第3話「投石紐/棄民/怒り」

「竜の息吹を使わない、ねぇ。言っておくが、黄金を使うとか言うんじゃないよ?」

「言わないッスよ。使うのは木だけ、できれば金属も欲しいっすね」

「ほぉ? それは一体なんなのか気になるねぇ」


 ニヤニヤとしだすフォーター。だけどその目は真剣にアタシを見据えていた。

 とはいえ、それが分かるのは視線の先にいるアタシだけ。遠くにいるアオイは気づかずに慌てだした。


「ち、ちょっと待ってアンタ! フォーターは大黒柱だけど、その分腹黒くて王都からの役人たちに――」

「黙れ! ったく、褒めてんだかけなしてるんだかどっちなんだか」


 ボリボリ頭をかくフォーターは凄みのある、老女だというのに山賊頭のような笑みを浮かべた。


「くッハハハ! ククッ……吐いた唾は飲めない。言った手前、成果は期待しているよ?」


 フォーターはひとしきり笑うと、ぐるりとアオイへ振り向いた。


「アオイ、女部屋に案内しろ」

「……いいの、砦に入れても」

「あぁ」

「っ、はい! 門番、開けて!」

『おうよ!』


 アオイの言葉に、門の向こうから声が返ってきた。

 そうして、きしむような音を立てながら、丸太製の門が開かれていく。

 さて、ようやく休める――ガサッ

 ん? ……お、ちょうどいいところに。


「フォーターさん、厄介になる前にちょっといいです?」


 そう声をかけてみたら、「余計なことはしなくていい!」みたいな感じの視線が突き刺さる。特にアオイから。


「あんた、さらに何か要求したら追い出されちゃうわよ!?」

「そうじゃなくて。少し、あそこにいる鳥を捕まえるスね」


 そこらにある石を拾ってと。


「え? あー、あの鳥ね。無理よ、頑丈だから矢を当てても逃げられるし、投石にしても遠すぎる」

「まぁ待ちなアオイ、やらせてみよう」

「そうだぜアオイ、お手並み拝見だ」

「フォーターさん! デビットも、失敗したら……」


 アオイ……当たり強いけど、優しいんスね。なんて、本人に言ったら怒られそうなことを考えつつ、懐からタオルを取り出す。


「なに、あの布。やけにふわふわしてそうだけど」


 アオイが何かつぶやいているのを遠くに聞きつつ、タオルに石をくるみ、両端を掴んでぶんぶん振り回す。


「ちょっ、なにをして――」

「そうれ!」


 ビュンっ! タオルの端を離せば石がすごい勢いで飛んでいき――ガスッきゅいっ!?


「うっし、当たった!」

「わ……」

「…………」

「ほう、ほうほうほう!」

「「「「「おぉ……」」」」」


 アタシがガッツポーズする中。

 アオイは呆然とし、デビットは考え込み、フォーターは関心しきりだ。他の人たちもざわざわしだした。


「ふぅ、どうっすか?」

「あぁ、いい感じだ。とりあえず井戸水をいっぱいくれてやろう」

「感謝ッス。じゃ、鳥はみんなで食べてください」


 ゴクリ、と誰かが喉を鳴らした。

 半ばまで開かれていた門がゴゴゴゴッ! と性急に開かれていき、鳥を確保しに行く人が飛び出た。


「それじゃあ、失礼します」

「…………」


 ……また、アオイが声をかけようとして、結局黙ってしまう。

 なにか思い詰めているようだけど、喉の渇きを癒したいアタシは、井戸まで案内してもらうのを優先した。


*  *  *


 砦に案内してもらってから、だいたい2時間は経ったかな。

 夕方になるまではまだまだかかる時間帯。その間、自分はひたすら情報交換をしていた。

 自分からは、旅をしていたこと、神隠しにあったこと。

 そして砦の人たちからは、この世界、そして砦についてだ。


「なるほど。つまりこの砦は棄民の収容所だと……」

「あぁ。棄てるついでに魔物相手の防衛に利用しているのさ」

「砦の人たちが文字通り命を削った余裕と安全でさらに支援を……ではなく、当人は王都で贅沢三昧ッスか……エグい、エグいッス」


 自分みたいな女が旅をできるくらいには、元いた世界は平和だった。

 けれど、この魔物がはびこる世界では違うらしい。


「ん、どうしたんスかアオイ」


 うなっていると、かたわらで話を聞いていたアオイがゆらりと立ち上がる。


「支援、だって?」

「アオイ? ど、どうしたんスか」

「アレが支援だって言うんだったら、とんだガラクタを送ってきているのよ!」


 が、ガラクタ?


「いやいや、みんなの武器は普通に使えそうだけど――」

「えぇ、えぇ! そうね、鍛錬の足りないなまくら! 重さでぶん殴れるならまだしも、大きな魔物に通用しない短さと軽さっ!」

「……魔物を知らない人間が支援を担当している、ってことッスか」


 同意しつつ、フォーターやデビットたちのことを見る。

 誰も彼も、ほおのこけたおじさんおばさんたち。肉のついた人なんていない。


「そして、食料なんかは中抜きされていると」

「そうよ、そうよ! あぁもう、フォーターさん、デビットさん、おじさんおばさんたちも! 王都の連中に不満をぶつけてやりなさいよ、そうでなければやっていけないでしょ!?」

「いやまぁ、週に一度は酒飲めるしな」

「……え?」


 ある一人の言葉にアオイが呆然とする。そのスキに、他の人達も自分の考えを言い出した。


「何だかんだ鉄製の武器もキチンと支給される」

「そうそう、昔は石ころを入れるための籠くらいだったのにねぇ」

「食料も、今は空きっ腹に苦しまないくらいの量がある。味はまだまだだがな」

「果物を送ってくれるから酒を造れるんじゃないかい」

「昔は俺もあんな感じだったなぁ」

「っ……!」


 ……現状に不満はある。けれど声を上げようとはしない。誰もが疲れていた。

 それは、若く、エネルギーにあふれるアオイには耐え難かったらしい。


「バカ!」


 彼女は叫び、地面を蹴りつけ、乱暴に扉を開けて部屋を出ていった……うぅむ。


「すまない、うちの若いのが」

「大丈夫ッス。それに、あぁいう子が新時代を拓くものッスから。見守りはすれど、邪魔したりはしないッス」

「……アンタは、やらないのかい?」

「自分は旅人、降りかかる火の粉は払いますけど、ソレ以上はしません」


 フォーターに聞かれて答えると、何でかみんな感心しだした。


「いやはや、その年で納得を得られている。羨ましい限りだ」

「あぁ、そうだなぁ」


 納得、納得かぁ……。

 あの日のことを納得できていないから、旅に出ているんスけどね……。

「それじゃあ、部屋に戻ってるッス」

「あぁ。いってらっしゃい」

 フォーターが言うと、デビットや他のおじさんおばさんたちも手を振って見送ってくれる。

 それに頭を軽く下げて返しつつ、部屋を出るため扉の取っ手に手をかける。


「いってらっしゃい、か」


 砦に愛着が湧きそうな挨拶はやめてほしい。そんな無茶を思いつつ、扉を開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る