのを思い出して飲み込む。


「なによ。ふんっ」


 あー、気づかれたッスか。鼻を鳴らしたアオイは鳥の解体を続ける。

 そんな姿を眺めていると、ふいに自分を見てきた。


「やり方教えるから」

「それじゃ、手を洗ってからッスね」

「そっちに井戸あるから……やりたくないのなら、別にいいわよ」

「うん? うぅん、大丈夫ッスよ!」


 アオイの弱々しい言葉を否定するように、自分はしっかりうなずき返す。


「郷に入っては郷に従え。それと、今の自分は居候の身っすから、働かないと」

「……砦のみんなは、そのくらいで籠絡されないから」


 アオイの睨みに何も返さず、手を洗うために井戸へ向かった。



 お肉パーティーをした日の、夜。

 自分にあてがわれた部屋で寝ようとしたら、廊下からもの音が聞こえてきた。


「んー、この時間にだれッスか?」


 目元をこすりつつ起きて、扉に向かってそのまま開けた。


「あ……」


 そしてそこにはアオイがいた。なんでか、自分に見つかっただけなのに驚いているけど。


「トイレッスか、アオイ」

「っ、そ、そうよ! ついてこなくていいから」

「みんなが守ってくれてる砦なのに、トイレに行くのでさえ武器が必要なんスね」

「ッ……」


 軽い挑発に、親の仇でも見るみたいにアオイが睨みつけてくる。

 ふむ……おそらくッスけど。


「焦っているんスか?」

「っ、あ、アンタなんかに!」

「分かってあげないと、一人の女の子が死んじゃっていたッスね」

「なっ、別に私は――」

「後ろに魔物!」


 バッ! 廊下の奥へ振り向くアオイ。当然だけど、そこには何もいない。


「あ、あんた――!?」


 苛立つアオイ、隙の見えた彼女へ音もなく迫り壁に押し付け、逃げられないよう顔のすぐ横の壁へ手を叩きつける。


「自分は旅人、戦いには素人ッス」

「なっ、あんなたやすく魔物を倒せ――」

「銃は預けているッスよ、戦士さま? あー戦士なのに素人の接近に気づかないなんて、よっぽど視野狭窄を起こしているんスねぇ」

「っ……私はっ、砦のみんなに――」

「まだまだ余裕があるッスよ」


 周りの気配、殺気立つ彼らの意志を感じ取る。誰もがアオイを大事にする、そんな決意を感じ取れた。

 とはいえ、親の心子知らずッスね。


「身売りをするほどじゃない現状で、アンタは捨てられたりしないッスよ」

「っ……でも、私は本当は――んぷっ!?」


 涙ぐむ、そんな彼女のことを胸に抱く。


「んん、ん〜! ぷはっ、あんた何を――」

「自分は旅人。いつ旅に出るか分からない、ようはアオイの醜態を言いふらすこともできない私になら……遠慮なく、泣いていいっすよ」

「っ……わ、私、わたしは……!」


 アオイの体を軽く抱え、部屋に引き入れる

 扉を閉めれば、廊下にまでアオイの泣き声が響くことはなかった。

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