第2話「砦/カスガイ/提案」

 しばらく歩いたけど、幸い魔物に襲われることはなかった。

 まぁ、その道中だけど……



『あの』

『な、なに?』

『アオイっ』

『え? デビット……うん、はい……』

『『『『『…………』』』』』



 みたいな感じにバッドどころかノン・コミュニケーションだった……居心地、悪かったッス。


「お、木々が」


 ふと、周りの木々の密度が薄くなっていることに気づいた。

 切り株もチラホラ見えるし、東端砦とかいうアオイたちの居住地が近づいているのか。


「気づいたようだな。言っておくが静かにしていろよ」

「了解ッス、デビットさん」

「……一応、お前を囲んで連れ回しているんだが」


 やりにくいと苦笑いを浮かべていたデビットさんだけど、周囲の視界が開けた途端に真剣になった。

 彼の見やる先には……


「まさしく砦、いや砦だけッスね」


 森を拓いた空間に、丸太の城壁に囲まれた木造建築。周りには小さな畑と獣除けの柵がある程度で、人が住む家屋はなかった。


「城塞都市どころか村でもない、もはや基地じゃん……」

『おぉーうい! 帰ってきたって誰だソイツは!?』


 呆然としていたら、城壁上の物見やぐらにいる兵士たちが騒ぎ出した。どうやら見ない顔の自分に驚いているらしい。


「話をつけてくる、ちょっと待っててくれ」

「ッス、分かりました」

「アオイも来い」

「……分かった」

「残りはジュンを見てろ」


 そう言うと、デビットはアオイを引き連れて砦へと向かう。

「む?」

「…………」


 アオイが様子をうかがうように見てきたけれど、結局何も言わないままデビットの後を追っていった。



『だけどな、そいつは魔物の仲間かもしれんだろ!』

『魔物を一撃で倒す魔物などが牙を向いたら、我々はすぐに全滅! 今も五体満足なのが人間の証拠だろう!』

『いいや――』

『このババア――』

『この小僧が――』


 砦から離れた場所にも聞こえてくる大討論。大丈夫かな、喉ガラガラにならなければ良いんスけど。

 さて……城壁上にいる戦士は弓を持っている。彼らが攻撃しても、自分の反撃は間に合いそうにない……はぁ。


「さすがに怖いっスね」

「あんた……いや」


 壁上の弓兵をチラチラ見ていると、そばで見張ってくる戦士の一人が声をかけてきた。

 アオイたちと砦へ帰ってきた部隊のおじさん。彼は結局口を閉じたけど、その目は好奇心ありありだと分かる。

 そして、一緒にいる部隊の人達はおじさんを止めそうにない……ちょっと情報収集してみるか。


「そりゃ怖いッスよ。自分は人間、矢を防ぐ分厚い皮もウロコもないんスから」

「なに言ってるんだ、魔物を一撃で射殺していたろうに」

「いやいや。兵士、戦士だったスか? に見られたら怖くて怖くて。それにみんな、気安く話しかけてくれないから寂しいっすよ」

「あ、あぁそうだな」

「まぁ、あの魔物ッスか。あんなのと毎日戦っているようだと、その同類なんじゃと疑うのも仕方ないッスよ」


 ひたすら、ひたすらにまくしたてる。相手によっては『あ、この人とは話をしても良いんだな』とか思ってくれるけど、どうだ?


「ふぅ、少し喋りすぎたっすね。ごめんッス」

「あ、いや、大丈夫だ……」


 監視のおじさんは口をモゴモゴさせていたけど、リラックスするためにか一つ息をついた。


「こんな扱いをされて、イヤじゃないのか?」


 ビンゴッス!


「旅人として色んな人と出会うスからねぇ。対応のしかたはそれぞれ、いきなり撃たれたりしない分、良心的ッスね」

「そういうもんなのか」

「ここには来ないんスか、旅人」

「来るのは王都からの役人とか輸送隊だけさ」


 監視のおじさん、口に潤滑油刺さってきた。

 あと、城壁の上にいる弓兵たちも止めろとか言わずに耳をかたむけている。


「あのアオイって子もね」


 そして、砦で唯一の子供であろうアオイも、木箱の影に隠れて自分の話を聞いていた。

 ちょうど監視や弓兵たちに見られない位置なんだけど、ふんふん首を振るたびに木箱が揺れるので気付けたんスよねぇ。なんか、爪が甘い子だ。


「ところで、王都ってのはなんスか?」

「あぁ、王都ってのは――」


 さて、いろいろ話を……む。


ウチのもんと仲良くなったようだね、怪しいお嬢さん」


 シン……と空気が静まり返る。監視のおじさんたちも、弓兵たちも、アオイだって口を閉ざしたから。

 城壁の上を見やる。

 そこには老齢だけど、やけに迫力のある女性が、自分を見下ろしてきていた。



「そいつがヒトガタの魔物かい?」


 迫力ある老女がいきなり爆弾を投げてきた。

 いやいや、さすがに失礼ッスよ!? そう叫び返そうとするより先にデビットが苛立ちをぶつけた。


「おいフォーターばあさん! だから魔物というわけでは――」

「いいかいデビット坊や!? 支援も自給手段もほとんどないのが東端砦なんだよ? 数少ない物資をさらに浪費しかねない奴はすべて魔物に決まってらぁ!」

「ババア! アオイを救ってくれたんだぞっ」

「そいつについては感謝しよう。ありがとうなジュンとやら」


 ペコリ。そう老女が頭を下げた途端、デビットは一瞬呆けるたけど、すぐに慌てて頭を下げ、監視や弓兵たちも追従した。

 ……影に隠れているアオイも頭を下げたんだけど、なぜか悔しそうにしている。嫌悪感はなさそうだけど、さてどうしたんスかね……


「どういたしまして、ッス」

 頭を下げながら気づいたことをまとめる。

 一つは物資不足なこと。そしてもう一つは、アオイという少女が東端砦の精神的支柱……バラバラにならないためのカスガイになっていることだ。子はカスガイとはよく言ったもんスね。


「礼儀いい奴は好ましいねぇ、王都の連中とは大違いさ……謝礼として食料をいくつか渡す。だから元いた場所に帰りな!」

「なっ、おばさま!」

「おばさまじゃない。フォーター、あるいは砦長と呼びな! それとも、アンタは盗み聞きのアオイとでも呼ばれたいのかい?」


 自分の処遇を叫んだ老女、フォーター。彼女は思わず木箱の陰から飛び出したアオイを一喝して黙らせた。


「…………」

「アオイ、部屋に戻りな」

「……って、だって、あいつ、じゅんに、おれい、まだ……――」

「いいッスか!?」


 とっさに叫ぶ。アオイの、女の子の涙声を隠すように。

 あーもう、子はカスガイとはよく言ったもんスね!


「ちょうどいい、何だい?」

「フォーターさん、でいいんですよね? デビット隊長から聞いたと思うッスけど、自分は強力な武器を持っています」

「あぁ、王都の錬金術師が作った竜の息吹? を使う武器だろう。硫黄はまだしも、硝石なんて補給が難しいものを使うな話だ」

「あー、矢玉がなければ銃なんで文鎮にもなりませんスしね」

「そのとおりだ、もらっても部屋を一日しか貸さないよ」


 アオイが腫れた目でフォーターをにらみつける。彼女と一緒にいた、つまり銃の強さを見たデビット部隊のみんなも厳しい目を向けた。


「おばさま! いつも紙とにらめっこしてるから、魔物の怖さを忘れたの?」

「そうだそうだ! 魔物と面と向かって戦わないくせして――」

「書類仕事はもちろん、王都との交渉も代わりにやってほしいねぇ、ワガママお嬢様」

「う゛……ごめんなさい」


 素直に謝るアオイ。


「なっ、あ、アオイを王都との矢面に立たせるなんて!? ババアァ!」

「ワシに武力で歯向かおうなら、分かるかよねぇ?」


 ぴしりっ……怯えが広がる。うん、フォーターの強さがよく分かったスよ、うん。

 ……スキを見て観察するけど。怯えている人たちはもちろん、フォーターも頬がこけている。唯一、アオイだけは肌艶がいいけど……余裕、なさそうッスね。

 だからこそ、自分の提案は効くはずだ。


「じゃあ火薬、竜の息吹を使わない武器を伝えれば保護してもらえるんスね?」

「――ほう?」


 興味深げに見てくるフォーター。

 さて……旅を続けられるかどうかの瀬戸際、気合い、いれないとッスね……

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