異世界に転移した旅人は、物資不足の砦に古代の武器を伝え余裕をもたらす ‐投石紐から始まる遠隔武器運用‐

尾道カケル=ジャン

第1話「発砲/出会い/連行」

 手には白煙のたゆたう拳銃。放たれた鉛玉は、クマに似た四腕の化け物をキチンと射殺せた。

 つまり、化け物に襲われていた女の子を救えた、ってことッスね。


「効いて良かったッス……君、大丈夫?」


 そう、地面に倒れている女の子に声を掛ける。

 革製の上下に、半ばから折れた槍を持った彼女は、呆然としながら首を縦に振る。


「あ、う、うん……」

「銃声を聞くのは初めてッスかね。ともあれ助けられて良かった……え゛? アレ、殺したら消えるんスね……」


 クマにも似た……クマに腕は四本もないけど、とにかく化け物。地面に倒れたと思ったらボロボロと体が崩れていき……跡形もなく消え去った。

 皮の一つでも剥ぎ取れば弾代になると思ったんスけどねぇ。


「アンタ、それ……」

「それって拳銃? あ! ごめんっ」


 謝りながら、女の子が指さしている拳銃をホルスターにしまう。

 すると、女の子はほっと胸をなでおろした。自分だって、目の前に銃を撃ったばかりの人間がいたら怖いスからねぇ。


「手を貸そうか?」

「だ、大丈夫!」

「別に傷つけたりはしないッスけど、まぁ、怖いもんは怖いッスからね」

「……ごめん」


 銃に怯えていた女の子は、わりとしっかりした足取りで立ち上がって……素手のままこちらを警戒してきた。


「アンタ。あの魔物を倒した武器といい、何者?」

「あぁ、あの化け物は魔物っていうんスね。……自分はジュンって言うッス。職業は旅人、君は?」

「ジュンね、了解……旅人?」


 警戒が解けてしまうほど呆然とした女の子。なんだか珍獣でも見るような目だけど、君は? っていう自分の視線に気づくと慌てて口を開く。


「私は東端砦の戦士、アオイよ」

「戦士とは、また古風な言い方で」

「古風……旅人なんておとぎ話の存在をのたまう人に言われたくないわね」

「おとぎ話? 珍しいは珍しいけど、町に一人二人はいる職業スけど……っとと」


 話が噛み合わない、だから情報収集をしたかったけど、周りから近づく気配に両手を上げる。いわゆる降参のポーズッスね。


「さすがに、人を傷つけるのはためらうッス。けれど、殺しに来るのなら容赦はしないッスよ」

「「「「「…………」」」」」

「……私達は王都の連中じゃない、そうでしょ?」


 周りの気配はしばらく無言だったけど、アオイの言葉でようやく姿を表した。

 なんというか……おじさんおばさんばかりッスね。痩せ気味で栄養状態はよくなさそう。だけど使い込んだ武器や身のこなしからして、熟達した狩人っぽい。

 その中の一人、特に強そうな男性が声をかけてきた。


「ジュンといったか。俺は東端砦、第一部隊の隊長デビットだ」

「あ、これはご丁寧に。自分はジュンと言います」


 ペコリと頭を下げた途端、デビットたちおじさんおばさんが肩を震わせて動揺した。


「……挨拶を返してくれたアンタには申し訳ないことを言う……アンタは怪しすぎる。魔物の仲間かもしれない、そう疑うほどにだ」

「は、はぁ? なにを言ってるの、普通に話ができるじゃない! 魔物は話ができない、王都の連中も言葉は通じるけど――」

「アオイ、そうじゃないッスよ」


 デビットへ怒り出すアオイを止めてから、銃をチラチラ見せる。それだけで彼女は怯え、なにかに気づいたのか口を閉ざした。

 そう、銃を持っているだけで警戒の対象なんスよねぇ。


「ちなみに、魔物って道具を使う種もいるんスか?」

「え? えぇと、石を投げてくる種はいる。それとは別に炎を吐く種もいるわね」

「その二つをしてくる自分はさしずめ、新種の魔物ッスか」

「ち、ちょっと! その言い方はあんまりにもあんまりよッ」


 ふんっ、と顔をそむけて怒りを示すアオイ。なんというか年相応というか、素直というか。


「そういうジョークはあまりしないほうがいいぞ」

「了解ッス」


 忠告してくれたデビット。彼は苦笑いを浮かべており、第一部隊? のおじさんおばさんたちも同様だった。

 ちょっと、空気が乾いてしまったすね……そのスキにコッソリと彼らを観察してみる。

 銃火器は装備しておらず、服もツギハギだらけ。携帯無線機をはじめとした電気製品も持っていない。

 そして何より、魔物がいて当たり前と言わんばかりの言動…………はぁ


「実を言うと、どうやってここに来たのか分からないんスよ」

「え?」

「自分が知る限り、魔物なんて化け物は見たことない。クマの腕は二本で、射殺しても消えてなくなったりしなかった」

「それは当然でしょ」


 当然、当然か。この世界には普通の動物やクマもいるけど、それらに姿が似た魔物がいると。


「やっぱり異世界、あるいは異星ッスか」

「じ、ジュン?」

「……デビット」

「なんだ」

「コイツを預けるッス。取って」


 両手を頭の後ろに置きながら、ホルスターを視線で示す。途端に、緊張が漂い始めた。


「下手に扱うと体に穴が空くのでご用心ッスよ」

「いいのか? それはいわば、生命線だろう」

「矢玉を補給できたらッスね」


 ふっと、笑ってしまう。どんな感情から来たんスかね、この笑い。


「どうやら自分は神隠しにあったようッス」

「は、はぁ? ジュン、アンタその……大丈夫なの?」

「多分正気ッスよ。多分スけど」


 アオイを見やる。まだ若い彼女は自分を疑っているけど、その素直そうな視線は狂人を見るそれじゃない。なら、大丈夫ッスね。


「あー、ジュン。武器は預かるが、アンタの誠意に答えて拘束はしない」

「感謝するッス、デビット隊長」


 そうして、デビットが恐る恐るホルスターから拳銃を抜いたことで、ようやくみんなの緊張感がほどけた。


「「「「「ほっ…………」」」」」

「ちょっ、みんな露骨過ぎるってば! ……あの、ジュン」

「ん、なにか用ッスか?」

「え、と……」


 アオイは何かを言おうとして、それでも言えずにもじもじしている。


「アオイ! 魔物が現れる前に戻る、武器を手にしろ」

「っ、はい!」


 しびれを切らしたデビットに命じられて、息をついたアオイは頬を叩いて武器……部隊の人から受け取った短槍を手にした。


「さて、どうなることやら」


 周りを戦士たちに囲まれたまま、自分はぽつりとつぶやいた。

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