第275話 セーフティーゾーン

 甲虫像の台座の後ろに、地下四階層に降りる階段はありました。


 最初に地下へ降りて行ったのは、クラウディア・モリトール率いる騎士隊と、他国の貴族たちの捜索隊です。


「まだこの階層の捜索も済んでないのに下に降りちゃうんだね」


 彼らが次々と地下に降りて行くのを見ていたキーラが、ポツリとつぶやきました。


「もしモリトールの御曹司が地下に逃げのびている可能性がありますからな」


 キモヲタが答えるのを聞いていたドラゴンボーンズのアイアンヘルムが鼻をならしました。


「ハッ! あのモリトールの姉はそうかもしれんが、他の連中は違うだろうよ!」

「ウーッ! 地下四階は未踏! 奴らの目を見ろ、あれが救助者の目かよ!」


 ビキニアーマーが彼らに軽蔑を示すハンドサインを向けるのを見たキモヲタ。


 確かにそう言われてみれば、彼らの目にギラギラとした欲望がたぎっているように見えてきました。


「まっ、モリトール弟の捜索は連中にまかせて、我輩たちは三階層をじっくりと探すとしましょう」


 そうキモヲタが言い終えるや否や、地下に降りて行った騎士の一人が駆け戻ってきました。


「カール様が見つかった! 他の冒険者も一緒だ!」


 その大声が広間に響き渡ると、冒険者たちの間でどよめきが起こります。


 そうするうちに、皆が注目するなかクラウディア・モリトールに肩を支えたカール・モリトールが階段を上ってきました。


 その姿を見た冒険者たちから歓声が湧きおこります。


「「「うぉおおお!」」」

 

 カール・モリトールに続き、彼に同行していた二人の貴族の冒険者が、騎士の肩を借りて上がって来ました。それを見た冒険者たちから再び歓声をあがります。


 早速、騎士隊から事情を聞きつけた冒険者が、キモヲタたちに話を聞かせてくれました。


 それによると、妖異クロウルス・マカブリスに遭遇した彼らは、偶然発見した地下四階層への階段を降りて難を逃れたということでした。


 階段を降り立った場所には、泉の間と呼ばれるセーフティーゾーンがあります。


 妖異の待つ三階層に戻ることも、より危険な地下四階層を進むこともできなくなった彼らは、この泉の間でひたすら救出を待ち続けていたようでした。


 キモヲタと一緒に話を聞いていたドラゴンボーンズたち。


「ウーッ! 俺たちなら一か八か生死をかけて戦いに臨むだろう!」

「ヤーッ! だが、二週間も耐え忍んだことは、褒めてやる!」

「「「ハッ! 褒めてやる!」」」


 そういって笑いかけていた彼らの顔が、途中で暗く曇ります。


 何事かと思ったキモヲタが、彼らの視線の先を追うと、そこには階段を昇って騎士たちの姿がありました。


 その幾人かは、板に乗せられた大きな袋を引き摺っていました。


 その幾人かは、板に乗せられたやせ細った冒険者を引き摺っていました。


 それはカール・モリトールに雇われて、このダンジョンの探索に参加していた冒険者たちの姿でした。


 冒険者4人は、いずれも骨と皮ばかりの状態となっていて、意識もはっきりとしていない状態のようでした。


 唖然とするキモヲタとドラゴンボーンズに、騎士隊から事情を聞いている冒険者が話しかけます。


「たぶん持ってた食糧を、ぜんぶお貴族様に持ってかれたんだろうな。見ろよ、生き残ってるのは女だけだ。死んだ男は魔物に突撃でもやらされたんかな」


「まさか、いくらなんでも、そこまで酷いことをするわけないでござろう……」


 そこまで言いかけたキモヲタは、骨と皮ばかりになった女性冒険者と、床に置かれたずた袋をみて、それ以上は何も言えなくなってしまいました。


「なんだキモヲタさんは知らないのか? 貴族ってのはそういうもんだよ。だから俺は貴族連中とは絶対にパーティを組まない。これはまぁ、常識みたいなもんだから、覚えとくといい」


 その言葉を聞いて、キーラがキモヲタの腕にしがみついて言いました。


「酷い……。ねぇ、キモヲタ。あの冒険者さんたち助けてあげようよ」


「そうでござるな。ユリアス殿、彼女たちを治癒しても構わんでござるよな?」


「もちろんです。キモヲタ様には治癒師ヒーラーとして参加していただいてます。治癒師ヒーラーの参加はクラウディア様の要請でもありましたので、まったく問題ありません」


「ではすぐに治療に向いましょうぞ。お嬢様方! 【足ツボ治癒】の準備をお願いするでござる!」


 キモヲタの号令で、キーラは耳栓と目隠しを、他の三人は天幕と四つの棒を準備して、救出された冒険者たちのところへと走っていくのでした。


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