第164話 マダム・バタフライの伝説
キモヲタが提案した夢の国ソープランド。
それはシスター・エヴァが新復興局と共に北西区復興の大きなシンボルとなる複合施設。住民たちに医療・温泉・レジャーだけでなく、雇用と衣食住も提供しようという企てでした。
この企画のために確保された東京ドーム1個分ほどの敷地。そのなかは四つの区画に分けられ、その1区画には建設に従事する北西区住人たちの天幕の宿舎が並んでいました。
「真実の口」によって稼いだ金貨の使い道が確定し、キモヲタ復興財団の基金としてキモヲタの手から離れて以降、キモヲタはお金の呪縛から今度こそ本当に解放されたのでした。
「いやぁ~。こうしてキーラたんとソフィアたんと久々に青空の下でデートするのは、本当に久しぶりでござるなぁ」
天幕の間を歩きながらキモヲタは二人に話しかけました。
「本当だよ! キモヲタってば誰かに金貨をとられるんじゃないかって、ず~っと地下室に閉じこもりっきりだったもんね! あとデートじゃないから」
「キモヲタ兄さまが、お元気になられてよかったです。あとデートじゃないです」
キーラもソフィアも、キモヲタが教会から出ようとしなかったときのことを思い出して、心からホッとしていたのでした。
「う~ん! それにしても今日はいい天気でござるな! 雲も少なくて青空がどこまでも広がっているでござる」
そう言って身体を思い切り伸ばすキモヲタ。キーラもソフィアもそれをマネて大きく伸びます。
「ほんとアレがなければ最高の青空なんでござるが……」
そう言ってキモヲタが視線を向ける空には、まるで墨汁で描いたような黒い亀裂が走っているのでした。
「あれ、ホントなんなのでござろうな」
「わかんない。世界の割れ目だって言ってるひともいたけど」
キーラがそう答えると、ソフィアが青い瞳を空に向けながら言いました。
「あれは悪魔勇者セイジューが死ぬ間際に、この世界を呪って出来た傷だって聞きました」
「なるほど、ということは元々あそこにあったものではないのでござるな」
「そうだよ! 戦争が起こる前にはあんなもの空にはなかったんだよ」
「キーラお姉ちゃんの言うとおり、以前は綺麗な空でした」
空の裂け目に不安を禁じ得なかったものの、今は目の前に広がる人々の活気に関心が向くキモヲタ。
「さぁ、紅蝶会の天幕に急ぐでござるよ。エレナ殿たちが待っているでござる」
~ 紅蝶会 ~
北西区の南橋での売春を取り仕切っていた紅蝶会。その実態はカザン王国の裏社会で巨大な勢力を持つマフィア組織でした。
キモヲタのソープランド計画が開示されてから一カ月。裏社会では血で血を洗う激しい抗争が繰り広げられていました。
最後はマダム・バタフライが他の組織を抑え込んで手打ちに持ち込み、この功績によって女マフィア伝説が裏の王国史に残ることになったのですが……。
そんなことは露も知らぬキモヲタ。
「どもどもキモヲタでござる。マダムに呼ばれてきたでござるよ。先にエレナ殿とエルミアナ殿がきていると思うでござるが」
紅蝶会の天幕が並ぶ通りの入り口で、見張りを務めていた二人のいかつい男に、ヘコヘコしながら訪問の要件を告げるキモヲタ。
「キ、キモヲタ様!?」
「お待ちしておりました! どうぞこちらへ!」
筋肉ゴリラの恐ろしい外見の二人は、来訪者がキモヲタであることを知ると、身体をこわばらせて、キモヲタたちをマダムの天幕へ案内するのでした。
その道すがら。細身の男と女たちがキモヲタの姿を見とめるやいなや、頭を90度曲げてキモヲタに挨拶をしてくるのでした。
「あっ! キモヲタ様、ウッス! お役目ご苦労様ッス!」
「キモヲタ様、ッス!」
「ッス!」
それは北西区紅蝶会を預かっていた優男とその取り巻きの美女たちでした。
「ど、どもどもでござる。そんな大仰な挨拶は不要でござるよ。気楽に、気楽な感じでよいでござる」
「ッス!」
「ッス!」
「ッス!」
そう言って顔を上げた優男は、そこでようやくキーラとソフィアの姿に気づいたようでした。
「キーラお嬢、ソフィアお嬢、お二人ともご機嫌うるわしゅうッス!」
「ッス!」
「ッス!」
そんな優男と取り巻き美女たちに苦笑いを浮かべる二人。マダムの天幕に到着するまでの間、こうした光景が何度も繰り返されるのでした。
キモヲタ自身は、自分が巨額の資産を持ち、名誉男爵という称号を得たことによって、彼らの態度が変わったのだろうと思っていました。
しかし、実際は違っていたのです。
巨額の金貨や称号は、彼らにとってはしゃぶるための骨でしかありません。そんな彼らが、いまは本気でキモヲタに敬意を払っていました。
その理由は、ソープランド利権獲得における血の抗争で、マダム・バタフライが勝利を掴むことができたのが、キモヲタがマダムの命を救っていたからなのでした。
ドン・フライドが放った刺客によって致命傷を受けたマダム。
その現場にいたエレナはキモヲタを呼んで、マダムに【足ツボ治癒】を施したのでした。
治癒のためにマダムが私室に運び込まれていくのを見た、幹部や部下たちは、もうこれで自分たちの運命が終わったのだとその場にくずれ落ちていました。
しかしその五分後には、まるで怪我などなかったかのように元気なマダムが部屋から出て来たのです。
それどころか、マダムは以前よりめちゃ若返って気力充実したのです。
そこからマダムが死んだ報告を受けてほくそ笑んでいたドン・フライドの下へ、乗り込んで無双を繰り広げたマダムの活躍が、後世に語られるまでの伝説となっていったのでした。
そのことがあって以降、マダムはもちろん現場を知っている幹部や部下たちは、キモヲタに最大の敬意を払うようになったのでした。
そんなキモヲタ当人は……
(なんか怖い人たちに目を付けられちゃったでござる……。前世の経験(映画)からして、こういう人たちに関わると最後は足をコンクリートで固められて、帝都の港にドボンでござるよな。くわばらくわばら)
ひたすら怯えていたのでした。
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