第157話 お洗濯物引き渡し番号札

 元ラーナリア正教会で、現在は北西区復興の中心になっている復興局。その地下の一角では、今日も怪しい気な「真実の口」による治癒の奇跡が行われていました。


「んっ❤ ああぁあああああん❤ らめぇぇえええええええええええ❤」


 かつて重騎士としてカザン王国軍で活躍していたグレーケンは、北西区の激戦で右手首を魔族兵に落とされてしまいました。それでもなお住人を守るために彼は片手で剣を振るい、魔族兵を打ち払ったのです。


 戦いの後、彼は王国軍を辞し、北西区にある自宅で引退生活を送っていました。引退といっても、まだ未婚の青年グレーケン。人々に見せる笑顔の下では、失われた片手のせいで、大きな失意も感じていたのでした。


『このままでは、もう王国のために働くこともかなわんだろうな。それどころか普通に働くことさえ難しいだろう。もう嫁を貰うこともできんし、親不孝してしまうな……』 


 彼を慕う元同僚たちは、彼のそんな内心を察し、何度も励ましに訪れました。彼によって命を救われた住人たちも、感謝と共に何かと彼に世話を焼いてくれました。


 そうした心配りに深い感謝を抱いていたグレーケンでしたが、それでも彼は右手を見るたびにため息を吐き、それは日に日に大きなものとなって行ったのです。


 そんなある日、元同僚から彼は「真実の口」の噂を耳にします。その元同僚が噂を知ったのは中央区でした。登城する貴族たちの案内をしているときに、彼らが口にしているのを聞いたのです。


 その噂によると「真実の口」の治癒には多額の寄付金が必要になるということでした。具体的な金額は分かりませんでしたが、貴族が「多額」というからには相当なものであることは間違いないとグレーケンは思いました。


『おそらく恩給が出ている今しかチャンスはないだろう。それでもまったく話にならないかもしれないが、シスター・エヴァに聞くだけ聞いてみることにしよう』


 グレーケンが王国軍に入る時、彼に祝福を掛けてくれたのはシスター・エヴァだったのです。重騎士に任命されたときも、報告と御礼に出向いたこともあり、それなりの面識はあるものとグレーケンは考えていました。


 そして、恩給も家財産もかける覚悟を持ってシスターの下へ向かったグレーケン。


「グレーケンさん!? まぁ、その右手はどうなされたのですか!? 北西区の戦で? あらあら、まぁまぁ、それは大変! まだお昼前ですし『真実の口』にサクッと足を入れて治療してください」


「いや、シスター。そうしたいのは山々なんだが、寄付金が用意できるか分からない。なので今日はその話を聞きに……」


「寄付金だなんて! 北西区の住人と先の戦で怪我をされた方は無料ですよ。さぁさぁ、早く早く! 今はちょうど空いてますので、さぁさぁ」


「えっ!? えっ!?」


 シスターに背中を押され、グレーケンは分けもわからぬまま地下にある怪しい箱部屋に押し込まれ、魔神ウドゥンキラーナの中に足を突っ込んでいたのでした。


「はい。やっちゃってください!」


 シスターがそう言った瞬間、グレーケンの足裏に何かが強く押し当てられ……


「んっ❤ ああぁあああああん❤ らめぇぇえええええええええええ❤」


 と、グレーケンは全身全霊のアヘ顔ダブルピースを決めていたのでした。


 その後、


 股間を抑えて恥ずかしそうに箱から出てくるグレーケンと入れ替わるように、キーラたちロリ少女隊によるバケツとモップ掛けが行われ、


 シスターから渡されたお着換えセットを手に、部屋の隅に準備されたカーテンの仕切りの向こうでお着換えをし、


 ロリ少女隊のカミラから「お洗濯物引き渡し番号札」を渡されたグレーケン。


「あの……この木の札は?」


 右手に持った「番号札」を何度も裏返してみるグレーケンに、カミラが答えます。


「只今、お客様の服をお洗濯しております。仕上がりは明日になりますので、その番号札を持ってまたお越しください」


「あっ、洗濯ね……。なるほど……ごめんね。色々……その……汚しちゃって」


「いえいえ。皆様そうですから、お気になさらずに」


 幼女の透き通るような笑顔に、余計に気まずくなったグレーケン。


「そ、そう……み、みんな俺みたいになっちゃうんだ」


「そうですよ」


「そっかぁ……」


 気まずさのあまり、手にした木札を右手でクルクルと何度も裏返していたグレーケン。


 パタンっ。


 突然、右手から木札を取り落としてプルプルと震え始めました。


「俺の右手が生えてるうう!」


 絶叫するグレーケンに、カミラはニコリと微笑んで言いました。


「皆様そんな感じですよ」


 その後、感激したグレーケンが、自分の持っている財産の全てを教会に寄贈するというのをシスターは丁寧に断りました。


「どうか、お金などで女神ラーナリアの恩寵を買うようなマネはしないでください。女神の慈愛はそのように浅いものではないのです。その身に受けた奇跡を生涯忘れぬように、日々を感謝して送ることこそ女神の望まれることなのですよ」


 その話を箱の裏側で聞いていたキモヲタ。


(いったい誰でござるかこのシスター。人によって全然言ってることが違うでござる!)

 

 と心の中でツッコミを入れていたのでした。




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